第3話 愚かなデイヴィス男爵と我が儘なセシリー
※ロザモンド視点
「お姉様にアンティオネ様を返すわ。だって、帝国中の貴族令嬢に、麗しいアレクサンダー皇帝の妃になれる機会が与えられたのでしょう? つまり、デイヴィス男爵家の我が家にもその幸運があるということで、可愛い私が選ばれるに決まっているわ」
デイヴィス男爵家のサロンで、セシリーが私に、先週奪い取ったばかりのアンティオネを返すと言い出した。
「私はアンティオネ様から婚約破棄されて、アンティオネ様はセシリーと婚約したばかりよね? そんなことできるわけがないでしょう?」
「できるわよ。だって、お父様はなんでも私の言うことを聞いてくださるのだから」
セシリーは後妻キャンディスの娘だ。母が亡くなり、その悲しみが癒える間もなく祖父まで他界した。それなのに、父は葬式の翌日には愛人のキャンディスを呼び寄せ、その娘セシリーをも屋敷に迎え入れた。父が母を心から愛していると信じていた私は、大きなショックを受けた。
「ジョゼフィン」――私の母は、父の言うところでは「祖父のお気に入り」だったらしい。祖父が生きている間は、身分の高い家柄の令嬢である母を表向き大事にし、愛しているふりをしていたという。しかし、父は祖父が亡くなった今、誰に遠慮することなく「真実の愛」を貫けるのだと語った。まるで母と過ごした日々が地獄だったかのように。
キャンディスは平民だったが、正式にデイヴィス男爵夫人となり、私の継母になった。そして、母の思い出の品々は全て破壊されるか捨てられた。母の部屋は改装され、キャンディスのものとなる。私の部屋はセシリーに奪われ、北向きの日当たりの悪い小さな部屋に押し込められ、専属侍女も失った。
私を庇ってくれる使用人たちは次々と解雇され、キャンディスとセシリーを最優先する者たちが代わりに雇われる。
アンティオネは、祖父が選んだ私の婚約者だった。アイドル子爵家の三男で、祖父は彼を婿養子として迎え、私を次期当主にするつもりだった。しかし、今ではお父様はセシリーに跡を継がせたいと考えている。そして、アンティオネはセシリーの婚約者となった。
アンティオネとはそれなりに婚約者としての信頼関係を築いていたはずだ。けれど、セシリーの婚約者となった今、彼は私との婚約期間などなかったかのように、セシリーに夢中になっていた。
頼れる人はもう誰もいない。母方の祖父母は既に他界し、母の実弟であるチャールズ叔父様はベックルズ侯爵となっているが、母が亡くなった時も葬式にすら来なかった。
「もともとジョゼフィンは弟と仲が悪かったからな。もうこの世にロザモンドを守る者などいないんだぞ。これからは、せいぜいデイヴィス男爵家に金をもたらすような老貴族の後妻にでもなってくれ。持参金はいらないし、逆に支度金をたんまりくれるだろうからな」
絶望と諦めが心を支配していたところ、アレクサンダー皇帝の妃候補選びの知らせがローマムア帝国中に広まった。セシリーの提案はその流れで出てきたものだった。
「そんなに婚約者を腹違いの姉妹で奪い合うようなことをしていたら、到底アレクサンダー皇帝陛下に選んでいただくことは無理だと思いますわ。家族仲がよくアグネス皇女殿下を溺愛なさっていた皇帝陛下が、このようないびつな家に目を向けるとは思えません」
「何がいびつだって言うの? 私たちがとても仲の良い姉妹だと見せればいいだけの話じゃない! あ、そうだわ、いいこと思いついちゃった! 私が“お姉様”になるのよ。だって、お姉様のお母様はベックルズ侯爵家の令嬢だったんでしょう? そのほうが私の立場にも箔がつくわ。それに、お姉様を“セシリー”と名乗らせて、私から婚約者を奪った平民の女の娘ということにすればいいのよ。お母様、どう? 私のこの素晴らしい考え、応援してくれるわよね? お父様も賛成でしょう? それで……お姉様、あなたは私の侍女として王宮に同行しなさい!」
「おお、なるほどな。それは素晴らしい考えだ、セシリーがベックルズ侯爵家の血を引く者ということにすれば、アレクサンダー皇帝の妃に相応しいと判断されるだろう。幸い、我が家はこれまで社交界にあまり顔を出してこなかった。多少の事実の改ざんなど、誰も気づくはずがないだろう」
――アレクサンダー皇帝陛下を騙すなんて、お父様たちは正気なのかしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます