第26話 砂糖より甘い
冒険をするあたってサポートは必須だ。ということで、今日は道具屋に来ていた。
「あ、回復薬がありますね。見てください女神様、こっちは期間限定のボトルデザインですって。どっちも買っちゃいましょう」
「いや中身おんなじですよね、そんなに要りますか?」
「こんなん、なんぼあってもいいですからね」
「貴方それが言いたいだけでしょう」
「アイテムってこんなにあるんですね。目新しいものはとりあえず買っておきましょうか」
「貴方にとっては全てが目新しいになりかねないんですが」
「使ってみないことには役立つかどうか分かりませんからね。少量でサンプル的に売っていれば一番いいんですけどね」
「そんな化粧品みたいな売り方、異世界の道具屋はしてません」
買い物かごにそんな調子で次々と放り込んでいると、後ろから聞いたことのある声がかけられる。
「こんなところで会うなんて奇遇だねー」
その声に反応して振り返るとアネモネがにこにことした顔で手を振っていた。相変わらずやわらかな雰囲気を纏い、いかにも無害そうだ。
「ちょっと今時間いいかな?いいよね、じゃあ行こー」
こちらの返事を待たずに断らないと見るや、すぐに話を進め、腕を引っ張ってくる。見た目で油断しているとあっという間に逃げ場をなくされ追い込まれている。ハンター気質も健在だった。
そんな経緯で、道具屋にてアネモネにつかまり、現在喫茶店に連れてこられている。
「少し見ない間にまた男らしさを上げたかな?なんか服までおしゃれになってる」
「冒険者になりました」
「うんうん、興味持ってそうだったもんね」
「命の駆け引きに身を置いたことでひと回り成長できたかもしれません」
「頼りがいが出るのも納得だねー」
相変わらずの全肯定。アネモネは自己肯定感を育てることにおいてプロフェッショナルなんじゃないだろうか。
「そうそう、テントくんに会ったら言いたいことがあったんだよ。もらった魔結晶のおかげで研究が進んでね、ぜひテントくんにその成果を見せようと思って」
そう言って取り出したのは前に渡したと思われるスライムの魔結晶。結晶を左の手のひらに乗せると右手を差し出してくる。
「はい、テントくんも」
「なるほど?」
理解しきれてはいなかったが、アネモネと同じように手を出せば良いのかととりあえず右手を前に出すと、そのままぎゅっと握られた。
少し湿ってあたたかな手が妙に生々しい。
ドキドキするのも束の間、アネモネが目をつぶって魔力のようなものを込めると、左手で持っていた魔結晶がきらきらと崩れていく。それと同時に握っている右手から不思議な力が伝わってくる感覚があった。
「ぱんぱかぱーん、これでテントくんはスキルを手に入れましたー」
「ペン字2級とかですか?」
「就職じゃなくて冒険に役立つスキルだよー」
「そうは言われても実感がないですね」
「テントくんにとっては初めてのスキルかな」
「そう、なりますね」
少し言い淀んだのはこの女神様との通話能力がスキルに分類されるか迷ったからだ。ただ自分が認識していない時点で別種のものと考えることにした。
「テントくんは魔結晶がそもそも何なのかは知ってる?」
「魔物の魔力の塊みたいなイメージですかね」
「すごいすごい、合ってるよ。もっと細かく言えば魔力も含めた生命力が結晶化したものなんだ」
「命がこもった結晶なんて一世一代のプロポーズみたいですね」
「なんかロマンチックだねー。この魔結晶がスキルと関係ありそうってところまでは突き止めてたんだけど、なかなかサンプルが手に入らなくてね」
やはりそうそうドロップしないという話は本当のようだ。ただの運任せでは相当な低確率なのだろう。
「今回テントくんのおかげで一気にたくさん手に入ったから思い切った実験がいっぱいできちゃった。その成果がこれだよー」
いまだに握られている手を顔の前に上げてアピールされる。にぎにぎされると手の柔らかさが余計に伝わってくるので、心中穏やかではいられない。これが天然ハンターの実力か。
「テントくんはスライムが持つスキルや能力を魔結晶を通じて引き継いだ状態ってこと」
「おれ、ぷにぷにのゼリー状になっちゃいます?」
「んー?元からテントくんはぷにぷにだよー」
左手の人差し指でほっぺをつんつんとされる。
うーん、破壊力がすごすぎる。スキル:ボディタッチ、効果:魅了とかを持っていないと説明がつかない。
「どうしてもスキルの相性っていうのはあるから魔物の特性全部が全部反映されるわけじゃないんだよ。種族間の相性もあれば、あとはジョブとの相性とか」
「スキルでも人でも相性悪ければ振られてしまうのは変わらないんですね」
「そうだね、相性って大事」
そう話すアネモネは会話に応じているようで何か別のことを考えているような不思議な雰囲気がした。
「というわけでスライムの魔結晶から打撃耐性とかのスキルは得られたはず。ちょっとは冒険に役立ちそうかな」
「ちょっとどころじゃなく百人力ですね。何よりアネモネさんに手を握られるのが一番パワーもらえます」
「あー嬉しいこと言うー。もっとパワーあげちゃおうかなー」
にやっとイタズラっぽい笑顔を見せたかと思うと、スムーズな動きで隣の席に移ってくる。手だけでは収まりきらず、より体の密着度が上昇し、パワーを授けられるのだった。
幸せな時間を過ごした後、一旦少し冷めたコーヒーを飲んで落ち着く。
「そうだ、これウルウルフとスカイダーの魔結晶です。アネモネさんにあげます」
「さすがテントくん。でもタダでもらうわけにはいかないよ」
「スキルとか諸々のお礼なので」
正直、諸々の方が比重が大きいことはわざわざ口にしないでおくことにする。
「じゃあお礼として1つはもらうね。どうせテントくんのことだからたっぷり持ってるんでしょ?そっちを買うよ」
「何から何までお世話になりっぱなしです」
「いいのいいの、冒険にはお金も必要でしょ。それに忘れちゃいけないのは魔結晶はこんな簡単に手に入るものじゃないんだから。私の方が感謝しなきゃ、ありがとうね」
「アネモネさんのありがとうだけで状態異常全回復します」
「あーまた喜ばせるんだー。じゃあ私はテントくんのヒーラーだね」
精神面や充実感をケアしてくれるヒーラーとは新しい。その効果範囲が大抵の男には適用されそうなところも規格外だった。
「さっきのアネモネさんの力を見て思ったんですけど」
「なになに?」
「ちょっとこれを見てほしくて」
取り出したのはコロネに打ってもらった剣。装飾として柄の中央に魔結晶があしらわれている。
「凄味のある剣だね。ここにあるのは魔結晶?」
「はい、アネモネさんの能力の本質が魔結晶から力を引き出すことにあるなら、対象は人だけじゃなく武器にも適用されるのかと思いまして」
「確かにこういうパターンは試してないかも。でも、大切な剣の装飾が砕けちゃわないかな?」
「正直そこは若干心配ですけど、直すあてもありますし、なんかそうならない気がしてます」
「テントくんの予想なら信じたくなっちゃうなー。そういうことならやってみるね」
剣についた魔結晶にアネモネが手をかざすと、先ほどのように結晶がすぐに反応を示す。
よりはっきりと感覚を捉えたいとアネモネの手の上に自分も手を重ねる。アネモネは一瞬驚いたようにびくっと体を震わせたが、何も言わずに集中を継続する。
アネモネと触れ合っていることで力の流れが鮮明に感じられる。結晶が輝きを蓄え、その光がじんわりと剣全体に行き渡っていくイメージ。
「はい、そこで止めてください」
「え、これでいいの?」
魔結晶に内包されるのが魔物の生命力であるなら、この何となく感じられるエネルギーは戦闘中に何度も感じた魔物のオーラと同じもののはずだ。女神様のように見えはしなくても感覚で捉えられるレベルにはなってきている。
アネモネが手を離した剣は、結晶の輝きをぼんやりと全体に纏い、一段と異質なオーラを放っていた。
「わー、なんか成功した感じがする。割れてもいないね」
「初めてで一発成功なんてアネモネさん天才ですね」
「んふふ、テントくんが手取り手取り教えてくれたからねー」
「そんなに手取りを強調されると、テトリスしたくなってきました」
「長い棒がぴったり入ると気持ちいいよね」
アネモネは手首をくるっと回し、自分の手に重ねられていたこちらの手を逃がさないようにぎゅっと握ってくる。
「私も手取っちゃった」
「手っ取り早い手打ちの方法ですね」
「もういきなりだったから私もどきっとしちゃったよ」
「何か一声かければよかったですね」
「ううん、これは良いどきっとだよ」
「おれも今良いどきっとの真っ最中です」
「させてるからね、ふふ」
それは小悪魔のような微笑みで、呪いにでもかかったかのように目を離せなくなる。
「テントくんはいつも私の想像を上回ってくる。そういうところが、ね」
全てを口には出さず、至近距離からの含みのある笑みで何事か伝えようとするアネモネ。
気恥ずかしさから逃げ出したくなったとしても、ぐっと握られた手がそれを許しはしないのだった。
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