第2話 ようこそ、愛と夢のローズガーデンへ
前世の記憶を取り戻した私は、この世界が前世で夢中になっていた乙女ゲーム『ようこそ、愛と夢のローズガーデンへ』の世界だと気がついた。
このゲームのことはよく覚えている。十二歳の時にワゴンセールで買った五百円の中古品。物心ついた頃から道端で拾い集めていたお金を握りしめてゲーム屋さんに駆けこんだ。一円硬貨や十円硬貨だらけの五百円に店員さんはうろんげな目を向けてきたけど気にならなかった。
初めての乙女ゲームにすぐに魅了された。夜遅くまで小さなテレビのプレイ画面を眺めていた。そこに映るゲームの世界はとてもキラキラしていて現実を忘れさせてくれるから。
ゲームをオフにしたくなくて起動したまま眠った夜もあるくらい。キラキラに包まれていると幸せな気持ちで眠れたから。
私は高校を卒業してすぐに家出した。
夜は公園を転々としてすごしていた。朝と昼はただ街中をひたすら歩く。目的地がある振りをしながらひたすら歩く。誰かに頼る方法どころか、誰かに頼っていいとすら知らなかった私は、街ですれ違う普通の人の真似をして歩いていた。そんなことしても意味はないのに意地になって普通の振りをしていた。
そして最期の日。その日は朝から凍てつくような寒さだった。
昼頃にビニールハウスの植物園がある公園にふらりと辿りついた。寒いのに公園には人がいる。だからベンチにすわって公園の時計をチラチラ見る。これは私も誰かと待ち合わせをしている振りだ。目的があればここにいても許される気がするから。
でも日が暮れると人が少なくなって、夜になると雪が降りだした。
夜になると誰もいなくなってほっと息をつく。
もう誰もいないから、もう目的がある振りをしなくていい。
少しだけ心が楽になって夜空を見上げる。真っ黒な夜空に真っ黒な雪雲。静寂の中でシンシンと雪だけが降りつもる。
公園の常夜灯に照らされた雪がとても幻想的で、寒さで固まっていた口元が少しだけほころんだ。
「あ……」
暗闇の中で植物園のほのかな灯かりが視界に映った。
植物園の夜間照明だ。
ビニールハウス越しにぼんやりと薔薇が見えた。
赤とピンクの美しい薔薇。
「きれい……」
ぽつりと呟く。
ビニールハウス越しの薔薇を見ていると、かつてのキラキラを思いだした。
小さなテレビ画面に映っていた乙女ゲーム『ようこそ、愛と夢のローズガーデンへ』だ。小さな画面をじっと見つめて夢中でプレイしていた。ゲームのキラキラを見つめていると、とても幸せな気持ちになれたから。
(キラキラってすごいなぁ……)
だって今まで寒さで震えていたのに、もう寒さを感じない。
体は氷のように凍てついているのに、もうなにも感じないの。痛みも、空腹も、寒さも。
もうなにも感じなくなって、ただただキラキラに包まれる。キラキラに包まれると、ゲームを起動したまま眠った時のような幸せな気持ちになれた。
なんだか気持ち良くなって、いざなわれるように瞼を閉じる。
……。はあ…………。
ながい、ながいため息が漏れた。
そのまま私が目覚めることはなかった。
しかし私が転生したのはゲームのラスボス的存在の悪役令嬢だった。
上流階級の子どもたちが通う学園を牛耳っている公爵家の悪役令嬢。ある日、学園に転校してきた平民のヒロインを悪役令嬢が取り巻きのモブ令嬢たちに命令してとことんいじめるのだ。しかし悪事がばれてヒロインに幼馴染の婚約者を奪われ、しかも公爵家は没落してしまうのである。
自分が悪役令嬢だと気づいた時はショックだった。でもそんなことはすぐに気にならなくなった。
だってテーブルには食べきれないほどのごちそうが並んで、夜は温かくてふかふかのベッドで眠れるの。眠れない夜はお母さまが添い寝してくれるから、わざと眠れない振りをしたりして。気づいたお母さまは困った顔をするけれど、「しかたない子ね」と優しく笑って私の額に口付けてくれた。
いつか学園に転校してくるヒロインが怖かったけれど、優しいお父さまとお母さまがいるから平気だった。
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