第6話:優等生たち

「――買い取りを」


 カウンター前を占拠するアクルワたちを遠巻きにして、フードをかぶったの客が店主に声を掛けます。ですが小窓は静まりかえったまま。

 警戒に目を細めるサンカカと、挑発的にそれを受け流すヒルデ。しばし見つめ合う二人。


「離してもらっていい?」


 先に口を開いたのはサンカカでした。ヒルデが握っていた手が離れます。


「誘ってもらってありがたいけど……アタシはアクルワとペアやってるからさ」

「サンちゃん……!」


 ぱあっと顔を明るくするアクルワ。ヒルデは軽くうなずくと。


「〈カナリアシスターズ〉の動画を見たわ」


 流れを無視して言いました。


「視野が広くて頭がいい。そういうヤツが仲間に欲しい」

「動画を見たって、なんで」


 ガタゴトと小窓が鳴ると、店主の白髪頭がのぞきます。


「お前らカナリアと組んだのか? そりゃお気の毒さん、奴らは新人ニュービーの情報を売ってんだよ」


 有望なチームメイトはどこも欲しがってるからな、と付け足して、カウンターに二つのゴーレム核をならべます。ずんぐりした円筒に四肢がついただけのシンプルな人型。


「あんたに修法士型フルサポートをやらせるようなリーダーが、強いチームを作れると思えない」


 つんとした眉を狭めてヒルデが言うと、サンカカも同じトーンで反論します。


「これはアタシが好きでやってんだけど」

「同じことじゃない。ドン亀のペースに合わせるのが、チームの最適解ってことでしょ?」


 眼光とともに細いあごでしゃくられて、固まるアクルワ。


「ッ!」


 ぱんっと鋭い音がエントランスに響きます。

 アクルワは目を疑いました。

 振り抜かれたサンカカの手、傾げるように弾けたヒルデの顔。


「アクルワに謝って」

「ノロマをノロマって言って何が悪いの?」

「っの!」

「まま待ってまってサンちゃん! ダメだよ、退学になっちゃうよぉ!」


 怒ってくれる気持ちは嬉しいものの、です。アクルワに抱えられてヒルデを睨むサンカカ。


「馴れ合ってたら、平凡な成績しか残せない。ただの元学生の一市民、そんなものになりたくて、あんたはここに来たの?」


 赤くなった頬をものともせず、ヒルデは胸を張りました。


「私は、英雄になりたい」

「そのためにまずは、次の〈大遠征〉で討伐王を目指す」


 一言ずつ、宣誓のように口にして。


「私のサポートをして、サンカカ」


 屈託のない目でまっすぐに見たのでした。


「大遠征……アタシたち、まだ一年だけど?」


 呆気にとられたサンカカが言います。彼女が落ち着いたのを察してアクルワは、持ち上げていたその体をそっと床へ降ろし。


「それって、あれのこと?」


 そのまま、彼女の肩越しにマーケットの片隅を指さします。勇ましげな文字で〈徴募〉と書かれた貼り紙。学院のあちこちで目にするそれについてアクルワが知っているのは、正規軍とも連携して行われる大規模な課外ということくらい。

 サンカカが頷きます。


「〈係争地帯〉の課外クエストを受けられるのは三年生からのはずだけど?」

「今年から二年生でもよくなったの。成績優秀者なら、そのチームメイトもね」


 ぴく、とサンカカの耳が震えました。係争地帯と聞いてアクルワも、けさ浮かんだ記憶を思い出します。


「私はチーム〈サギタ〉に誘われてる」

「……上級生のチームだっけ。確か、去年の討伐王も出してる」


 学院公式の称号ではないですが、学生が主催するいくつかのランキングがあります。〈討伐王〉はその中でも有名なトロフィーのひとつ。


「そうよ、だから」

「だから? だから何? 友達を侮辱した相手と仲良くしろって?」

「仲良くなんてしなくていわ。間違ったことを言ったつもりもないし。ていうか」


 至極まっとうな正論をヒルデは吐きます。


「侮辱されたっていうなら、まず本人が憤るべきじゃない?」


 じろりと見上げられて、のけぞるアクルワ。


「自分の誇りさえ守ろうとしない奴を、私は尊重しない。逆もしかりってことよ」


 さらりと言いいながら視線を切ります。流れたそれを受けてサンカカは、ぎゅっと二の腕を掴みます。


「アンタにアクルワの何がわかるっての」

「何も。一言も喋ったことないし。こうしてたってね」


 無意識にサンカカの陰に入ろうとしたアクルワを呆れたように見て、ヒルデは肩をすくめます。


「あんたたち、良くない親子みたいに見えるわよ」

「余計なお世話! おじさん、お勘定!」

「誰がオジサンだ、割増しにすんぞ」


 カウンターからゴーレム核を取ろうとしたサンカカの手を、はたとアクルワは掴んでいました。


「……んー? どしたの」

「その、わたし」


 懸命に考えて言葉を探します。でも。


「……やっぱり、サンちゃんの足を引っ張ってるんじゃ」


 出てきたのはそんな卑怯な問いかけでした。


「そんなわけないよ」


 サンカカの真剣な表情と声さえ、ちくちくと胸に刺さる気がして。


「でもっ」

「わかった。じゃあもうちょっと見て回ろうか。よく考えたらアタシも、ずっと後衛うしろって性に合わない気がしてきたし」


 手を引かれてカウンターを離れる背中に、ヒルデの声がかかります。いえ、正確にはアクルワを通り過ぎたその先へ。


「チームのこと、考えておいてね。意義のある三年間にしたいでしょ、お互いに」


 ずんずんと早くなるサンカカの歩み。それはどう見ても市場を「見て回る」なんて足取りではありません。そのとき。


「……んぁ? っと、こりゃ、オオイ! 嬢ちゃん! デカいほうの嬢ちゃん!」

「うぐっ」


 立ち止まったアクルワがブレーキになって、のけぞったサンカカが抗議めいた声を上げます。

 振り向くとヒルデはもういませんでした。いるのは店主と、小柄なフード姿の客がひとり。


「これ、嬢ちゃんのゴーレムじゃねえかあっ?」

「え」


 掲げられたゴーレム核に引き寄せられるアクルワ。他よりも胴回りが大きめで手足の短いフォルムは見慣れたもの。何より。


「あ、わ、わたしのです、これっ!」

「ちょっ、ちょっと、待ってくださいよォっ!」


 主張したアクルワの足元から抗議の声が上がりました。目深にかぶられたフードの下から、大きな色眼鏡メガネのフチがのぞいています。


「これはオレが、いっこも後ろめたいことなく手に入れたモンですよっ! それを横から出てきてなんなんすかアンタはぁっ!」

「え、だ、だって……!」


 詰め寄られて二歩、三歩と下がりながら、アクルワは手にしたゴーレム核を指差します。


「こ、ここ! わたしの名前!」


 刻まれた式印の上から、薄い染料で引いた直線の重なり。つきつけたそれを丸メガネがまじまじとのぞきます。


「はぁ? これ字……文字じゃないよね? スープでもこぼしたんじゃ……」

「いや、嬢ちゃんの言うとおりだぜ」


 店主がボロボロの字引を片手に請け合いました。


「オーガ族の表語文字だな。“いまだ明けめぬの光”、読みは……」


 バサッと紙の束を閉じると太い腕をカウンターに乗り出して。


「アクルワだ。拾ったモンは学生課に届けんのがルールだぜ、ネコババ野郎。学生証を見せな」

「……くそっ!」


 翻るローブ。それは弾むようにエントランスを飛び出していきます。

 意外と大柄な体を屋台にしまいこんだ店主は、感心したように目を細め。


「新顔だな。いい動きだ、もったいねえ」


 やりきれなさそうに息を吐きました。


「嬢ちゃんたちも苦学生らしいが、あんまし道を外れるなよ。退学になったら全部パァだからな」

「はい」

「おう、じゃ、それは持ってきな。それにしても、キレイなもんじゃねえか。粉々になったんじゃなかったのか?」

「……あれ、そうですね?」


 おっと。

 黒い魔族の一撃。あの時とっさにコントロールを奪って位置をズラしたのですが、まあこの程度でアシはつかないでしょう。術の仕組みを確かめながら帰還しようとしたのですが、その前に何かにさらわれてしまったんですよね。まさかこんな場所で再会するとは。


「そのぶんじゃ、ちっちゃい嬢ちゃんの核も無事なんじゃねえか?」

「アタシが小さいわけじゃないですー。いやー、無理だと思うけどなぁ。でも一応、届けだけ出してみようかな」


 さっきまでのやり取りで毒気を抜かれた様子のサンカカは、肩を落として天井を仰ぎ。


「じゃあ今日は冷やかしで」

「おう、いつものな。必要になったうちで買えよ」


 生返事をしてアクルワにもたれかかります。


「ごめんね、行こ」

「ううん、そうだね」


 その腕の下へ手をかけて、ひょいと持ち上げるアクルワ。高さの合った目線で笑い合います。こうしている時だけは自分の方がお姉ちゃんになったような気持ちで、胸の底に温かいものが湧いてくるのでした。

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