第32話 黒い騎士
「それでは始め!」
最終種目が始まった。
まずは周囲の状況を確認しながら強そうな気配の冒険者からは離れておく。開始直後が一番戦場がぐちゃぐちゃになるため、あっさり脱落してしまうことがありえる。
そんな予想通り、位置取りが悪かった冒険者が周りから袋叩きにされて即脱落。そのまま共通の敵を落とした者同士で戦闘が始まる。
こちらに向かってくる冒険者もいたが、刃を交える前に周りを確認する。近くに他者がいるときに一対一の戦闘を始めないほうがいい。漁夫の利を狙われかねない。向かってきた相手が気づいていないようなら好都合だ。正面から相手しないようにしつつ、場所だけ誘導して第三者に不意打ちで狩ってもらう。
だいぶ数も減ってきた。
今回のシステム上、実力者同士が勝手に潰しあっていってくれるため、上手く立ち回りさえすれば生き残り自体は難しいことではない。あくまで大事なことは自分の風船を守りきることだ。
そんな中でここまで残っている者たちは自分と同じように上手く立ち回った者か、あるいは実力者同士の潰し合いで潰されなかった選ばれし強者ということになる。
見ればフィリスは1つ風船を失っていて、残り1つ。混戦の中で守りきれなかった形だろう。
そして、あの黒の騎士。風船を2つ残したまま今も2人に取り囲まれていた。強者を相手にするとき一時的に敵同士で結託するのも良い手段だ。
しかしその状況に一切の危なげを感じることもなく、1人を弾き飛ばし無理矢理一対一を作り出すと実力差で圧倒してしまう。
「強い強いぞ、この仮面の騎士!先ほどから多くの参加者をなぎ倒し、自分は悠々とこの地に立っている!一体、何者なんだ!」
実況にあおられて会場も盛り上がる。あれだけの力を見せつければ人々が魅了されるのは必至だろう。
気づけば残っているのは自分を含め、フィリスと例の黒騎士の3人だけだった。
「どうする?私たちも協力して一矢報いてみる?」
「今失敗例を見たばかりですけどね」
単純に数的優位を取っただけでは安心できない。それほどの力を目の前の騎士からは感じる。
「弱き者はすぐに策を弄するな、フィリス」
「え……」
仮面の騎士が初めて声を発した。そしてフィリスの名を呼んだことに驚いたのも束の間、一瞬で間合いを詰めてフィリスの残っていた風船を貫いた。咄嗟にフィリスの体を押したが、それも間に合わないような速さでの攻撃。
フィリスの脱落が決まると、黒い騎士は仮面を投げ捨てた。その瞬間、会場から驚きの声が上がる。
「
「嘘だろ、黒王ってあのSランク冒険者の!?」
仮面の下からは凛々しい顔立ちの女が出てきた。声を聞いたときに気づいたが、やはり女騎士だったのか。
「なんとなんと、仮面の騎士の正体は黒王こと、Sランク冒険者ファルべだった!それは強いわけだー!」
どうやら実況の言葉を参考にすると、相手は相当な実力者で有名人らしい。D、C、B、A、S……自分との差を数えたくもないな。
「なんで姉さんがこんなところにいるの」
倒れたフィリスが言葉を発する。姉さんとはまさか。
「フィリスの成長ぶりを確かめるつもりだったが、まだまだ修行が足りないな」
「放っておいてよ、私は私なりに積み重ねてる途中なんだから」
どうやら会話を聞いている限り、2人は姉妹らしい。姉の方は高みに上り詰め、至らない妹に厳しくあたっている構図か。
「さて、お前は私の攻撃に少し反応していたな」
初めてこちらに注意が向けられる。
「全く間に合いませんでしたけど」
「私の攻撃に反応している時点でなかなか見所がある、誇っていいぞ。それでも一対一になったこの状況ではどうしようもないだろうがな」
そう、残っているのは自分とファルべの2人だけ。片や駆け出しのDランク、片や実力が折り紙付きのSランク。敵前逃亡をしても誰にも責められなさそうだが、そういうわけにもいかない。コロネにハンマーの素材を持っていかなければならないからな。
「見たところDランク。さすがにハンデをやろう。私の風船を一つでも割ることができたらお前の勝ちでいいぞ」
「さすがSランクお優しいことで」
「ふ、遠回しに一つも割れないと教えてやっているのだ」
「あら皮肉言われてましたか。やる気まんまんだったんですが」
「楽観的な奴だ」
言い終わると同時に強い踏み込み。先ほどフィリスを仕留めた一撃がくる。目だけでの対処では追いつかない。攻撃の予測をして剣で弾く。
「ほう、やるな。私の攻撃を防ぐとは」
「勘が冴えてます」
「勘で防げたら苦労はない」
休みなくやってくる攻撃。相手のオーラの流れを感じ、次の攻撃の気配を探る。集中力を馬鹿みたいに使うが、一瞬でも気を抜けば風船は割られる。常に命に爪を立てられている状態だ。
「これだけ防がれるとは驚きだ」
「少しはその驚きが太刀筋に反映されて緩んでくれると嬉しいですね」
「それに良い剣を使っている。お前の動きを最大限に引き出し、力を受けてもしなやかに砕けない」
「愛がこもった自慢の逸品なんで」
愛は込めてないとコロネのツッコミがどこからか聞こえてきた気がした。
「防戦一方と恥じる必要はない。私相手に持ちこたえていることを誇るといい」
「本当ですか。履歴書の経歴欄に書いておくことにします」
いくら凌げているとは言っても、このままではジリ貧なのに変わりはない。
相手は格上、肉を切らせて骨を断つ作戦で行くしかない。
わざと大振りで剣を振るう。今までずっと相手の剣から守るようにずらしていた風船を初めて狙いやすい位置に晒す。
当然、その隙を逃すような生易しい相手ではない。一瞬で自分の命はいとも容易く切り裂かれる。
ここが最高のチャンスだ。
故意に崩して見せた体勢をすぐに立て直し、相手の攻撃を受けるタイミングでカウンターを狙う。
針の穴に糸を通すような所業だが、決められないことはない。
相手の命に手をかけた瞬間が生物として一番無防備になる。それは魔物だろうが、手練れの冒険者だろうが同じことだ。
自分の風船を割られると同時に相手の風船を一つ破壊。そして速度を保ったままもう一つの風船も続けざまに狙う。
完全に計算していた一連の動作、少しのミスもなく相手の隙の間に攻撃が到達する。
だが、2つ目の風船に届く直前で相手の剣にこちらの剣がはじかれた。
「くぅ、惜しい!」
まさかあの状態から反応して、間に合わせてくるとは予想していなかった。
どういう反応速度をしているんだ、目の前の女騎士は。
肉を切らせて骨を断つ作戦が、肉を切らせて肉しか切れなかった。不意打ちのやりとりの結果が、風船の一対一交換ではあまりに分が悪すぎる。
「これは万事休すかもしれませんね」
今のは相手の虚を突いたからこそ意味のある作戦だった。こちらの力量が測られていない状態で最高の速度の攻撃をぶつけることで勝機を見出す。二度目はない。
ファルベも警戒している様子でこちらをじっと見つめている。確実に仕留める次の一手を考えているのかもしれない。果たしてそれに対応する術があるのか。
(今、確実に私の風船を2つとも狙いに来ていた。少しでも反応が遅れていたらそれが達成されていただろう。ギリギリ間に合ったが、本当に危なかった。こちらがハンデをやった時点で、必死に策を弄してどうにか一つの風船を割りにくるだろうと高をくくっていた。守る一方でいずれ体力の尽きる獲物だとそう思っていた。違った。この男は一度も狩られる側になどなってはいない、ずっと狩る側として機をうかがっていた。ハンデなど気にも留めていない。こちらの命を容赦なく仕留めにきていた)
ファルベはまだ動かない。戦場に沈黙が流れる。
彼女がまだ見せていない力をここから見せてくるのか。守りに徹しながらまたカウンターを狙うしかない。刺し違えたとしてもせめてVARに持ち込めるくらいにはしたいところだ。
突然ファルベが動きを見せる。こちらも咄嗟に剣を構えて迎え撃つ用意をするが、彼女が振り上げた剣は自分の残った風船を切り裂いた。
「約束通り、一つ割られた時点で勝負は決した。負けてやるつもりは微塵もなかったが、お前は私の予想を超えてきた。今回は私の負けだ」
「まさかの決着!!!あの黒王を倒してレアメタル祭の頂点に輝いたのは名も知らぬDランクの冒険者だーーー!!」
うおおおおおお、と会場が大いに盛り上がる。あまりDランクと大々的に言わないでほしいが、この熱を止めようもない。
ファルベは会場の喧騒に背を向けて去っていく。これで勝利したと思いあがってはいけない。
彼女を追いかけて背中から声をかける。
「次は情けをかける暇もなく、風船を二つとも割りますから」
ファルベは振り返ると少し呆れたように笑って言った。
「ふ、大言壮語とはこのことだな。私はSランク冒険者の黒王らしいが?」
「それが勝てない理由になりますか」
「……ならないな」
こちらの答えに満足げに微笑むと、ファルベは今度こそその場を去っていった。
一人で立ち尽くしていると後ろからフィリスが駆け寄ってきた。
「テントくん!まさか姉さんに勝っちゃうなんてすごいじゃない!」
「あれは勝ったと言うんでしょうか」
「姉さんに負けを認めさせることがありえないんだから。自分にも周りにも厳しくてプライドの塊みたいな人なのよ」
妹に散々な言われようだ。
ただファルべの他を圧倒する風格や態度すらも彼女の強さの一部なのかもしれないと対峙していて思った。相手に勝てないかもと思わせる時点で既に精神的優位に立っているのだ。
「これはテントくん一躍時の人になっちゃうかもね。私だけが気づいてたのに、残念」
「あんな決着のつきかたで噂が流れるのは不名誉ですけど」
「テントくんはあの姉さんに本気で真正面から勝ちに行こうとしてたんだね。その揺るぎない姿勢がカタブツの姉さんに負けを認めさせたのかも」
フィリスは勝手に納得すると、ぱっと切り替える。
「さあっ、優勝者は賞品をもらいにいかなきゃね」
何はともあれ当初の目的は達成した。
賞品を持ってコロネの元に戻るとしよう。
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