時間を止めてデレまくる、最強無敵の黒乃さん

滝浪酒利

第1話 プロローグ

 朝、日本国内、北海道のとある寂れた漁港。

 放置されて久しい廃倉庫の一画で、人目をはばかる違法な武器取引が行われていた。


「どれもおススメですよ」


 トレンチコートの外国人武器商人が、コンテナから取り出した目玉商品を、顧客のヤクザたちにむけてアピールしている。


「例えばこれなんか。5・56ミリアサルトライフル、米軍の中古品ですが、弾薬も込みでお安く数を揃えられますよ。なんと今なら、ご一緒にウォーターサーバーもつけられます」

「ウォーターサーバーはいらん」


 白いスーツを着たヤクザの若頭は、ドスの利いた声で即答した。


「それより、もっと強い銃あるか? 俺たち暴力団を合法化するために国会議事堂を制圧したいんだ。昔映画で見た、もっとデカくてズドドドって撃つ奴が欲しいんだが」

「えーと、たぶん塹壕陣地制圧用の13ミリ重機関銃ですかね?」

「知らんけど、多分それな気がする」

「わかりました。ちょっと待っててくださいね」


 武器商人は部下に指示して、一回り大きなコンテナをずずっと前に出した。


「重機関銃はお高いですよ。人気商品ですからね。ウォーターサーバーをご一緒に契約してくれれば多少お安くできますが……」

「ウォーターサーバーはいらん。さっさと本題を見せろ」

「そうですか」


 大袈裟にため息をついて、武器商は顧客の要望通りコンテナを開けた。

 しかし、分厚い木箱の中に入っていたのは黒光りする機関銃……ではなく、つい先ほどまで会話をしていたヤクザの若頭だった。

 それも、ボコボコにされて鼻血を流し、気絶した状態で詰め込まれていた。


 驚いた武器商人が、思わずその場に尻もちをつく。

 事態に気付いたヤクザたちも、拳銃や短刀を取り出して周囲を警戒する。

 一瞬の緊迫が、薄暗い倉庫を走り抜けた。

 

 そんな物々しい静寂を破ったのは、凛とした少女の声だった。


「――全員、そのまま動いても動かなくても、好きにしなさい」


 いつのまにか、コンテナに本来入ってたはずの13ミリブローニング重機関銃が、取り出され、組み立てられ、倉庫のド真ん中に三脚で立ち上がっていた。

 だが、着目すべきはそこではない。

 その鈍く光る機関部を椅子代わりに、黒髪の少女が一人、泰然と腰かけていたのだ。


「な、何者だ! お前は」


 動転した武器商人の誰何すいかに、少女はゆっくりと立ち上がった。

 高窓から差し込んだ朝日が、夜露を思わせるれ羽色のロングヘアにきらめいた。

 どこか――この辺りの地元ではない高校の制服に身を包んだ長身。雪のように白い顔立ちは端正極まりない美少女ながら、作り物のような無表情で微動だにしない。

 そして、ほのかに赤い瞳を冷たく細めて、少女は判決文のように短く答えた。


「時間です」

「は?」

「あなたたちの、終わりの時間です。せいぜい噛みしめなさい。人間未満の犯罪者風情が、地面に二本足で立っていられる最後の機会を」


 そして次の瞬間、


「とは言っても、生憎ですが残り時間の方は」


 少女の右目が、一際赤く輝いた。


「もう一秒だって、ありませんが」


 そして、全ては一瞬の出来事だった。


 武器商人とヤクザたち。その場の全員の手足の骨が粉砕されると同時、頭から床に叩きつけられ、例外なく気絶する。

 一秒の後、その場に立っていたのは、謎の女子高生ただ一人だった。

 少女はスマホを取り出し、担当オペレーターへ連絡を入れる。


「私です。終わりました」

『お疲れ様です。エージェント、クロノシア』


 それが、彼女の名前だった。

 

コードネーム、クロノシアこと黒乃詩亜くろの しあ。17歳。


『評判通りの見事な手際ですね。後処理はこちらで行います。近くにホテルを取ってありますので、今日は学校も休んで、東京の自宅へは明日帰宅を――』

「いいえ。今、すぐに帰ります」

『え? で、ですが、東京での急ぎの任務は今のところ何も――』

「あります。だから帰ります。交通機関の手配は必要ありません。走るので」


 東京都内の高校に通う二年生であり、日夜世界の犯罪組織と戦う国際警察機構・秘密天秤部シークレットリブラに所属するS級エージェントであり、


『は、走るって……ええと、そこから東京まで直線距離で約900キロありますが――』

「そうですね。だから私なら、一秒もかかりません」


 世界最強の、異能力者である。

 

 スマホを切ると同時、黒乃の右目が真紅に輝き、能力が発動する。

 その瞬間――。


 世界中から、あらゆる音が消えた。動きが止まった。


 突然に歩みを止めた静寂に、響く足音はただ一人。

 ここよりは黒乃詩亜だけが動くことを許された、黒乃詩亜だけの世界。


 時間停止。

 これが、彼女の異能力。


 黒乃は手首の腕時計を見る。歩みを忘れた秒針は午前6時で止まっていた。

 そのまま、少女は寂れた倉庫を後にし、昇りかけたままの朝日を見て方角を確認する。


 そして、時間の凍りついた海へと駆け出した。

 時を止められた海面はダイヤモンドより硬く、しかしトランポリンより凄まじい反発力で踏み出す一歩を押し返す。少女は異能力者に特有の常人離れした身体能力で、指数関数的に跳ね上がる反発を巧みに制御し、全てを前進運動へと変換した。


 というわけで瞬く間に、黒乃の疾走は音速を超えた。

 停止した津軽海峡を渡って本州へ、そのまま東京まで直線でぶち抜いてゆく。


 程なく、黒乃は自宅アパートの玄関先へ着弾した。

 玄関ドアを開けて靴を脱ぐと、少女は一度呼吸を落ち着けた。

 それは極度の運動による疲労、などでは全然なく。

 これから待ち受ける、毎朝の個人的なウルトラ最重要任務にむけての緊張が、彼女の動悸を激しくしていた。


「ふう……さて」


 時間停止を解除して、電気とガスを使えるようにする。

 手早く服を脱ぎシャワーを浴びる。細身ながら女性らしい抜群のスタイルを、たっぷりのボディーソープをつけたモコモコのスポンジで、返り血と汗を入念に洗い落とす。

 

 浴室を出て、洗面台の前で再度、黒乃は時間を止めた。

 髪を乾かし、替えの制服に着替え、鞄を持って玄関まで歩き、姿見の前に立つ。

 学校の夏季制服。半袖の白シャツと、やや短くしたチェックの藍色スカートが映る。

 黒乃はおもむろに、サイドで髪を止めるリボンを十回ほど結び直した。


「……よし。これで大丈夫なはず、です」


 無表情のまま、黒乃はどこか不安そうにつぶやいた。

 幾千の刃物と銃口に取り囲まれても、少しも緊張しない心臓が、高鳴っていた。

 今にも張り裂けそうな鼓動が、時の止まった世界で早鐘をうっている。


 黒乃は時間停止を解除して、玄関ドアの前で聴覚に意識を集中した。

 程なく、彼女の聴覚は、隣の部屋のドアが開く音を捉えた。

 タイミングを合わせて、細く白い指先が震えながらノブを回す。


 出迎えてきた初夏の陽射しに、ほのかに赤い瞳をやや細めると、黒乃はさも偶然を装いつつ横を振り向き、計画通り同じタイミングで出てきた少年へ声をかけた。

 マンションの隣部屋に住む、彼に。


「おはようございます。甲斐かいくん」

「おはよう、黒乃さん。なんか最近、よくタイミング被ってない?」

「偶然ですね。ところで」

 

 白い短髪の男子。半袖ワイシャツの中肉中背。

 同じ高校に通う、クラスメイトの男子高校生、甲斐郎かい ろう


「折角なので、今日も、い……いっしょに、学校へ行きませんか?」

「いいよ。話し相手がいた方が楽しいし」


 やったと内心だけで叫ぶ黒乃は無表情のまま、甲斐の隣に並んで歩き出した。

 黒くつやめく髪の横で、細いリボンがうきうきと揺れる。


 世界最強の異能力者、時間停止能力を行使する国際警察機構・秘密天秤部シークレットリブラ所属、S級エージェント。コードネーム、クロノシアこと、黒乃詩亜。

 

 彼女は、恋をしていた。


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