第14話 匠真 心境の変化

 翌朝、自宅の寝室で信じられないぐらいスッキリと匠真は目覚めた。


 今までであれば起きた瞬間から不満と憤りと悲しみが頭の中に充満し、暗澹あんたんたる気持ちになっていたハズだ。しかしそれらのほとんどが今、ダンジョンへの希望によって上塗りされ影を潜めている。


 そして一時的なものかも知れないが、いつもの他人を避けようとする気持ちすらも薄まっていた。

 そんなことを考える暇もないぐらいダンジョンのことで頭がいっぱいだからだ。



「アイツなんか……感じ違うくね?」

「ああ。なんかいつもの不気味さと違って余裕のある不気味さっていうか……」

「ちょっとイキってる感じがムカつくんだけど」


 教室で同級生にそんな風に嫌味を言われても特に気にならず、椅子に座りながら学校が終わった後のことをアレコレと考えていた。



 ――次のレベルアップで情報板が出せるようになる。ありがたいことに凛さんも同行してくれるらしいし見方は教えてもらおう。そういえば俺のスキルって何だろうな?

 いや、まずその前にお金だ。しっかり資源回収してちゃんと稼げることを確認しなければ……。

 あと武器がいつまでも木刀というのはどうなんだろう?もっと強い武器があるはずだ。それも凛さんに聞いてみよう。

 本来なら授業なんて休んでさっさとダンジョンに行きたいんだ。ああ、楽しみだ!早く帰りたい!!



 といった感じで、学校にいる間は匠真は常にダンジョンのことだけを考えていた。


 ――ん?


 すると休み時間、匠真は斜め前の席から自分に向けられている視線に気がついた。


 喜屋武だった。


 彼女は何かとこちらを見ていることが多い。匠真は喜屋武に限らず人に見られるのが苦手なので基本的に視線を合わせることはないのだが、このときは事情が違った。


 なぜか彼女の表情に違和感を覚えてしまったのだ。

 そしてそのまま見つめ合ったというか睨み合ったというか……とにかくしばらく目が合った後、匠真は再び顔を伏せた。


 本当に感覚でしかないのだが、匠真には喜屋武がように見えたのである。喜屋武自体はいつもの柔らかい笑顔を浮かべているだけのハズなのだが……。


 以前もそうだったが不思議なことに、この一見優しそうに見える喜屋武になぜか匠真は恐怖を感じてしまうのだ。


 匠真はとりあえず寝たフリを継続することにした。



 するとしばらくして、周囲の同級生達の話の中で気になる単語が耳に入ってくる。


「あー、俺も就職とか大学じゃなくて探索者になりてーわ」


 探索者?ほう……。


 寝たフリを続けながら匠真は聞き耳を立てる。

 話しているのは以前一悶着あった佐々木達、匠真を蛇蝎だかつの如く嫌っているグループだった。もちろん匠真にとっても近づきたくない連中である。



「探索者って年収凄えらしいぜ!?いくらか知ってるか?」

「さあ……いくらよ?」


「なんか噂で聞いただけだけど、300億円以上!!」


「うそーー!?もう働かなくていいじゃん??ウチを嫁さんにして欲しい!」

「ギャハハッ、金目当てすぎんだろオメー!」



 ――ゲスい奴らめ。


 匠真は内心毒付きながら、自分が探索者だと絶対バレないようにしなければ……と硬く心に誓った。知られるとやっかみで何をされるか分からないからだ。

 さらに佐々木達の話は続く。


「でもよ、強い探索者ってダンジョン外に出てこないらしいぜ?」

「えーなんでよ?そんだけお金あったら外で豪遊するっしょ普通!?でっかい家と車とブランド品買ってさー。おかしくない?」

「よく知らねえけど、強い探索者って頭おかしいのが多いらしい。狂ってる奴ほど強いんだとか……だからよ、アイツ等普通じゃねえんだ。ダンジョン外で豪遊するより強いモンスターと戦ってる方が楽しいんだって!」

「ギャハハッ、狂ってんなーマジで……」


 匠真は彼女達の言葉を聞きつつこう思った。


 ――あながち間違っていないのでは!?

 い、今の自分など……まさにアイツ等の言う通りの人物ではないか!?もしかしてあのまともそうな島さんや染川さんもどこか狂ってるのだろうか……?


 ……と。


 しかし、まあ他人がどうであろうと関係ない。自分は自分のやることをやるだけだ。そう思い直した。



 そして昼休憩の時間がやってきた。

 匠真はいつも通り中庭でベンチに座って夕飯の残りの弁当を食べていた。ここは匠真にとって学校で一人で羽を伸ばせる唯一の場所である。



 ――ザッ。



 ん?


 一人なハズなのに誰かの気配……横を向くとそこにはあの女、喜屋武がいた!


 やはり前回同様深々と帽子を被っている。

 俯いているせいか表情はよく見えない。


「……」

「……」


 沈黙がその場を支配していた。


 匠真は非常に困ってしまった。

 こんなとき、何をどうすれば良いかさっぱり分からないのだ。



 やがて喜屋武は顔を上げ、重い口を開く。


「飛田君……」


 匠真はギョッとした。喜屋武が涙を流していたからである!



 ――なぜだ!?


 ワザワザこんな人気のない場所で俺に近づいて俺の目の前で涙を流す……つまりそれは、悲しみの原因が高確率で俺にあることを意味する!

 察するのが苦手なASDの匠真でもその程度は分かる。

 しかし当然、喜屋武を悲しませた記憶などない……一体何がどうなっている!?



 匠真は真顔でベンチに座ったまま頭の中だけをフル回転させたのち、ある結論に達した。


 ――いや、他人のことなど考えたところで分かるハズがない。

 ならば俺が取るべき道は一つ!



「喜屋武」


 匠真は真剣な顔(といってもいつもの真顔だが)をして喜屋武の目をじっと見た。

 喜屋武の方もそんな匠真を見つめ返し、黙ってその次の言葉を待っている。



「経験上、俺は自覚なく人を傷つけている場合がある。今がそれかもしれない。もしそうだとしたら謝る。ごめん」



 喜屋武は一瞬ハッとしたような表情を浮かべ、ブンブンと首を横に振った。


「飛田君は悪くないよ……」


 ――あれ?そうだったのか!


 匠真は全く疑いもせず喜屋武の発したを信じてホッとした。


「良かった。じゃあ俺が謝る必要はないな。撤回しよう」


 そう言ったとき、喜屋武は呆れたようなため息とともに苦笑混じりにこう返す。


「あはは。飛田君ってなんていうか、すごく純粋だよね?」


 これは褒められているのだろうか?経験上バカにされているというパターンもあるが……とにかく一応訂正しておこう。正しくはこうだ。


「少し違うな。曲がることが極めて困難な人間なだけだ」


 そう言って匠真は、喜屋武のことは済んだ(解決した)ものとして再び弁当に手をつけ始める。



「……ねえ。私、しばらくここにいていいかな?」


 ――なに!?やめろ迷惑だ……。


 第一感で匠真はそう思ったものの、ほんの少しではあるが同時にわずかな“嬉しさ”が湧き上がってもいた。


 基本的に人といると疲れる。だが、そうでない人間もいる。


 ダンジョンで水原さんや凛さんと一緒に行動してたとき、匠真はたしかに楽しかった。充実していた。もしかしたら喜屋武も心を許せる人間かも知れないが……。



「俺は一人がいい」


 本心とは少し違うが、困ったのでとりあえずそう答える。

 すると喜屋武は匠真の正面に周り込んでしゃがみ、いつもの柔らかい笑みの中に少し挑発的な含みを持たせて言った。


「ふーん、嫌だって言ったらどうする?」

「……」


 一体、喜屋武は何を考えているのだろう?

 悪意はなさそうだが、どこかこちらの心を見透かされているような感じがして全く油断できない。


 ――そもそもこんな俺と一緒にいて何が楽しいんだ?なぜ喜屋武はこんなに俺と関わりたがる!?あまりにも謎すぎる……。


 ……と疑問を抱えても、「なんでだ?」と直接聞くのは何となく嫌である。無粋というかムズムズして気恥ずかしいというか……なので最終的に黙って弁当を食う以外の選択肢がなくなった。



 しばらくそうしていると、喜屋武は満足したようにニコニコし始めた。

 何となくこの顔は本心からの笑顔のような気がする。匠真は不思議と安堵した。


「お邪魔してごめん。帰るね私、じゃ」


 喜屋武はそう言って踵を返し校舎の方へ駆けていく。

 そんな後ろ姿を見ながら匠真はこう思った。



 ――いつまでもこんな感じではダメだ。精神がすり減ってしまう。

 今度またここで喜屋武に会ったら、ハッキリと聞こう。

 俺と関わりたがる理由、それと……俺のことをどこまで知っているのかを。

 奴は俺に感して何かを掴んでいるような気がしてならない。

 あまりしたくはないが、必要とあらば強めに問い詰めてみよう。

 それで嫌われて離れていくならそれも良しだ!



 匠真は一度決めたことは必ず実行に移す人間である。



 ……。



 その日、学校が終わると匠真は即ダンジョン入口につながる無人アパートへと走った。


 アパートの一室の隠し扉からエレベーターで下まで降り、地下道を走ってまたエレベーターで上昇する。すると、まもなくダンジョン管理棟へとたどり着いた。

 ちなみに武器の木刀は昨日、デルヴの本部に置いてきている。



「ふぅーっ……」



 全力疾走で息を切らせていると、前回と同じく谷垣という名のガタイのいい軍人の男がやって来た。


 匠真はこういう場面が苦手である。

 心を許していない人物との対面。しかも2回目。

 水原や凛のように気軽に話すことなどできないし、かと言って完全にスルーするのもなんとなく気まずい。

 こういうとき島なら気さくに話しかけたりするんだろうな……と、匠真は頭の中でそのシーンを思い浮かべた。



「……っす」


 お辞儀なのか猫背なのか分からないレベルの微妙な礼をして、小声で呟くように挨拶する。

 驚くべきことに匠真はこれでも以前より社交的になっているのだ!

 ダンジョンに入る前の匠真にとって周りの人間は全て敵だった。だからほぼ全ての人間を無視して歩いていっただろう。


 しかし今は人と関わることの楽しさを覚えてしまった。

 それが匠真の行動にわずかながら変化をもたらしている。


 ややぎこちない歩き方で谷垣とすれ違った匠真は、ダンジョンの穴が格納されているシェルターへと急ぐ。


 すると後ろから「おい」と谷垣の声。


 匠真が振り向くと、続けて機械的な声で谷垣は聞いてくる。


「今レベルいくつになった?」


「2」


 端的に答える匠真。すると谷垣は意味深な一言を添えた。


「レベルを上げたければゴブリンではだめだ。強敵を倒せ」



 これは……アドバイスか?


 その言葉と表情からは谷垣の感情は分からなかったが、匠真はなぜか武者震いがして自然と笑みがこぼれた。

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