第4話:いとし子

――◆――◆◆――◆――


 『世界の窓』から伸びる操作盤コンソール

 そのツマミをじりじりと上げながら私は囁きます。


「アクルワ……今、あなたの意識に直接語り掛けています……」

「おい、何する気だい」


 肩を掴む大きな手。その持ち主、オーレリアへ振り向いて答えました。


「どうにもじれったいので。暗示のひとつでもかけようかと」

「友人の娘の心をいじるんじゃないよ」


 私だって望むところではありません。とはいえ。


「でもこの調子じゃ、イリスガーデにたどり着けるかだって怪しいです」

「急がせたってどこかで無理がでるさ。あの子自身が成長しなきゃ」

「そうかもしれませんが……そもそも、学院ってなんですか?」


 私の時代、学び舎といえば、敬虔けいけん忠実な聖職者を作るための機関でしかありませんでした。ゴーレムなんてものはまだ理論だけのものでしたし、派兵まがいの学外活動をすることも当然なく。だからこの先どうすればと、途方に暮れたところもあったのです。

 オーレリアは、詳しくは知らないけどね、と言いおいて答えました。


「できたのはそれこそ、魔王が倒れてからさ。討伐の過程で持ち帰られた遺物やら技術やらを研究して、国を豊かにしようってのが創立理念だった。おんを取ったのは教会で、帝室も慌てて乗ったらしい。その一番大きな研究成果がゴーレムだ」


 神が生命を創ったわざの模倣。俗っぽく言うなら、術者の代わりに戦う即席人形。さっき触れてみた感じ、あれは。


「魔族の眷属けんぞくの式を転用したんですね」

「ははあ、今さら驚かないよ、その通り。バンパイアに蝙蝠こうもり、ドラゴンにワイバーン。あれらは本体の分身だ。ゴーレムってのはつまり、ヒトの眷属なのさ」


 魔族とひとくくりに言うのは乱暴ですが、彼らの多くはヒトほど数がおらず、代わりに自分の分身を作る能力を持ちます。彼らは戦時となれば何十、何百とに力を分割し、兵として使役するのでした。


「ただ、ヒトが使える生気オドは限られるし、並列思考も不得手だからね。いくら簡易化したって扱えるのは百人に一人、同時に操れるゴーレムは多くて二、三体ってとこだ。素質のある子どもを帝国はかきあつめて、十年で兵科の新設までこぎつけた」


 詳しくないといいつつも、かなりのことを知っているらしいオーレリア。私は気になったことをたずねます。


「……学院を実質、兵科専門の養成機関に変えてまで、ですか? そこまで急いだ訳は……」

「勇者が死んでないからさ」


 吐き捨てられた答えに、つい『窓』の視点を切り替えてしまいそうになります。でも、もう一度あのイリスガーデを直視することははばかられて。


「見たろ、前線の酷さを。誰のせいであんなことになってると思う」

「違います、彼女はっ、イリスガーデはそんな――!」

「違う」

 

 赤い瞳が酷薄に細められました。


「あんたのせいさ、聖女サマ。あんたがきっちり勇者を始末しなかったから、〈魔王の冠〉は途絶しなかった」


 氷の刃で胸を突かれたようでした。

 彼女がそれを知っていることに不思議はありません。暗殺未遂を公にすることは私の望むところでもありました。

 ですがそれと〈魔王の冠〉の関係など、私でさえ知らなかったこと。


「……あなたは、どこまで知っているんですか。あなたは何者ですかっ!」

「だから見りゃわかるだろ、そんなことは。問題は、討伐が実際まったく終わっちゃいないってことさ」


 無知な子供をうるさがるようにオーレリアは手を振りました。


「……教会権威の分散を恐れての、勇者暗殺ではなかった?」

「そこで慌てるような連中は、もっと短絡的にやるもんさ。少なくともあんたにかけられた呪いは、旅に出た時からあったんだろ」


 魂縛印はある行動を制限したり、強制的に行わせるためのもの。強力なぶん、遠隔で書き換えたりはできないので、勇者の暗殺は予め決まっていたことになります。

 私自身、印の解読と対策にはぎりぎりまで手間取ったので、降ってわいた殺意のように感じていましたが。

 もっと遠大で、必然的な、聖女が勇者を討たなければいけない理由があったとしたら。


「少しは自分の浅はかさが腑に落ちたかい、聖女サマ」

「……」

「……いいえ」


 仮説をいくつか検討し、頭をふります。


「それでも。私がイリスガーデを殺すなどありえないことです」

「勇者がこの先、幾千幾万の同族を殺すことになってもかい」


 赤いまなじりを吊り上げたオーレリアは、怒気をこめて見詰めてきます。


「そんなことにはさせません、絶対に」

「させないって? もう手遅れだ! 勇者は〈魔王の冠〉に支配されてる。今も流れ出すその生気オドが、どれだけの戦火を引き起こしていると思う? もし、もし勇者がこの惨状を見ているなら、どれほど心を痛めているか……!」


 もはやない喉で唾を飲んでから、私はオーレリアの手を取りました。

 ほんのりと暖かい、皮膚の厚い指。


「よかった」

「なんだって……?」

「あなたが何者でも、案じている相手が同じなら、協力できるはずですから」


 オーレリアは一瞬、怒ったような、泣きそうな目で睨みました。


「今思えば」


 それがどこかのことを思い出させて、私は長めのまばたきをします。


「後悔も多いですが。彼女を討たなかったことだけは、正しかったと信じます」

「勇者を愛していたからかい」

「……いいえ」


 『窓』の方をちらりと見て、私は答えます。


「あの子に、会えたので」


 アクルワ。古いオーガ族の言葉。


「普通の人として生きてほしかった。人を愛して、歌って踊って、おばあちゃんになって死んでいく彼女が見たかった」


 その願いの半分はまだ、叶ってはいませんが。


「イリスガーデが誰かを愛した証。この子の存在ただ一つで、私はあの時の自分を肯定するしかないんです」


 自責の念が胸を焼いても。だからといって全部間違っていたと、絶望するわけにはいかないのです。


「責任を、とるしかないんです」


 挑むように告げた私を、会った時と同じ冷たい目で見下ろしたオーレリアは。


「……ふん、そうかい。なら、なおさら暗示なんてやめることさね。その孔は空間をむりやり貼り合わせてる。あまり前のめりに覗くと向こう側に吸い込まれるよ。もっとも、ここに囚われてるあんたの場合は、」


 みなまで言わず、胸の前で何かを引きちぎるジェスチャーをしました。ぞっとしません。


「でも、なんの介助もなしに、この子が母親のもとにたどり着けるとは……」

「おいおい、さっきから散々に言われてるけどね」


 大きな拳で目元をこすったオーレリア。そこに浮かんだかすかな笑み。


「あの子は、勇者イリスガーデの一人娘なんだよ。ドジだとか生気オドの効率がとか、そんなもんで測れるのが彼女の美点だったかい?」


 言われ、はっとします。


「そう、ですね。私が浅はかでした」

「わかればいいんだよ。それに、慌てなくたってアンタの出番は」

「ぁ」


 改めて『窓』を見た私は口を抑えました。


「どうかしたかい?」


 いくらか柔らかくなったオーレリアの問いかけに、私はつとめて冷静を装って答えます。


「その……通話のチャンネルを開けたまま、でした」


 仮面の上で赤い目がむかれます。私は慌ててボリュームを絞ると、うなされるアクルワとの接続を切りました。

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