第35話 1年生同士の密会

※今回、奈央視点です。

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 栞ちゃんと距離をとるようになってから1週間ほど経った、とある昼休み。あたしは、なぜか秋津翼さん――お姉ちゃんの新体操部の後輩に、旧校舎に呼び出されていた。


 秋津さんは使い古された教卓をバンッ、と叩くと。


「清瀬奈央さん、あなた、なにやってるんですかっ!」


と、いきなり叱られた。


「えっと、状況がよくわからないんだけど――なにやってるって、どういうこと?」


「先輩のことに決まってるじゃないですか! 先輩が初恋相手のことを忘れられない、ってあんな表情で言われたから私は断腸の思いで身を引いたのに――もう何週間も経つのに、清瀬さんと先輩の間になんの進展もないじゃないですか。あの初恋の人って、あなたの事なんですよね? 先輩のあなたを見る目を見てればわかります」


 秋津さんの言葉にあたしは居心地が悪くなって目を逸らす。


「それは――小っちゃい時のあたしだから、あたしであってあたしじゃないというか、今のあたしのことは多分栞ちゃんは好きじゃないというか。今のあたしは誰かを引っ張って行けるようなお姉さんみたいな性格してないし」


「そんな訳ないじゃないですか!」


 あたしの煮え切らない答えに秋津さんは再び机を叩く。


「先輩があなたのことを嫌いだなんてありえません。先輩があなたを見る目は普通の姉が妹を見る目と明らかに違って、あなたのことを諦められていない目ですよ。あんな目をされたら、もう私になんか勝ち目がないなぁ、って思っちゃうくらいに」


 熱弁する秋津さんの瞳は、気づくと涙で潤んでいた。


「あなたが先輩と付き合う気がないなら――私が先輩のこと、奪っちゃいますからね」


 そう捨て台詞を残すと、秋津さんは嵐のように去っていく。去り際。


「あ、あの!」


 ついあたしは、秋津さんを呼び止めてしまう。


「な、なんで秋津さんはここまであたしと栞ちゃんが付き合うことを応援してくれるの?」


「そんなの、惚れた女の子に誰よりも幸せになってほしいからに決まってるじゃないですか」


「でもあたしと栞ちゃんは……姉妹だよ、一応」


 あたしの言葉に秋津さんは怪訝そうな表情をする。


「それがどうかしたんですか? どちらかが嫌がってるならともかく、そんなの両思いな二人が結ばれない理由になんてならないじゃないですか。少なくとも、そのことがあなたにとってのディスアドバンテージになって私があなたに勝てるなんて思ってません。思ってたら、とっくに先輩のことをあなたから奪い取ってますよ」


 そこまで言うと、秋津さんは空き教室から出て行った。


 秋津さんのその言葉に、栞ちゃんが誰かほかの女の子と付き合っているところを想像してみる。想像してみると、あたしにそんな権利なんてないのにイヤだな、と感じてしまう自分がいた。そんな自分に、つい自嘲が漏れてしまう。と、その時。


「君も厄介な栞オタクにまとわりつかれて大変だねぇ」


 話しかけられて振り向くと――そこには栞ちゃんの友達がいた。確か名前は……吾野雛菜さん、だったっけな。すっかり忘れちゃってたけれど、幼少期にも『施設』で会っていて、もし運命の歯車が狂っていたらあたしの『お姉ちゃん』になっていたかもしれない人、らしい。


「吾野さん」


「雛菜でいいよ。何かが違えば、君と同居してたのは私だったかもしれないし。で、実際のところ、君は栞を一人の女の子として、どう思ってるの?」


 まっすぐにあたしのことを見つめてくる吾野さんの瞳。その目で見つめられると、嘘が付けないような威圧感がある。


「それは……栞ちゃんはすごくかわいいし、優しいし、恥ずかしいところをあたしにだけ見せてくれてる時の栞ちゃんは特にかわいいし、いつまでも甘えてたくなりますけど……あたしといたら、きっと」


 あたしは最後まで言わせてもらえなかった。なぜなら、吾野さんが人差し指を唇にあててきたから。


「自分を納得させるための言い訳は聞いてないよ。私が聞きたかったのは、あなたの本心。ちゃんと本心いえるじゃん。なら、もっとその気持ちに素直になってみれば? 栞もきっと、それを望んでいる」


 吾野産の言葉に瞳を揺らして逡巡するあたし。そんなあたしに、吾野さんは


「君は栞に対して罪悪感を抱いているみたいだけど――君だって雲雀ヶ丘茉奈に散々振り回され、苦しんできたでしょ。君だって、そろそろ幸せになったって誰も罰は当たらないだろうし、君と付き合う程度で栞が不幸になるとか、栞のことをナメてもらっちゃ困るよ。君にとって栞が『お姉ちゃん』だったのと同じくらい長く、こっちは栞の幼馴染をしてきたんだから」


と、優しい口調で言ってくれる。


 その言葉にあたしの心はさらに揺さぶられる。


「とはいえ、栞って受け身なところがあるから、手をひくところは君が引いてくれると、幼馴染としても助かるかな」


 そう言ってウインクしたかと思うと。吾野さんも空き教室から立ち去り、旧校舎にはあたし一人だけが取り残される。


 ——あたし、本当に自分の気持ちに素直になっていいのかな。もう1回、我が儘になってもいいのかな。


 自問自答してみるけれど、その場で答えは出てくれなかった。

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