第3話 その目撃者

 みうから再度連絡があったのは、夏至のながい日中が終わろうという時でした。

『――ごめん! 部活でスマホ使えなくって、連絡遅くなっちゃった。英語の教科書そっちに忘れてっちゃったんだね』

「ええ、床に落ちていたので仕舞い忘れてしまったのでしょうね」

 なにやら電話越しに、ごそごそと鞄を漁る音が聞こえます。

『あれえ。でもわたし持ってるなあ』

 なにか行き違いがあったのでしょうか。確認してもらうべく、撮った写真を送ります。

「こちらで間違いなかったですか?」

『ああ!』

 送った写真を確認した後、大きな声をあげます。電話越しでもわかる大声です。

『ちょっとそれ、今から取りに行くからまってて!』

 そう言い残し途切れてしまいました。まったくもう。こちらの予定を聞かれない辺り、みうもみほさんも私が暇に見えているのでしょうか。まったくもうです。


 再びみうの声を耳にしたのは、それから一時間も後のことでした。階段を急いで駆け上がる音が聞こえたので、すぐにみうだと分かりました。

「ごめん! 遅くなっちゃった」

 扉を開け、開口一番そういいます。人を待たせておいて呑気に来られるよりかはマシですが、息が上がっており、状況を捉えようとしてくれません。

「おねえ……⁉ うわっごめん!」

「いいから、早く扉を閉めてください」

 あまりにも遅いので、お風呂を済ませていたのです。スッポンポンです。

 みうはずっと玄関でおたおたしています。

「ふつうにしてなさいな」

 何を慌てる必要があるのでしょう。同性です。これは思春期というものでしょうか。

 えへへ。と恥じらいを分かりやすく頭をかいて表現しています。

「教科書はこちらでよかったですか?」

 接客用の机に置いておいた教科書を見せます。

「うん。それそれ」

 鞄にしまう前に、ぱらぱらとめくりました。中身を開いたことがバレたのでしょうか。

「はぁ。やっぱりこれだった……」

 何かを確認できたのか、落胆しました。

「どうしたのですか。ため息なんてついて」

 どうやら確認したかったことは、私が中身を見たことより、教科書の持ち主の確認のようでした。

「いやあね。いま部活内でちょっと揉め事があって」

 そう言いかけたとたん、みうの目が光ったような気がしました。

「そういえばおねえちゃんって探偵だよね!」

 そういえば、とは忘れていた。ということでしょうか。

「そういえばとは失礼ですね」

「言葉の綾だよ! それよりさ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」

 なにやら頼られることになる気がします。これが事件の香り。もとい、依頼の香りというやつでしょうか。

「その話、時間かかりますか?」

 あ。と理解したのか、脱衣所に促されました。


 お水を張った小鍋が、コトコト湧いたら火を止め、茶葉を入れて2分ほど蒸らします。そして牛乳を入れ、再度温めなおします。ティーポッドに注ぎ、テーブルへと運ぶのです。

 ロイヤルミルクティーは、牛乳を温めることで臭みを消し、甘みとコクを引き立たせます。少しの手間でこれほど美味しく頂けるのですから、その手間もまた悪くないものだと思います。

「おいしい……」

 そうでしょうそうでしょう。なんたって、我が綾ノ一家に伝わる至極の一杯なのですから。私もカップに口を付け、その香りと妙味にうっとりします。

 一息つき、温められたミルクと紅茶の香りが、全身に行き渡るのを堪能します。温かい飲み物こそ、香りと温度による味の変化が繊細で、甘美になるのです。

「それでは、話を聞きましょうか」

 応接用のソファーで、話し合いが始まります。ようやく本来の使用用途にありつけました。

 みうも本当のミルクティーの美味しさに、うっとり表情を和らげています。

「えっとね。部活内での揉め事っていうのがね。モノがなくなったり壊されたりしてるんだ」

「まるで、小学生のいたずらみたいですね」

「それがうちの大道具班だけで起こってるから、これまた問題視されちゃってね。今日も顧問や他の班にヒミツで、大道具班の主要人物だけで集まって。なんとか事を大きくしないように話し合いをしてたんだ」

 なにか特定のものが無くなるや、特定の人物だけが対象になっているなら、話ははやいですね。それに、部活内の一部だけで起こっているとなると、はっきりとした原因がありそうです。しかし、これを依頼とみるにはまだまだ早計な気がします。

「そういうことですか。いくつか訪ねたいことがあるのですが、いいですか?」

「うんうん」目を輝かせています。

「さきに断っておきますが、これは依頼とはならないと思いますよ。部外者である私が学校に立ち入るのも難しいはずです。その点を踏まえて、どうして他の班にはバレたくないのですか?」

「じつは、こういう事があるのってこれが初めてじゃないんだ。去年もあったんだよ」

 なるほど。何か意図があってその行為が行われているということですか。

「それで、なんでバレたくないのかってのはね。5月に別件で問題があって。それのせいで、次また問題があったら、部の活動を禁止するってなっちゃって」

「それは、みうや問題があった生徒にとどまらず、演劇部全体で、ですか?」

 うん。と頷きます。それほどまでに大きな問題があったということでしょうか。何かこの件に関連していそうですが、いまはただ愚痴を聞いているだけです。自分にかかわりのないこと、当人たちが隠したがっているものに、跋扈するのは藪蛇な気がします。

「次にあるコンクールで3年は引退だからさ、どうしても部活停止にはしたくなくって」

 それはみう以外の部員も、きっと同じでしょう。ですが、それを望んだ者がいる。ということになるはずです。

「みうが先ほど言った通り、事を大きくしたくないのであれば、部外者である私を学校に招くことはできないでしょう。つまりは、満足に調査できないということです。正規の依頼であれば、その補完となる術は用意しましょう。ですが、それができるかわからない現状では、ただ、感想を口にするしかありません」

 少々きつい言葉でした。みうは黙り込んでしまいました。

「どうして3年は引退だからと、そう無理を通すかのように部活停止にはしたくないのですか? みうはまだ2年ですよね?」

「それはそうなんだけど」

 言葉を詰まらせます。言い訳を考えているのか、言いたくない事があるのかわかりません。罰が悪いようで、どうにもその先を話したがらないのです。

 みうはもうティーカップに口を付けません。隠しているのか知られたくないのか。      

 仮に、依頼を完了するだけであれば、それを探る必要はないでしょう。ですが、みうは依頼者以前に親戚という、切っても切れないものがあります。もし、みうのお母様に私が依頼を断ったと知れた時、きっと私の両親にも話がいくでしょう。現状、なんとしても両親には知られたくない事情があるのです。それを退ける、正当な理由がなければいけません。


「わたし……」

 永らく閉ざしていた口をようやく開けました。

「その……好きな先輩がいるの……」

 恥じらいを隠すために俯いているのか、そのせいでか細く聞こえます。

 つまりは、その先輩の為に部活停止にはしたくないと。そういう訳ですか。

「うん。だからどうしても今回の問題は、大事にしたくなくって」

「ただの痴情ではありませんか。そんなことをわざわざ私に相談しなくても」


 身内からの依頼は受けないと、以前から決めていました。私は法の番人ではありませんが、依頼に関わる人物達、そのどちらにも思い入れをしてはいけないと思うのです。今回のような、あからさまに登場人物に犯人役がいる場合は特にそうです。探偵とは見てきた事実を捻じ曲げることなくまとめ上げ、その事実を持って、事件の真相を解き明かすお仕事です。探偵が被害者加害者、そのどちらにも加担してはならないのです。

「そこをお願い!」


 いい加減な理由で他人に頭を下げるみうを見て、自身が高校二年生だった頃を思い出します。大人と子供の狭間の時期に世間から見た時、自分がどういう立ち位置に居るのかを考えたのです。背伸びをして大人ぶることが正しいのか、もうすぐ子供卒業という事を生かし、それをうまく使うべきなのか。そう深く悩んだものです。

 少なくとも私には、jkブランドというものがありました。今のみうにもそうです。

 流行りに身を任せるみうを思い出し、高校生であっても、世渡りに悩んでいる事を思い浮かべます。


 頼み込む姿を見て状況の整理をし、それぞれを天秤にかけていきます。

 親戚や家柄などをひとまず置いておき、依頼を一般化してみるとしましょう。

 今回の依頼者は高校生です。事件が起こっているとされる場所は、学校でいいでしょう。また事件が起こっているのは、おそらく部活中ですね。みうの通う高校の演劇部が、その対象です。大道具班内でのみ事件が起きているようですが、意図はわかりません。その事件の全容はまだ定かでないものの、ものが無くなるや壊されるという事が起きているようです。そして、それにより部活動が禁止になる可能性があるということです。

 5W1Hに準えると、このようになるでしょう。


 整理を済ませましたので、次は本来の依頼であれば、どのように依頼に挑むべきか考えます。事件の起きている場所に入り込めないようでは、とうてい解決など難しいでしょう。そのため、学校に難なくかつ何度も出入りできる状況を造らないといけない訳です。

 みうの通う学校は私立であるため、外部指導員や非常勤講師といったものは、融通がきくかと思われます。さらにそれでいて、演劇部に深く関わらなければいけない訳ですが、そこは悩みどころですね。


 そうこうしている間も、みうは頭を下げたままでした。青春少女というものは、恋焦がれる彼にたいして、ここまでするものなのでしょうか。

 その姿勢に私も、だんだんと心が折れていくのです。

「わかりましたよ。依頼として引き受けられるか、まずはその点から精査していくとしましょう」

「ほんと⁉」

 頼み込む深刻な顔を吹き飛ばす笑顔でした。


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