第21話 姉妹でお風呂
ひとしきり泣いた後。奈央ちゃんは何を言ったところでわたしの意思が固くて変わらないことをわかってくれたみたいだった。たぶん納得はしてもらえていないと思う。けれど、こればっかりは仕方ない。
泣き止むと奈央ちゃんは再びわたしの隣に座って、今度は髪の毛を洗い始めた。暫くはお互いに一言も発さない沈黙の時間が流れる。石鹸を泡立てる音と、シャワーの流水の音が、いやにはっきりと聞こえる。けれど、そのような時間もすぐに終わりを告げる。
何事も念入りにやりがちなわたしと対照的に、奈央ちゃんはせっかちなところがあるから一緒にお風呂に入っても奈央ちゃんの方がいつも早く全身を洗い終わる。奈央ちゃんの方が髪も短いし。
奈央ちゃんは洗い終わってから暫く手持ち無沙汰にしていたけれど、何もしていないことで居心地が悪くなったのか、
「お姉ちゃんの髪、洗ってもいい?」
なんて聞いてくる。それから慌てて、「こ、これも『命令』じゃなくて『お願い』だけど……」と補足してくる。そんな奈央ちゃんにわたしは微笑む。
「じゃあ、お願いしよっかな」
体の泡を洗い流した後。髪の毛は奈央ちゃんに洗ってもらうことになった。奈央ちゃんのきめ細かい肌触りの手がわたしの頭をそっと撫でて、恍惚とした気持ちになる。
「やっぱりお姉ちゃんの髪、まっすぐで綺麗」
わたしの髪を指で梳きながら奈央ちゃんがうっとりとした声を漏らす。
「うふふ、ありがとう。そう言えばわたしが奈央ちゃんの髪を洗ってあげたことは小さい頃に何回かあったけれど、奈央ちゃんに髪を洗ってもらう側になるのは初めてだよね。何歳ぐらいまでの時まで奈央ちゃんの身体洗ってあげてたっけ。10歳くらいの時まで? あの時の奈央ちゃんは、わたしに素直に甘えてくれてかわいかったなぁ」
懐かしくてつい吹き出してしまうわたしに奈央ちゃんは
「も、もうっ! そんな恥ずかしいこと思い出さないでよ!」
と、わたしの頭を軽く小突いてくる。鏡面に映った奈央ちゃんの顔は恥ずかしいのか真っ赤で、可愛らしかった。
「それにしても、人の頭を洗うって、なんだか、ぞくぞくしてくるね。お姉ちゃんの生殺与奪の権利を今まさにあたしが握ってるんだ、って実感できて、『命令』とかしてないのに、お腹の下から何かが疼く気がしてくる」
「ちょっと奈央ちゃん、怖いこと言わないでよ~」
そう言いながらも、わたしと奈央ちゃんはお互いに笑い合っていた。うん、今のわたしと奈央ちゃんはちゃんと姉妹らしく一緒にお風呂に入れてる。うん、互いを性の対象として見たりしないで、こういう形が姉妹として正しいんだ。
髪をお湯で流し終えると。わたしと奈央ちゃんは向かい合うようにして湯舟に浸かる。思わず互いの胸に視線が行きそうになって、わたしと奈央ちゃんはほぼ同時に仲良く視線を逸らす。
「ねえお姉ちゃん。お姉ちゃんはどんな女の子がタイプ?」
「またその話?」
「べ、別に聞くだけならいいでしょ」
不貞腐れたように言う奈央ちゃんに、まあ言うだけならいいか、と思ってわたしはちょっと考え込む。
生理反応的にかわいい女の子のことを意識してしまうことはしょっちゅうあるけれど、恋愛的な意味だと、わたしは10年間同じ女の子のことしか見ていない。だから好きなタイプって言われても咄嗟に答えられないんだけど……その人のことをあえてどんなタイプだ、って言うとしたらどうなるんだろう。
「それは――わたしのことを引っ張ってくれる、お姉ちゃんみたいな人かな」
わたしの答えにシャワーを浴びたばかりで血色の良い奈央ちゃんの顔が、さっと青ざめたような気がした。
「——それって、いつだかお姉ちゃんが言ってた、10年前の初恋相手のこと?」
「うん。あ、でもタイプに関係なく、わたしはやっぱり、奈央ちゃんと恋人として付き合うつもりはないからね。わたしと奈央ちゃんは姉妹なんだから」
「——わかってるよ。聞いてみただけだし——それじゃ、あたしはお姉ちゃんの『好きな人』にはなれそうもないね。あたしはどこまで言っても、お姉ちゃんの『妹』だもん」
涙をなんとか堪えているような奈央ちゃんの表情を見て、胸がぎゅっと痛む。けれど、わたしの答えは奈央ちゃんを引き離すために言ったつもりもなかった。わたしだって、叶わなかったとはいえあのはじめて抱いた恋慕を偽ることはしたくなかった。逆に言うとその気持ちを、奈央ちゃんを傷つけないために嘘を吐くこともしたくなかった。そうすると、彼女に失礼だと思ったから。
それから。わざとらしく話題を変えた奈央ちゃんと全く関係ない雑談をしてから。わたしと奈央ちゃんは仲良く二人で湯舟から上がった。お風呂から上がった時はいつもなら疲れが取れてるはずなのに、今日はむしろ肩が凝ったような気がした。
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