第30話 Sisters' Howl Ⅷ


 あの後。奈央ちゃんには「また来るね」と曖昧なことを言って奈央ちゃんとの面会は終わった。


 面会を終えた後。


「やっぱり私は栞が雲雀ヶ丘奈央の家族になることには反対よ。あんな毒姉の後の里家族先でまた姉を作るとか、正気の沙汰じゃないでしょ!」


 雛菜ちゃんが興奮気味にそんなことを言ってきた。


「わたしの方が奈央ちゃんよりも早く生まれてるのは事実なんだし、ちゃんと言葉にするかどうかはともかく、わたしと家族になってたら奈央ちゃんは戸籍上はわたしの妹になってたんじゃないの?」


「戸籍上しれっと姉になってるのと、意識的に『お姉ちゃん』になるのは、こと雲雀ヶ丘奈央のケースにおいては重要な違いよ! それに、もしあなたが『お姉ちゃん』になるのならば、当たり前だけど雲雀ヶ丘茉奈とは違って、『普通の』お姉ちゃんになってもらわないと困る。この意味、あなたにだったらわかるわよね?」


 奈央ちゃんに言われてわたしははっとする。


「つまり……わたしが奈央ちゃんの『お姉ちゃん』になったら、わたしの初恋——奈央ちゃんのお嫁さんになることは一生できなくなるってことだよね……」


 わたしの言葉に雛菜ちゃんは神妙な面持ちで頷く。


 考えてみれば当たり前のことだった。今回の惨劇はそもそも、姉である雲雀ヶ丘茉奈が奈央ちゃんに、実の姉妹でありながらも強く求婚を迫ったことが原因。それでわたしが奈央ちゃんの新しい『お姉ちゃん』になって、雲雀ヶ丘茉奈と同じように奈央ちゃんに恋愛感情を向けちゃったら――奈央ちゃんの精神的外傷をもろに抉ることになる。


「この状況で、既に雲雀ヶ丘奈央のことを恋愛対象として見てしまっているあなたが適役だとは、私にはどうしても思えない」


「それは……頑張って我慢して、隠すよ」


「隠すよ、って……あなたは本当にそれでいいの⁉ あなたの初恋は、そんなに簡単に諦められるものなの?」


 ひときわ大きな声を出してくる雛菜ちゃんに、わたしは思わず雛菜ちゃんの方を見てしまう。雛菜ちゃんは、今にもなく寸前の表情をしていた。


「ひ、雛菜ちゃん……」


「私はあなたに不必要な我慢なんてしてほしくない。だっておかしいでしょう? 他に幾らでも代役がいるかもしれないのに、まだ幼い女の子がはじめて自分に沸き上がってきた感情を押し殺して、その願いが叶う可能性を自分から潰していくなんて」


 雛菜ちゃんは誰よりもわたしのことを気遣って、こんなことを言ってくれてるんだって言うことは痛いほどわかった。でも。


 私はゆっくりと首を横に振る。


「うんうん、違うよ、雛菜ちゃん。代役なんていないし、代役がいたとしても、他の人になんてやらせたくない。奈央ちゃんにこれまでいろんなものを貰って、奈央ちゃんのことが女の子として好きになっちゃったからこそ、奈央ちゃんがどん底にいる今、手を差し伸べて救ってあげたい。恩返ししてあげたい。そのためなら、わたしの一生をささげたっていいよ。だってわたしは、今でも奈央ちゃんのことが本気で好きなんだから」


「……彼女は、これまで栞と積み重ねてきた記憶を失っているのに?」


「うん。奈央ちゃんとの思い出は、これから積み重ねて行けばいいよ。姉妹になったらずっと一緒にいるんだから、これから幾らでも、楽しい思い出を作れる。楽しい思い出を作りながら、奈央ちゃんがこれまで知ることができなかった『本当の姉妹』を教えてあげたい。——わたしも一人っ子だから、『姉妹』って何が正解なのか、いまいちわからないけれど」


 わたしの言葉に雛菜ちゃんはまだ不安そうに視線を揺らしていた。でも、最終的には。


「わかった。栞の意思は固そうね。だったら、私は栞に賛成するわ。そして、私も予備役にしてもらって公安の仕事をお休みさせてもらって栞の家の近くに引っ越す。引っ越して、あなたの『友達』として、あなたの決断を支えるわ」


と言ってくれた。雛菜ちゃんの言葉に、わたしは思わず「雛菜ちゃん!」と抱き着いちゃう。抱き着かれた雛菜ちゃんの表情はまんざらでもなさそうだった。



 それから。わたしはお父さんとお母さんに、これまで幼馴染だった奈央ちゃんを『わたしの妹』として清瀬家に迎え入れさせてくれないか頼み込んだ。


 奈央ちゃんの壮絶な過去と現在の状況を見て、お父さんとお母さんは当然、受け入れに反対した。両親とも帰りが遅いから、奈央ちゃんの面倒は殆どわたしが見なくちゃいけないこともその理由だった。けれど、最初からそれも織り込み済みだったわたしは、『奈央ちゃんの面倒は全てわたしが、お姉ちゃんとしてちゃんと見るから』と押し切った。


 それでもなお、お父さんとお母さんはわたしを心配して躊躇ってくれていたけれど、最終的には。


「その幼馴染を助けることが栞の本当にしたいことなら、栞はその道を突き進みまなさい。お父さんとお母さんができることは限られてるけれど、栞が本当にしたいことなら、親として全力で応援するから。栞は、自由に生きていいんだ」


 と言ってくれた。



 そして。清瀬家は正式に奈央ちゃんのことを養子として迎え入れることになり、わたしは奈央ちゃんの『お姉ちゃん』になった。


 奈央ちゃんのお姉ちゃんになってからと言うものの。お姉ちゃんとして奈央ちゃんの願いはなるべく叶えてあげられるよう、わたしは奔走するようになった。


 同時に、学校でも奈央ちゃんが尊敬できるお姉ちゃんになるために、これまで自分からも壁を作っていたクラスメイトの輪の中に、頼みごとを聞いて上げたり雑用を引き受けてあげるところから入って行く努力をするようになった。すると、これまで自分で感じていた以上にすんなりとわたしはクラスメイトに受け入れられていった。当然、勉強も運動も今まで以上に頑張るようになっていった。そして――。


 中学に上がるころには、先生だけでなく生徒からも慕われる、典型的な優等生のわたしが出来上がっていた。6年の月日で奈央ちゃんの年上の女の人に対するコンプレックスはほぼ解消し、公安の施設に入るよりも前の記憶がない以外は、日常生活に支障がないくらいに奈央ちゃんは回復を遂げたのだった。


◇◇◇


「ちょっと長くなっちゃったけれど、これがわたし――と、雛菜ちゃんが知っている全てだよ」


 話しながら、全てを話したら奈央ちゃんは記憶がフラッシュバックして混乱しちゃうかな、というのが怖かった。けれど、奈央ちゃんの反応は、わたしが想像したものと違った。


 涙目になりながらなぜか、わたしのことを見つめてくる。そして。


「……あたしのせいだ。あたしのせいで、お姉ちゃん——いや、の人生を奪っちゃったんだ……」


 そう言ったかと思うと。


「ちょっ、奈央ちゃん⁉」


 呼び止める暇もなく、奈央ちゃんは自分の部屋へと逃げ出してしまった。



 そんな奈央ちゃんを、わたしは暫く唖然として見つめていた。けれど。


「何してるの、しゃんとしなさい栞! 妹ちゃんを追いかけなきゃでしょ」


 雛菜ちゃんに叱咤されて、わたしは我に返る。そして。


「う、うん!」


 逃げ出した奈央ちゃんのことを追いかけた。

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