子猫な令嬢は呪われた筆頭魔術師の膝の上で眠りたい

宮永レン@1/16捨てられ令嬢コミック2

第1話

 王宮の最奥に魔術師の塔があった。その主である筆頭魔術師エリオス・グレイヴァルドは、肩にかかる漆黒の髪と金色の瞳を持ち、白い肌がその暗い装いを引き立てている。


 年齢を重ねた端整な顔立ちには、成熟した男性ならではのそこはかとない色気が漂い、鋭い瞳には深い知性を宿していた。


 黒を基調としたロングコートには銀糸の刺繍が施され、腰には魔道具を携えていた。動くたびに裏地の深紅がちらりと覗き、威厳と危険な香りを孕んでいる。


 彼は王や貴族たちから絶大な信頼を得ている一方で、不吉な存在として遠ざけられもしていた。


 エリオスに関わると不幸になる――そんな噂が後を絶たなかったからだ。


 確かに彼が操る魔術は、光や癒しの魔法ではなく、闇を宿す黒魔法。王国を幾度も救った実績があるとはいえ、その魔力の根源には未知なる部分が多く、誰もが彼を敬いながらも一線を引いていた。


 だが――。


「エリオス様、今日もシエルが会いに来ましたよ~!」

 部屋の扉を開け放って入ってきたのは、伯爵令嬢のシエル・アーデルラインだ。


 十八歳の若さで、明るく積極的な性格を持つ彼女は、どこか飄々とした態度でエリオスの空気を乱す。


 背中まで届く金色の髪を緩く編み込み、飾り気の少ない小さな花飾りを髪に挿していた。そのサファイアブルーの瞳は生き生きと輝き、朗らかな笑顔はまるで春の花のように愛らしい。


「また君か」

 エリオスはあからさまに嫌そうな顔をした。


「またです! 今日もお菓子を作ってきたので、一緒に食べましょう!」

 シエルは無邪気に笑い、勝手知ったる様子で台所に入ると、火の魔法で湯を沸かし始める。


 ハミングしながら茶の用意をする彼女の姿を見て、エリオスは書類を脇に置き、ため息をつく。


「なぜ君は私に執着する?  私がどんな人間か、少しは考えたことがあるのか?」


「もちろんです!」

 シエルは笑顔で振り返って胸を張る。


「エリオス様は王国一の魔術師で、私の命の恩人です!」

 幼い頃、誘拐事件に巻き込まれた彼女を救ったのが、まだ筆頭魔術師になる前の若き日のエリオスだった。


『もう大丈夫だ、私が守る』

 彼のその言葉と、優しく抱き上げてくれた時の温もりが、今でもシエルの心に深く刻まれている。以来、彼女にとってエリオスは『理想の英雄』であり、『想い人』なのだ。


「その恩義に報いたいというなら、もっと現実的な方法を考えるんだな」


「恩義とかじゃありません。私、エリオス様のことが好きなんです!」

 きゃーと小さく悲鳴を上げながら、シエルは自分の顔を両手で覆い、ぶんぶんと左右に揺れる。


 彼女の真っ直ぐな言葉に、エリオスは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに片眉を吊り上げる。


「君は愚かだ。私は人々の言う通り、呪われている。私に近づけば、君も不幸になるかもしれない」


「それなら……私がもっと幸せにして差し上げます!」


 シエルの言葉に、エリオスは返す言葉を失い、彼女から視線を逸らした。


 若かりし頃、彼は強大な黒魔法の力を手に入れる代償として、自らの魂に『孤独の呪い』を刻んだ。その呪いは、彼の愛する者に不幸を呼び寄せ、他者を遠ざける運命を背負わせるものだった。


 呪いを解く方法は残念ながら不明だが、国を救うためには必要な力だったので後悔はしていない。


 エリオスは、呪いを受けてから人々との距離を取り続けていた。王宮の筆頭魔術師という地位に身を置いたのも、国を守るという大義名分のもとで、自らの孤独を正当化するためだった。


 しかし、シエルはそんなことはお構いなしにほぼ毎日、塔へ足を運んでくる。


「ずっとエリオス様を尊敬してきたんです、私の理想なんですよ。どうか、私と結婚してください!」

 シエルの目は輝いていた。


「それならなおさらだ。私は理想に値しない呪いにまみれた男だ」

 エリオスは苦々しい笑みを浮かべる。

 

「そんなことありません!」


「私と君にどれだけ年の差あると思う? もっとつり合いの取れた男を探すがいい」


「年齢が二十も離れているから結婚できない、という決まりはありませんよ? 父も説得済みですので、安心して求婚のご挨拶にいらしてください」

 シエルは一歩も引かない。それどころか、エリオスの机に身を乗り出し、まっすぐに彼を見つめた。


「エリオス様がどれだけ呪われていようと、私はあなたの隣にいたいのです」


「君を不幸にしたくないというのがわからないのか?」


「はい、わかりません」

 にっこりと笑うシエルに、エリオスは再び大きなため息をついた。

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