入寮説明会
中学校を卒業したおよそ1週間後、入寮者への事前説明会が開催されるため遥は入学に先んじて大垣高校へ向かっていた。母親に家の最寄り駅まで車で1時間近くかけて送迎してもらい、そこから2時間に1本程度運行しているローカル線の電車で大垣駅へと向かう。単線かつ各駅停車であるためたっぷり1時間半をかけて終点である大垣駅に到着する。
駅はたくさんの人で溢れかえっており、自身の村では見たこともないほど同年代と思われる人々が思い思いに歩いていた。そして駅の南口を出ると、ロータリーが広がっており遥は人生で初めてタクシーを目にした。
そのまま線路に沿って5分ほど西に歩くと目的地である大垣高校が見えてきた。校門に立っていた教師と思われる人物に入寮説明会へ参加するために来訪した旨を伝えると、とある教室へ案内された。校内を歩く遥は学校の大きさや教室の多さに圧倒されていた。遥の通ってた合同学校は全校生徒が6人ということもあり、教室の数も少なく、建物の大きさも小さかった。大垣高校は県内の高校としては一般的な規模なのだが、遥にとっては巨大な施設に思えていた。
案内された教室のドアを開けると、中には一人の女生徒がきれいな姿勢で椅子に腰かけていた。肩上で切り揃えられた艶のある黒髪のボブに、髪と同じ色をしたきれいな瞳、そして華奢に見えるものの均整の取れた体型――遥の村には存在しない、美少女と形容するにふさわしい彼女に遥はしばし見惚れていた。
「あの……入寮説明会の参加者の方ですか? 」
「……あ! そうです!」
その女生徒に声を掛けられ、遥は内心ドキドキしながら返事をした。
「よかったぁ……一人じゃ心細かったんです。あの――お名前聞いてもいいですか?」
「あ、僕は……七海遥です」
「……私は、
楓の言った中学校を遥は全く知らなかったが、気になって問いかける。
「大垣ってことは中学もこの辺り?なんでまた寮に?」
「実は――この高校に合格が決まった後で両親の転勤が決まっちゃって、せっかく合格したから何とか通わせてって両親と話し合って寮に入るってことになったの」
「そっか……大変そうだね」
「うん――でも、一人暮らしってちょっとあこがれてたから実は楽しみでもあるの」
彼女は花が咲いたような笑顔でそう言った。その笑顔にまたしても遥は見惚れてしまった。
その後、教室に入ってきた中年の男性教師により入寮に関する説明が淡々と行われた。まず、寮といっても学校の敷地内にあるものではなく、近隣のアパートを一棟借りているものであること。そして、現時点で寮の利用者は0名であり、今年は遥と楓の2人のみが入寮者であること。特に細かいルールはなく、一般的な独り暮らしと同様である旨が説明された。
「説明は以上だ。何か質問はあるか? ……ないようだな、では、ひとまず寮へ案内するから少し待っていてくれ」
教師がそう言うと、楓と遥だけが教室に残った。2人きりの寮仲間ということがわかり、遥には何とも言えない仲間意識が芽生えていた。それは楓も同様だったようで、親交を深めようと話を振った。
「七海くんはどこの中学から来たの? 」
「――たぶんわからないと思うけど、坂之内中ってところ」
「あー……ごめん、知らないや。どの辺りにあるの?」
楓の問いかけに苦笑いしながら遥は答える。
「ここから電車と車で2時間半くらいかなぁ――たぶん想像できないくらいの田舎だよ。中学も小学校と合同で6人しか生徒がいないし」
「え! 6人しかいないの? 」
楓は驚きの声を上げる。遥がその反応に再び苦笑いしていると、教師が戻ってきた。
「待たせたな……それでは寮へ案内するからついてきてくれ」
2人は教師の後をついて行く。学校から10分ほど歩いたところで目的地に到着したようだ。
「ここが君たちの寮だ――先ほども話した通り特に制限はないが、騒いだりして近隣住民から苦情が来た場合は退寮、あるいは退学となる可能性もあるからその点は留意してほしい」
「わかりました」
「はい」
2人は教師にそう返すと、改めて寮へ目を向ける。どこをどう見ても一般的なアパートだった。
「これがそれぞれの部屋の鍵だ。特に決まりはないが、今回は男女一人ずつということで、1階の101号室を七海、2階の202号室を水瀬に割り当てた」
遥は教師から鍵を受け取り、楓の方へ振り返るとすでに彼女も鍵を受け取っていた。
「引っ越しは入学式に間に合えばいつでも構わない――では、俺はこれで失礼する。次は入学式で会おう」
そう言って教師はその場を後にした。そして残った2人は顔を見合わせる。
「とりあえず……部屋に行ってみる? 」
「そうだね、そうしようかな……」
2人はそれぞれの部屋へ向かう。遥は101号室のドアを開けて、中へ入る。1Kの間取りとなっており、玄関を過ぎると廊下の左右にキッチンと浴室兼洗面所が設置されており、突き当りにおよそ8畳分の洋間があった。
「結構広いなぁ……」
遥はそう呟くと、部屋の間取りや幅をメモし、一人暮らしに必要な家電や家具の配置を思い浮かべた。
その後、それぞれの部屋から出てきた2人は各々別れの言葉を交わした後、帰路についた。楓から連絡先を交換しようと打診があったが、遥がスマートフォンを持っていなかったため断念した。美少女の連絡先を入手し損ねた遥が後悔のあまりその晩枕を涙で濡らしたことはまた別のお話。
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