悪役王子のもふもふ王国開拓記~スライム畑で世界を変える!~そしたら主人公が俺の命を狙ってきたんだが?

@Soraran226

1章

第1話 悪徳王子に転生してしまった

「これで王国編もクリアだな!」


 俺は握り拳を強く振り上げ、画面に向けて誇らしげなガッツポーズを決める。


 周囲を見渡せば、狭く雑然とした六畳間。パソコンの光が、暗い部屋を淡く照らしている。


 現在の時刻は深夜を回っており、時計の針は午前2時を指している。


 画面に表示されているのは、ここ最近話題沸騰中の大人気ゲーム《王国の英雄》。


 プレイヤーは貴族や王族となり、王座を巡る壮絶な争いを繰り広げるゲームだ。


 策謀、裏切り、時には血で血を争う戦争。


 そして、その先に待ち受けるのは理想の王国建設だ。

 

「にしても......争いばかりだな」


 呟きながら、俺はふと眉をひそめる。


 ストーリーを振り返れば、その内容は決して甘くなかった。


 貴族社会の黒い策謀が渦巻き、味方だと思っていたキャラクターが平然と裏切る事も珍しくない。


 俺が働いている会社でも、似たよな事が起きている気がする。


 理不尽な上司、派閥、無意味な会議など。


 まるで現実そのものを突きつけられるかのようなストーリー展開に、気づけば胸の奥にわだかまっていた疲労感がじわじわと広がる。


 俺は溜息をつきながらパソコンの電源を落とし、体をベッドへ投げ出した。


「動物に囲まれて、楽しい生活でも送りたいよ……」

 

 ぼそっと漏れる独り言に、少しだけ自嘲の笑みを浮かべる。


 昔から俺は動物が好きだった。


 子供の頃は犬を飼うのが夢だったが、今ではそんな夢を語る余裕すらない。


 ペットを育てるにはお金も時間も必要だが、今の俺にはどちらもない。


 思えば、人間社会での人間関係は何かと面倒だ。


 笑顔の裏で、誰が何を考えているかわからない。


 時には裏切りがあり、陰湿な噂話が飛び交う。


 そんな現実の中で、ただ癒しを求める心が、動物に向かうのも無理のない話だろう。


「なんか、疲れたな」


 自分のつぶやきが妙に重く響いた気がした。


 頭の中で夢見るのは、モフモフの毛に顔をうずめながら、優しい日差しの下で寝転ぶ生活。


 それはきっと、もう手に入らない夢なんだろう。


 そう思いながら、俺はそっと目を閉じた。


 

 ★



 「あれ……ここってどこだ?」


 まるで霧の中から覚めるように、意識が浮上してくる。


 目を開けると、青々と茂る木々の間から差し込む光が視界に飛び込んできた。


 聞こえてくるのは風に揺れる葉の音と、どこか遠くで響く小鳥のさえずり。


 俺は身体を起こし、ゆっくりと周囲を見渡す。

 

「なんだこれ、さっきまで部屋にいたはずだよな?」


 声に出してみても、答えは返ってこない。


 だが、奇妙なことに、体の疲れがすっかり取れている気がした。


 まるで新鮮な空気が、細胞の隅々にまで浸透していく。


 俺が生きてきた世界では、排気ガスや化学物質に汚染され、こんな澄んだ空気はどこにもなかったはずだ。

 

「もしかして、俺って転生したのか?」


 ぽつりと呟いた言葉が、静寂の中で妙にリアルに響く。


 もしかしたら、ここは現実ではなく、異世界、それとも夢だろうか?


 だが、触れる草の感触や、流れる風の心地よさは紛れもない現実そのものだ。


 自分の頬を軽く叩いてみても、痛みが走る。


 「これは……夢なんかじゃないな」


 俺は呟きながら、頭を掻く。


 状況はよくわからないが、一つだけ確かなのは、ここが俺の知る日常ではないということだ。


 次第に心の中で浮かび上がるのは、「転生」という言葉。


 そんな馬鹿げたことが現実にあるのかと自問しつつも、この奇妙な状況は、それ以外に説明がつかない。


 俺は草を踏みしめる音を立てながら、とりあえず数歩歩き出す。


 行き先なんてわからないが、じっとしていても埒が明かない。


 だが、その数歩目で、ふと違和感を覚えた。


「あれ、俺の身長ってこんなに低かったっけ?」


 足元から見える視界が妙に低い。


 まるで、子供にでも戻ったかのような感覚だ。


 自分の体を確認するために、手足や服装をチェックする。


 すると、見覚えのある服が目に飛び込んできた。


 その服装には思い当たる節がある。


「この服装って、悪徳王子のリエルじゃないか?」


 記憶の中のゲーム画面が脳裏に浮かび上がる。


 悪役王子・リエル――それは前世で遊んでいた《王国の英雄》のキャラクターであり、物語の中では散々な扱いを受けるポジションだ。


 リエルは第五王子という肩書きを持ちながらも、その性格が災いして評判は貴族の間でも最悪。


 怠惰で傲慢、王族や貴族たちからも嫌われ、最終的には派閥争いの邪魔となり、殺される運命にあった。


 俺はまさか、その悪役王子、リエルに転生してしまったのか。


 俺は前世でプレイしていたゲームの記憶が頼りに、自分の状況を把握する。


 ここは森だ。だが、どうしてリエルがこんな場所にいるのか。


 その理由に思い至った瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「まさか、俺はここで死ぬのか?」


 そうだ。ゲームの中でリエルは、派閥争いに邪魔と判断され、この森に送り込まれた。

 

 原作では、魔物に襲われて無残に殺されるシーンが描かれていたはず。

 

 護衛もいたはずだが、買収されていたのか、リエルを見捨てて逃げ出す展開だった。

 

 俺はその最悪の状況に、自分が立たされていることを理解する。


「そうだ、確か俺のスキルはテイマーだったはず」


 だが第五王子リエルは、それをただ「持っているだけ」で、使いこなすことができなかった。


 リエルは、悪役というポジションなのもあり、心が濁っていた為、テイムというスキルを発動することが出来ない。


 テイムスキルの発動条件は、清らかな心。


 いかにも悪役なリエルにとって、それは縁遠いものだ。


 野心と嫉妬に心を蝕まれ、テイムという力を発動させるには程遠い存在。


「転生した俺だったら、発動する事が出来ないかな?」


 自分の言葉に、少しだけ勇気が湧く。


 俺は前世では平凡な社会人で、悪役のような心を持っていたわけではない。

 

 むしろ、悪役の立場なんて嫌だし、清らかな心だって多少はあると信じたい。


 それなら、俺でも第五王子の持っているテイムを発動する事が出来るだろう。


 だが、一つ懸念点がある。


「確か魔力量が少ないから、何回もテイムは出来ないんだよな」


 リエルの体は華奢で、魔力量も少なめ。


 テイムというスキルは強力だが、発動させるには膨大な魔力を消費する。


 だから、テイムを連発する事は難しいだろう。


「まあ、考えてても仕方ないよな」


 俺は自分を奮い立たせるように言い聞かせ、森の中を歩き始める。

 

 この森は一見すると静かで、風に揺れる草木の音や、小鳥の囀りが心地よい。

 

 しかし、それは表面上の姿に過ぎない。

 

 この奥深い森には、数々の魔物が潜んでいるという設定が原作にはあった。

 

 油断すれば一瞬で命を落とす危険地帯だ。

 

 俺は緊張感を抱きながら、足を進める。


 「……なんだ?」


 草むらの向こうから、何かが動く音が聞こえてくる。

 

 ざわざわと不気味に揺れる草木。

 

 それはまるで何か大きな生き物が近づいてきているような気配だった。

 

 冷や汗が背中を伝う。


 「おいおい、やめてくれよ……」


 俺は思わず唾を飲み込む。

 

 すると、その正体が突然姿を現した。

 

 巨大な熊のような魔物が、怒り狂ったような叫び声を上げながら突進してくる。


「ガアアアアアアアアアア!!!!!」


 その圧倒的な存在感に、俺の体は恐怖で硬直した。

 

 前世で見た動物園の熊とは比べ物にならない。

 

 この魔物は鋭い牙と爪を持ち、赤い目、まるで自分を餌と認識しているかのような、目をしている。


 赤い目は、魔王に使役されている魔物であり、テイムをする事は出来ない。

 

 逃げなければ――そう思っても、俺の体は言うことを聞かない。

 

 恐怖で膝が震え、頭の中が真っ白になる。

 

 魔物は確実に俺に迫ってきていた。その時だった。


「グルアアアアアアアア!!!!!」


 別の方向から、また別の咆哮が響き渡る。

 

 それは熊の魔物とは全く異なる、どこか神秘的で威厳のある声。


 その声の主が姿を現した瞬間、俺は目を奪われた。

 

 白銀に輝く毛並み、そして鋭く光る青い瞳。

 

 巨体でありながら、どこか優雅さすら感じさせる動き――フェンリルだった。

 

 その神々しい姿は、まさに「神」と呼ぶに相応しいもの。

 

 そしてフェンリルは熊に躊躇なく飛びかかると、その鋭い牙で首元を一撃で仕留めた。

 

 熊の魔物は、一瞬のうちに動かなくなる。

 

 俺はその光景に息を呑んだ。

 

 同時に、冷たい汗が背中を伝う。

 

 次は――俺の番かもしれない。

 

 視線がフェンリルと交わった瞬間、本能が叫んだ。


「テイム!」


 俺は反射的に手を伸ばし、叫んでいた。

 

 その瞬間、手のひらから光の粒子が生まれ、フェンリルを包み込んでいく。

 

 眩い光が周囲を照らし、その場の空気が一変した。

 

『お、お前、俺をテイムしたのか?』


 驚いたような声が、まるで脳内に直接語りかけてくるように響く。

 

 その声は、目の前のフェンリルからだ。

 

「えっと、お前喋れるのか?」


―――



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