第15話 SMごっこ、しよ?


 わたしは家に帰るなり、奈央ちゃんの部屋の前に直行して扉をノックする。


「奈央ちゃん、ちょっと話したいことがあるの。入れてくれないかな?」


 奈央ちゃんは最初は全く扉を開けてくれる気配がなかった。でも、しつこくノックしていたらついに根負けしてくれたのか


「お姉ちゃん、近所迷惑だよ」


と言いながらも、わたしを中に入れてくれた。



 数日ぶりに入る奈央ちゃんの部屋は散らかっていた。奈央ちゃんの髪型はぼさぼさで、げっそりとやつれてた。


「無理やり入っちゃってごめんね。奈央ちゃんとわたしの今後について、ちょっと話したくて」


「……話すことなんて何もないじゃん。お姉ちゃんはあたしの『奴隷』になるのが本当はイヤだったんでしょ。そんなおかしくて、不健全で、お姉ちゃんにばかり負担をかける歪なことはもうやめて、普通の姉妹に戻る。それ以外ないじゃん」


 突き放すように言う奈央ちゃん。その身体は恐怖のためか、小刻みに震えていた。


「奈央ちゃん、ひょっとしてわたしに怒られるんじゃないかって怖がってる? わたしは別に怒ってなんかないよ?」


 わたしの言葉に奈央ちゃんは視線を逸らす。


「……お姉ちゃんがあたしに対して本気で怒らない・怒ってくれないのは知ってるよ。本当はイヤなことだって、あたしがしてほしいって言ったら決して断らないことも。そのことはわかってたはずなのに……そのことを忘れてあたし、お姉ちゃんの弱みに付け込んで、お姉ちゃんの尊厳を踏み躙っちゃった」


 そう言う奈央ちゃんの目には大粒の涙が煌めいていた。


「そんなことは」


「そのことに、秋津さんにいわれてあたしははじめて気づいた」


 奈央ちゃんをフォローしようとして呟いた言葉は奈央ちゃんの言葉によって遮られる。


「秋津さんよりあたしの方がずっとずっと長い間、お姉ちゃんの近くにいたはずなのに、お姉ちゃんの本当の気持ちに、あたしは気づけなかった! それがショックだったの」


 声を震わせながら言う奈央ちゃん。


 奈央ちゃんはきっと、翼ちゃんに言われたあの日のことをずっと気にしてたんだ。あそこでわたしが、ちゃんと奈央ちゃんの言葉を否定しなかったから。


 でもあの場でわたしは翼ちゃんの言葉をはっきりと否定できなかった。わたし自身が、奈央ちゃんから『命令』されることをどう思っているかはっきりとはわからなかったから。確かに奈央ちゃんに命令されている時、気持ちよく感じちゃったことは多々ある。それがなんなのか、自分でも説明できなかった。


 今だって、自分の心のはずなのに自分が奈央ちゃんに『命令』されることをどう思っているかわからない。でも、だからこそ、もう一度奈央ちゃんに『命令』してもらって、自分の気持ちとしっかり向き合わないといけないと思った。そうじゃないと、奈央ちゃんに命令されることが『イヤじゃない』とも、はっきり言えないから。


「奈央ちゃん、もう一度わたしになにか『命令』して」


 真剣な表情で言い放つわたしに奈央ちゃんは「は?」と声を漏らす。


「お姉ちゃん、さっきまでのあたしの話、聞いてた?」


「聞いてたよ! でも、自分でも奈央ちゃんに命令されていた時に感じていた感情の正体がわからないの。本気でイヤだったことはない……と思うけれど、はっきりその感情の正体がわからないと、奈央ちゃんとの奴隷契約を続けることも、やめることだってできないよ。だからもう一度だけでもいい。わたしに、『命令』して。そして、わたしにあの感情の意味を確かめさせて」


 奈央ちゃんは暫くわたしのことを見つめていた。けれど、わたしの意思が固いことが分かったみたい。溜息をついて


「じゃあさっさと終わらせよ。——奴隷にさせることとしてはベタだけと、あたしの足を舐めて」


と、黒のニーソックスを脱ぎ始める。そして、奈央ちゃんの素足が露わになる。


 むき出しになった奈央ちゃんの綺麗な素足に、わたしの心臓はとくん、と自然と反応してしまう。妹の生足、ってこの年齢になると意外に見る機会ないんだよね。


 奈央ちゃんの生足に見惚れるわたしに、奈央ちゃんは「早く」と言ってくる。致し方なくとはいえ、ちょっとこの状況に感じることがあるのか、口元がちょっと歪んでいる。


「では、遠慮なく」


 わたしは床にぺたんと座り込んで、ベッドに腰掛けた奈央ちゃんの右足に顔を近づける。1日中部屋に籠ってた奈央ちゃんの足からはかぐわしい匂いがした。これが奈央ちゃんの匂いなんだ、と思うと、頭がふわふわしてくる。


 そして踵からくるぶしにかけて、ぺろり、とひと舐めすると。


「ん……んんん、あっ!」


 わたしに足を舐められて色っぽい声を上げる奈央ちゃん。


「ちょっとくすぐったい――けれど、続けて」


「わかった」


 それからも奈央ちゃんがいいというまでわたしは奈央ちゃんの足を舐める。姿見に映ったわたしの姿は尊厳もなにもあったものじゃない。惨めで、汚くて、他の人から見たら気持ち悪い。翼ちゃんが見たら卒倒しちゃうかも。でも。


 『優等生』だとか『新体操部のエース』だとか、『お姉ちゃん』だとかの役割からすら解放された、奈央ちゃんと二人きりのこの時間に、何よりも生を実感しているわたしがいた。そして、そんな無様なわたしを慈しむような目で見つめる奈央ちゃんに、わたしは何物でもなくても、『清瀬栞』として生きていていいんだ、と認めてもらえてる気がした。


「わたし、分かった気がする。——いろいろ言ってきたけれど、やっぱりわたし、奈央ちゃんに命令されるのが好きな、変態さんなんだ」


 それはアブノーマルで、人に言えない関係かもしれない。でも、それでいい。奈央ちゃんに命令されることによる生の悦びを知ってしまったわたしは、もう引き返せない。だから。


「今ならはっきり言える。翼ちゃんの言ってたことなんて間違いだよ。わたしは奈央ちゃんの『奴隷』であることをイヤだとも、負担にも思ってない。わたしの方から奈央ちゃんの『命令』を求めて、『命令』されるうちに奈央ちゃんの『命令』なしじゃ、もう生きていけない体にされちゃったんだよ。だから、今更やめるなんて言わないでよ」


 今のわたしにできる精一杯の告白に、奈央ちゃんは驚いたような表情になる。それから


「ほ、ほんとに……? 無理してない?」


恐る恐る、と言った様子で聞いてくる奈央ちゃんに、わたしは大きく頷く。


「本当だよ。まあ、奈央ちゃんがわたしを虐めたくないって言うなら、わたしはお姉ちゃんだし、我慢できるように努力するけど……もし奈央ちゃんも、わたしに『命令』するのが楽しくて、気持ちよかったならやめたりなんてしないでよ。もう二度と誰かに見られないようにする必要はあるけれど、奈央ちゃんもわたしも気に入ってるなら、それがわたしと奈央ちゃんの姉妹の在り方として一つの正解、なんじゃないかな」


 わたしの言葉に奈央ちゃんは涙ぐむ。そして。


 奈央ちゃんがぎゅっとわたしに抱き着いてきて、わたしも奈央ちゃんの小さな体を抱きしめ返す。


 姉妹は恋人にはなっちゃいけないと思う。でも別に、『奴隷』と『ご主人さま』の関係になったっていいと思う。それが、わたし達の選んだ正解なのだから。それは、誰にも否定させない。そう、心の中で強く誓った。



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ここまでお読みいただきありがとうございます。前半のクライマックス回でした。

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