ぼくらのバーチャウォーズ~男だけど女だとずっと勘違いされてきた俺、とある大手Vtuberの配信で無双プレイしたらそのままスカウトされました~

龍威ユウ

第1話:戦いなき世界での闘争

 雲一つない快晴だった。


 さんさんと輝く陽光は眩しくもとても暖かい。


 その下では小鳥たちが優雅にすいすいと泳いでいた。


 時折頬をそっと優しく撫でていく微風は、ほんのりと甘い。これは桜の香りだ。


 町を色鮮やかな桃色に染める桜は満開に咲き乱れていた。いつ見ても飽きない光景だ。


 美しい街並みを山頂付近より見下ろすのが彼――南方朱音みなかたあかねの春ならではの日課だった。



「――、朱音よ。こんなところで何をしておるのだ」



 不意に背後よりやってきたその老人からはすさまじい威圧感が放たれていた。


 稽古着姿に顎下より伸びた立派な白髭が特徴的だ。顔立ちは老いても尚雄々しく、一分の隙もない。


 とても威厳に満ちた顔だった。並大抵の者であればきっと、とっさに目をそらしてしまうに違いない。


 朱音は、とても穏やかな表情をしていた。



「あ、おじいちゃん……じゃなくて先生。ちょうど休憩をしていたところです」


「お前はここから見える景色が好きじゃったな。まぁいい、それでは今日の稽古を始めるぞ」


「はい。本日もよろしくお願いします」



 南方家は代々より剣術の名家としてその名を馳せてきた。


 あくまでもそれは過去の栄光にすぎにない。戦争はもうどの世界でも起きていない。


 新たなエネルギー源の確保を可能としてから、文字通りこの世から完全に戦闘の二字は消失した。


 飢餓も貧困も改善され、細々とした犯罪はあれど真に平和が訪れたといってもそれはきっと過言ではない。


 だからこそ、朱音は時々こうも思った――果たしてこの剣が振るうに値する時とはいつなのだろうか、と。


 戦争なき世界にもはや剣は必要ない。それこそ価値も路傍の石に等しい。そうと理解しても、こうして未だ剣を手にしているのは剣が好きだからだ。


 生まれながらにして剣と共にあった。己にとって剣とはいわば半身のようなものである。



「――、ここがそうか」



 稽古の後、朱音が赴いたそこは大きなゲームセンターだった。


 ここ、太安京においてそのゲームセンターは扶桑国において一番大きいことで有名だ。わざわざ遠方からやってくるゲーマーも少なくはない。


 平日の真っただ中であるにも関わらず、内部はすでに大勢の客で大いに賑わっていた。さながら祭でも開催されているかのような雰囲気に、朱音は思わずたじろいでしまう。



「こ、ここがゲームセンターというやつか。は、はじめてきたけど……何をどうすればいいのかさっぱりわからない」



 人生初のゲームセンターというだけあって、普段ない緊張感がぎゅっと胸を締め付けた。


 周囲からの視線がなぜか痛い――変な格好はしてきていないつもりだ。上下共に黒で統一し、白の羽織もそれに合わせている。純白の生地の中でわっと咲き乱れた桜吹雪がとても気に入っている。


 ひそひそと聞こえる声は、自分への悪口かもしれない――「ちょっと声かけてこいよ」と、そう聞こえたのは気のせいだと思いたい。


 どうか余計なトラブルだけは起きないでくれ……! 朱音はすこぶる本気でそう祈りながらも、どうにか当初の目的だったその場所になんとか迷うことなく着けた。ほっと胸をなでおろす。



「あ、あのすいません。ちょっとお伺いしたいんですが……」



 その場にいた一人のスタッフに声をかけた。



「はい、どうかされましたか?」


「本日、こちらの……えっと、確か【バーチャウォーズ】を予約していた南方朱音というものですが」


「南方様……あ、はい! ご予約きちんと承っております! それではこちらへお進みください」


「あ、ありがとうございます」


「それにしても、お客様とてもかわいいですね。男子からモテモテなんじゃないですか?」


「え? 男子?」


「え? あ、そ、その……もしかしてそっち系だったりします? だったらその、この後お姉さんといいことしない? 退屈させないわよ?」


「ちょ、ちょっと待ってください! いきなり何を言い出すんですかあなたは! 俺はれっきとした男ですよ!」


「へ?」



 朱音がそう告げると、スタッフはきょとんとした顔をした。


 またか。またしてもこの顔のせいで勘違いされるのか。おまけに同性愛者と思われる始末である。


 これは呪いだ。そう口にする者は多くいたらしい。南方家には、どういうわけか女人がよく生まれた。


 一応男児も生まれたらしいが、その者たちは一様にして女性のような容姿をしたという。


 かくいう朱音も、見た目だけで言えば完全に女性のそれだった。後ろで一本に束てた色鮮やかな栗色の髪。翡翠という極めて稀有な輝きを宿した瞳はさながら宝石のようだと誰かが言った。


 顔立ちも端正で化粧をきちんとすれば誰も朱音を男とは思うまい。声色も女性寄りであるから尚更騙せよう。


 ちっともうれしくない遺伝だ。朱音はすこぶる本気でいつもそう思っていた。


 女と勘違いされて告白された経験は数知れず。その都度訂正しては勝手に恨まれるという――知ったことではない。むしろ大迷惑をこうむっているのはこちらなのだ。



「――、ここがそうか……」



 広々とした一室に一人用として区切られた空間は、思っていたよりもずっと狭い。


 中には等身大の大きなカプセル型の機械がぽつんと設けられていた。座り心地は、なかなかいい。


 大げさな機械仕掛けにいささか困惑しながらも手順通りに装着していく。多分、これでいい。


 次の瞬間、世界ががらりと変わった。暗転した世界は、まさしく仮想空間と呼ぶに相応しい世界だった。


 何が書いているのかさっぱりわからないのは、きっと演出上のものだろう。


 どうやら本当に仮想空間の中にいるようだ。朱音は思わず笑ってしまった。人間、常識外のことと対峙すれば無意識に笑ってしまうようできているらしい。



――ようこそ、【バーチャウォーズ】の世界へ――



 どこからか機械的な声が聞こえてきた。



――ここではあなたの中に眠る研ぎ澄まされた牙……すなわち人間本来にある闘争本能を衰えさせないようにする世界です――


――人間のみならず、生物には必ず闘争本能があります――


――それは種を繁栄させるためでもあれば、領地を増やしたいなどなど。理由は様々です――


――かつての研究では、この闘争本能が著しく劣化した生命体は、他の個体種よりも寿命の低下や身体能力の衰えなどなど、様々な問題があることが解明されました――


――ここ【バーチャウォーズ】ではその闘争本能を衰えさせないよう、プレイヤーの皆さまに仮想戦闘領域内で実際に戦っていただきます――


――あくまでもゲームですので実際に死亡したりする心配はございません――



「なるほど……ちゃんと調べていなかったけど実際にはそういうシステムなのか」



――それではただいまより、プレイヤー登録を行います。ガイダンスに従って選択および入力をしてください――



「プレイヤー登録か……とりあえず、名前とクラスだな」



 ガイダンスに従った登録にはさほど時間は要さなかった。


 事前に何をすべきかはしっかりと調べてはいる。いくつもクラスはあるが、己を顧みれば選択肢は一つしかない。



――プレイヤー登録が完了いたしました。それではアカネ様。【バーチャウォーズ】にて己が牙をしっかりと磨いてきてください――



「そこは普通楽しんでくださいね、とかじゃないんだな……まぁ、なんでもいいけど」


 世界が再び暗転する。


 まばゆい閃光が視界いっぱいに広がった。それもつかの間のこと。


 次に映った世界に朱音は思わず感嘆の息をもらした。見覚えのある光景だった。見覚えがある、といっても実際にこの目で見たわけではない。あくまでも歴史の文献による資料でちょっと目にした程度だ。


 けれどもそれとまったく同じ世界が、目前に広がっていた。今より約1000年以上も前の太安京……政治も思想もすべて剣が主にあった――激動の時代。幕末の太安京だった。



「すごい……これが本当にゲームの世界というのが信じられない!」



 肌触れる風の感触も、鼻腔をくすぐる匂いも、すべてが本物となんら変わりない。


 これが仮想現実の世界だというのだから、さしもの朱音も大いに驚愕した。


 朱音ははたと己を見やった。服装は本日のそれとほぼ大差ない――しいて言えばブーツだったのが、草鞋になっていたぐらいだろう。特に履き心地に問題はなし。歩きにくくもない、今のところは。


 そしてなによりも朱音が注視したのは、腰に帯びた大小の扶桑刀だった。


 光沢のある白い鞘に施された金の装飾は美しい。試しにとすらりと大刀を抜けば、神々しいほどの白刃が姿を露にする。


 刃長はおよそ二尺三寸五分約68cmといった具合か。入念に立てられた刃は鋭利で重ねも厚い。まさしく実戦向きの剛刀と呼ぶに相応しい業物だった。



「すごいとしか言いようがないな……時代っていうのは恐ろしいぐらい進化するんだなぁ」



 朱音は誰に言うわけでもなく、もそりと呟いた。



「――、おぉ~今日はここが舞台ですかぁ。いやぁ、テンションあがりますなぁ!」


「ん?」



 威勢のいいその声に朱音は何気なくそちらを見やった。


 例えるなら、漆黒の空にぽっかりと浮かぶ銀鉤ぎんこうのような少女だった。


 さらりと風になびく銀色の髪をした少女は間違いなく美少女だった。加えて毛並みの良さそうな狐耳と九本の尻尾がなによりも特徴的である。


 どこかで見たことがあるような気がする。それがどこだったか、いまいち思い出せない。


 朱音ははて、と小首をひねる他なかった。

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