第5話 模擬運営

 俺がそう言うと、王族どころか、近くにいた大臣まで目を見開き、驚く。

 

 リエルは王位を争うほどの勢力を持っていなかった。

 

 だから、そんな立ち位置でありながらも、俺が王位を争う宣言をしたことに、驚いているのだろう。


 すると、陛下は顎を撫でおろし、じっと俺を見つめる。

 

 その眼差しには鋭い光が宿り、何か企みが無いかを見抜こうとしているように感じる。

 

 だが、すぐにその目線は、俺の横にいたフェンリルに移っていった。

 

 あまりにも堂々としているその姿を見て、さすがに陛下も驚きの表情を隠せない。


「リエルよ、その動物はなんじゃ?」


 陛下の問いに、俺は一瞬迷わずに答えた。

 

「この子は私が先ほどテイムしたフェンリルです」


 俺の言葉が場に響いた瞬間、周囲の貴族たちはざわざわと動き出す。

 

 まあ、俺は今まで一度もテイムの能力を発揮したことがなかったのだから、驚かれるのも無理はない。

 

 悪の心を持つ第五王子、リエルは、今まで一度もスキルを発動する事が出来なかったのだ。

 

 しかし、今、フェンリルを連れている俺の姿に、皆が驚きの色を隠しきれなかった。

 

「フェンリルとは驚いたな。それにしては小さいが……まあいい。スキルを使う事が出来たのだな」


 陛下が少し驚きの表情を浮かべながら、口角を上げる。

 

 まるで、長い間心配していた重しが軽くなったような安心感が見て取れる。

 

 何だかんだいって、陛下は自分の子供がスキルを発現できなかったことを心配していたのだろう。

 

 すると、デリクが嫌そうな表情を浮かべ、俺を見て不快感を隠せずに口を開いた。


「陛下、こんな神聖な場所に、偽物のフェンリルを連れて来るなんて以ての外です。こんな弱弱しい奴は王の間から追い出した方が……」


「いや、リエルを無下に扱うのは良くないぞ、デリクよ」


 陛下の声には、ただの注意ではなく、少しの怒りと威厳が込められていた。

 

 その言葉に、デリクは舌打ちをしながら俺を見て、睨みつけてくる。

 

 その目は鋭く、殺気すら感じるほどだ。

 

 しかし、そんなデリクの態度を無視するかのように、フェンリルもまた低く唸り声を上げながら、デリクを睨み返す。

 

 俺の横で、まるで護衛するように立つその魔物の姿には、圧倒的な存在感があった。

 

 デリクは、一瞬怯んだように見えたが、それでも睨みを解こうとはしない。

 

 そんな事をしていると、陛下が口を開いた。


「では、お主たちにとある試験を課す」


 突然、陛下がそう言う。

 

 周囲の空気が一変し、皆が一斉に陛下に注目する。

 

 その一言が、今までの緊張した雰囲気をさらに強くしていった。

 

 試験。俺はその内容を知っているからこそ、表情を崩さずに冷静に受け止めることができたが、他の者たちは驚きと疑問を隠せない様子だ。

 

 だが、デリクがすぐに口を開く。


「陛下、その試験とは一体?」


 デリクは知ったような顔でそう言うと、陛下はニヤリと笑い、言葉を続けた。


「そうじゃなあ、お主たちには一年、領地の模擬運営でもしてもらうとするかのう」


「も、模擬運営!?」


 俺は陛下の言葉に、周りの大臣たちと同様、驚いたような声を出してしまう。

 

 領地の模擬運営、これは俺が知っている原作にも無かった試練だ。

 

 王位を争う者たちに、領地を運営させるというのは、あまりにも難易度が高すぎる。

 

 だが、陛下の意図は明確。

 

 血を争うような者たちが、実際に国を治める力を持つかどうかを試すための試練であることは、誰の目にも明らかだ。

 

 すると、第二王女のリディアは笑う。


「良い試験です、陛下」


「私も」


 陛下の言葉に、リディアとシリアはすぐに笑顔を見せて賛成の意を示した。

 

 リディアの表情には、どこか楽しげな様子が浮かんでいる。

 

 シリアも同様に頷き、嬉しそうな顔をしていた。

 

 シリアからすれば、争いではない試練だった為、陛下の試練に賛同なのだろう。

 

 だがその反面、デリクは陛下の言葉に少し戸惑いを見せていた。

 

 計算外だったのだろうか、デリクの顔には一瞬の隙が見えている。


「へ、陛下? 戦争では無いんですか?」


 デリクが驚愕の表情を浮かべながら、口にした言葉は、王室の重々しい空気を一瞬にして引き裂く。

 

 まるで静かな湖面に投げ込まれた石のように、会議室にひびく波紋が広がった。


「ん? 儂は今、領地の模擬運営と言ったが?」


「ど、どうなっているんだ、これじゃあ原作と少し違うじゃないか……」


 そんな小さな声が、デリクの方から聞こえる。今、原作って言ってたか?

 

 いや、流石に聞き間違えか。

 

 ちなみに、俺もデリクと同様、今回の話に計算違いが生まれている。

 

 本来の原作だと、確か戦争に関する内容の話だったはずだ。

 

 なのに、今陛下の話だと、領地の模擬運営という話になっている。

 

 なぜシナリオが変わったのか分からないが、俺からしたら、戦争が起きてしまえば犠牲も多すぎるし、こっちの方が良いと思ってしまう。


「陛下、お聞きしたいことがあるのですが」


「なんじゃ、リディア」


「今回の領地経営で、最も優れた経営をした者には、一体何があるのですか?」


 リディアの問いに、陛下は一度、わずかに唇をつけて考える。

 

 陛下が答える言葉には、国を統べる者としての重みと、それに見合った深い思慮が込められていた。


「そうじゃのう、最も優れた経営を成し遂げた者には、"国政参与権"を与えようと思うておる。」


「国政参与権……」


 その言葉が放たれると、会場は瞬時に静まり返った。

 

 まるで時間が止まったかのような、緊迫した空気が満ちる。

 

 国政参与権。

 

 それは、ただの名誉ではない。

 

 王国の政策に直接影響を与えることができる、極めて重要な権利だ。

 

 それが得られれば、王位争いにおいて他の王族に一歩先んじることができるという、まさに命運を左右する力を持つもの。


 リディアの瞳には、確かな興味が浮かんでいる。

 

 その奥には、いくばくかの警戒心と、野心を秘めた冷徹な輝きが見え隠れしていた。


 「そうじゃ。国政参与権を持つ者は、この国の重要な政策決定に直接関与する権利を得る。すなわち、王位を目指す上で、他者よりも一歩先に立つことができるというわけじゃ」


 その言葉は、まるで重い石が落ちる音のように、俺の心にも響く。

 

 周りの王族たちは、その言葉にどこかしら動揺を見せるが、それぞれの表情は、次第に冷徹な計算を繰り広げているのが分かる。


 もし、この国政参与権があれば、王国の会議に出席し、発言や投票が許されるため、実質的に国の舵取りを担うことができる。


 また、これにより他の王族よりも強い影響力を持ち、民や貴族たちからの支持を得ることが容易になるのだ。


 「国政参与権……それがあれば、僕のハーレム国が……じゃなくて、目指す強大な軍事国家への道筋を確保できる……!」


 デリクは拳を握りしめ、表情に焦りと決意が入り混じった様子だ。


 デリクは間違いなく、この権利を手に入れようと必死になっているのだろう。


 それに対し、リディアは冷静を装いながらも、瞳の奥には明らかな野心が宿っている。


 「それほどの権利……得る価値は十分にあるわ」


 リディアもまた、冷静を装いながらも、確かな野心がその言葉から滲み出ている。

 

 その冷徹な瞳は、すでにこの権利をどう手に入れるかという計画を練っているのだろう。

 

 リディアの野心が、この試練を通じてどれほど膨らんでいくのか、想像するだけで少し恐ろしい。


 一方で、シリアは少しだけ口元を引き結び、小さな声で呟く。


 「平和な国を作るためにも……その権利があれば……」


 シリアの声は、どこか優しく、そして深い思慮に満ちている。

 

 戦争を回避し、この国を平和に導くためには、どうしてもその権利が必要だと感じているのだろう。

 

 俺はそんな三人の様子を見ながら、心の中でつぶやく。

 

 国政参与権というのは、確か原作でも、最も優れた者に与えられるものだ。

 

 だからこそ、俺がこの争いで勝ち抜くための重要な鍵になるに違いない。

 

 陛下は周囲の反応を確認し、満足げに頷く。


 「それでは、各自の配属先は追って知らせる。覚悟しておくがよい。領地運営というのは、戦場と同じく、知恵と忍耐が試されるのじゃ」


 陛下の言葉が、重々しく響く。

 

 それは、まるで運命を決める宣告のようで、俺たち全員に深く刻まれる。

 

 その後、静かな時間が流れ、俺は再び横に立つフェンリルに目を向けた。


『楽しくなってきたじゃねえか、主よ』


「そうだな……」


 俺がこの領地運営で高得点を取り、国政参政権を手にする。


 そしてそれらが終わったら、次は魔法学園もある。


 やることが山積みだが、一つ一つクリアしなくてはな。


 そんな事を考えながら、俺は王の間を出るのだった。

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