10話 妃那の1日

 柳原妃那、またの名を白井天詩。

 彼女は朝一で愛しのはるくんの部屋へ行き寝顔を堪能する、これはスマホが充電を必要とするのと同じだ。


「さて」


 晴矢をおこし家族で朝食を済ませおのおの仕事や学校へ出かける、妃那はいつも最後だ。


「私も行こうかな」


 食器を片付けパジャマから天界製の服に着替える、妃那としてはもう少しレパートリーが欲しいところだが、いっそ上級天使にでも掛け合ってみようかとあるものを取り出す。


「んーーー……物は試し!」


 天界との通信が可能な端末、白い円盤の形をした懐中時計ほどの大きさのもの、晴矢にはまだ見せたことがない、というよりあまり見せない方がいいだろうというのが妃那の考え。


「あーあー」

「天詩か?」

「はい天詩です」


 出てきたのは妃那の上司的立場の天童奏てんどうかなで、上級天使の中でもだいぶお偉い方……のはずだが。


「奏ちゃん私の服いくつか見繕ってよ~」


 このように妃那は彼女にたいしてなれなれしい、人間界専属天使になる前に妃那は奏から色々なことを学んだ、翼の制御方法やら人の心の浄化方法など、最初こそ妃那は奏にそれなりに礼儀正しく接していたが、彼女の性格が妃那の好みドストライクだったのだ。


 要はいじわるしたい対処になってしまったのだ。


「ふざけるな、私はお前の上司だぞ」

「いいじゃーん!」

「あと天童上級天使と呼べ!」


 このようにいつもいつも怒らせているので通信に出てくれること自体珍しい、忙しいというもあると思うが。


「長い……奏ちゃんの方がかわいいじゃん」

「うるさいぞチビ」

「残念!元の私は奏ちゃんよりもでかかったです」


 通話越しに怒りを抑える唸り声が聞こえる、妃那は可愛いものや人には容赦ない。


「はぁ……服だったな、いくつか送っておく」

「わーい大好き!」

「なっ!……お前はまた……まぁいい」


 奏が咳ばらいをし一呼吸おいて。


「それで、きちんと仕事をしているんだな?」

「うん、大丈夫ですよ」

「それならいい、あそういえば近々私もーー」


 奏がなにか言いかけたその時、わずかに奏を呼ぶ声が聞こえた、おそらく同じ天使の仲間だろう。


「今行く、服は送っておくぞ天詩」

「ありがとう~」

を付けろ!まったく……」


 通話が切れる、これでおしゃれが出来るとワクワクしながら端末をしまう。


 靴を履き玄関を空け軽い足取りでアスファルトを踏む、生きてるって素晴らしい……太陽を見上げそんなことを妃那は思う。


「もう死んでるんだけどね〜」


***


 妃那がやってきたのは近所のコンビニだ、子どもの頃から変わらず立っているのでずっと働いている店員さんとは顔なじみだった。


「……あれま」


 歩いてやってきた男から嫌な雰囲気を察知する、心に多くの闇を抱えているということ、その根源である男がコンビニ入店する


「いらっしゃいませー」


 入店しすぐ隣の雑誌置き場、そこにたちながら本を読んでいる男性、見た目は40代ほどのその男はどこか落ち着かない様子。


 妃那は天使としての感覚を研ぎ澄ませる、天使は人の感情が何となくわかるのだ、しばらく様子を見た後妃那も同じように入店する。


「むむむ……」


 焦り、絶望、怒りもある、そして妃那に気づいた男は。


「おい、何見てんだガキ」

「……ポケット」

「っ!?」


 男は驚き読んでいた本を落とす、妃那を不気味なものを見たかのように見つめる。


「ダメだよ、それは……それはすごく悲しいから」

「はぁ?ガキが何言ってんだ……」


 男から怒り以外の感情が消える、妃那は天使の力を使って心を落ち着かせる光を放つ、これは人には見えない光だ、付き人である晴矢は別だが、そしてわずか数秒で男の感情が落ち着いて行く、相変わらずすごい力だなと妃那は感心する。


「……そうだな、いいことなんてないわな」


 魔法にかかったかのように考えを改めた様子の男、妃那は振り向き指を立てて忠告する。


「そうそう、だからポケットに入ってるナイフは一切出さないこと!私は警察じゃないからこれしか言えないけど」


 男はため息をつき「変わってるなお嬢ちゃん」と一言いいお店から出ていった。


「死なないとはいえ、あまりこういうのには関わらない方がいいのかも……痛いの嫌だし」


 それでも仕事は仕事である、妃那はミルクティーを買っておにぎりを食し再び仕事に戻った。


***


 そろそろ晴矢が帰ってくる時間だと思い家に戻る、彼よりも先に帰って出迎えてあげるのが自分の役目だと妃那がいつもやっている事だ。


「ただいまー」


 かったるそうに帰ってきた晴矢を見て妃那の仕事の疲れが一気に飛ぶ。


「おかえり!はるくん!」

「あぁ、先輩ただいまです」


 妃那は鞄を受け取り手を洗っておいでと洗面所を指さす、その間にコーヒーを入れ晴矢好みに砂糖とミルクを加える。


「はいどうぞ」

「ありがとうございます」


 コーヒーを飲む晴矢を妃那がじっと見つめる、やっぱり絵になるなと思いながら洗濯を取り込むために窓を開ける、洗濯をたたむのはいつも妃那の当番である、というより妃那自身が自らやると言い出した、自分の下着を晴矢がたたむのを想像して恥ずかしくなったのは言うまでもない、たたんでる様子をみてからかってあげるのも悪くないとも思ったが、苦悩の末当番をやることになったのだ。


「あ、はるくんワイシャツのボタン外れてる……あとで直さなきゃ」


ワイシャツを避け先にすべての洗濯物をたたもうとしたその時。


「新婚みたいですね……」


 コーヒーのカップを置いたと同時に晴矢がそんなことを言い出した、その言葉の意味を理解するのにそう時間はかからなかった。


「……えぇっ!?」


 妃那驚きのあまり落とした洗濯物はちゃんと2人で畳みました。




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