第19話 たまには立場を入れ替えてみるのもいいんじゃない?


 奈央ちゃんの言葉の意味が、わたしには理解できなかった。


「……つまり奈央ちゃんは、いつも奈央ちゃんがわたしにしているようなことを、今日はわたしが奈央ちゃんにするように『命令』しているってこと?」


「それはちょっと違うかな。今のあたしはイケナイことをしちゃった悪い子だし、『命令』なんてできる立場じゃないよ。だからこれはお願い。——たまにはお姉ちゃんに躾けてもらうのも楽しそうだし。だからお姉ちゃん。ダメな妹のあたしにお仕置きして」


物欲しそうな目でわたしを見つめてくる奈央ちゃんをみてると、なんだか身体の奥の方が熱くなってくる。


 これで受け入れちゃうのは姉妹として不健全なのはわかってる。でも、ここで寸止めしたら奈央ちゃんも、そして何よりわたしも、身体に籠った熱を発散させられずにどうかしちゃいそう。


 ——だから当たり障りのない『お仕置き』をしてこの場を収めた方が奈央ちゃんにとっても、そしてわたしにとってもいいよね。


 わたしは都合よくそう自分を納得させてしまった。




「で、お仕置きって何をすればいいの?」


「それはお姉ちゃんが考えてくれないと。あたしだって、いつも苦労しながら『命令』を考えてるんだからね」


 お仕置きの内容を奈央ちゃんに考えてもらって手抜きをしようと思ったけれど、早速その目論見は外れちゃった。と、いうか苦労しながら考えてるのに手足緊縛してお尻を叩くとか飼い犬プレイとか思いついちゃうんだ。やっぱ奈央ちゃんはわたしとは頭の作りがちょっと違う気がする。わたしじゃそんなの思いつかないもん。


「わかった、自分で考えてみる。じゃあ、うーん」


 奈央ちゃんとまっすぐ見つめ合いながらわたしは考え込む。奈央ちゃんの顔を改めてまじまじと見ていると、普段あえて意識しないようにしていることを意識しちゃう。奈央ちゃんの顔は童顔でかわいいなあ、とか、睫毛意外と長くて綺麗だなぁ、とか、桃色の整った唇はぷるんとしていて気持ちよさそうだなぁ、とか。奈央ちゃんの顔を見つめているうちに、なんだかふわふわした気持ちになってきた。


 ——奈央ちゃんの唇、ほんとに綺麗だな。キスしたら気持ちいいんだろうな。無理やり奈央ちゃんの唇を奪ったら、奈央ちゃんはどんな反応をみせてくれるんだろう。


 ——というか、奈央ちゃんはもうキスしたことあるのかな。もししたことがないなら――奈央ちゃんの大事なファーストキスを奪うのだって、十分『お仕置き』になるよね。


 きっとその時のわたしはどうかしていた。


「ときに奈央ちゃん。奈央ちゃんはファーストキスって、もう済ませた?」


 わたしの言葉に奈央ちゃんは焦ったように顔を赤らめる。


「なっ! えっと……好きな人とするために大切に取っておいてるけれど、なんでそんなことを聞くの?」


 好きな人とするために。その言葉にわたしの胸にちくり、とした痛みが走る。


 ——なら、その大事に大事にとってあるキスを奪ったら、悪い子へのお仕置きとしてぴったりだね。お仕置きなんだから、ちょっとは嫌がることをしてあげなくちゃ。そして今のわたしは、奈央ちゃんの全ての権利を握ってる。


 誰だかもわからない奈央ちゃんの『好きな人』に半ば嫉妬するようにそう考えながら。わたしは奈央ちゃんの両頬にそっと手を添える。それで奈央ちゃんも、わたしがなにをしようとしているのかわかったみたいだった。


「ちょ、ちょっとお姉ちゃん⁉ まさか……あ、ダメ。心の準備が……というか、これ、ほんとにあたしのファーストキスなんだよ⁉」


「安心して奈央ちゃん。『お仕置き』として奈央ちゃんのファーストキスを奪う代わりに、わたしのファーストキスも捧げてあげるから。奈央ちゃんだけに喪わせたりなんてしないよ」


「えっ、ほんと! ——って、そういう問題じゃないよね⁉ お姉ちゃんももっとファーストキスを大事にした方が……うむっ!」


 奈央ちゃんの言葉は最後まで言わせなかった。奈央ちゃんが最後まで言う前に、わたしが接吻で唇を塞いだから。


 実際にキスしてみるとやっぱり奈央ちゃんの唇は柔らかくて、心地よい。もっともっと奈央ちゃんのことが欲しくなって、はじめてのキスなのにわたしは奈央ちゃんの口の中に舌まで入れちゃう。奈央ちゃんの舌は逃げまどっていたけれど、すぐにわたしの舌が捉えて、奈央ちゃんとわたしの体液と体液が濃密に交わり合う。



 それからどれくらいの間、わたしと奈央ちゃんは接吻していたんだろう。


「ぷはっ!」


 無理やり奈央ちゃんに引き離されて、わたしの人生はじめてのキスは終焉を迎える。頬は上気して体中が熱い。心臓の鼓動はうるさいくらいに早い。


 接吻を終えて暫くしてから。


 わたしは自分がしでかしたことの意味を改めて理解して、真っ青になる。わたし、奈央ちゃんの一生に一度しかない、大切なものを『お仕置き』なんていう名目で、私欲の赴くままに奪っちゃったんだ。奈央ちゃんから糾弾されて、絶縁されても仕方ないことをしちゃったんだ。


 奈央ちゃんの顔を見るのは怖い。でも、奈央ちゃんの表情を確認しないのも怖い。相反する気持ちを抱えながら恐る恐る奈央ちゃんの方を見ると、奈央ちゃんも恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めていた。そんな奈央ちゃんの表情を見て、わたしはひとまず胸をなでおろす。見たところ奈央ちゃんはそこまで怒ってないみたい。と、その時。


「お姉ちゃん、今のは、その……そういう意味だって受け取っていいの?」


 どこか期待するような目で、両手の指を絡ませながら奈央ちゃんが聞いてくる。えっ、この反応って……。わたしが期待したくなったその時。


 ——その感情は許されないよ。あなたと奈央ちゃんは姉妹なんだもん。姉妹同士で付き合うとか普通じゃないし、10年前、あなたは奈央ちゃんの姉になるって決めたでしょ。


 心の中にいる10年前のわたしに冷たい声で言われて、わたしははっとする。


 そうだ。10年前のあの日、わたしは奈央ちゃんのお姉ちゃんになるって決めたんだ。そして、今わたしが胸に抱いている気持ちは、わたしがなると決めた姉妹としては歪だ。だから。


「何をいっているの、奈央ちゃん。これはあくまで『お仕置き』なんだよ。わたしは奈央ちゃんが嫌がるようなことをしただけ。逆に、嫌なことじゃないなら、お仕置きにならないでしょ。——奈央ちゃんのことは大好きだけど、それは奈央ちゃんが期待してくれてるような――女の子としての感情じゃなくて、妹としての意味以上の何物でもないよ」


と言ってしまう。自分の心に嘘をつきながら。


 次の瞬間。


 奈央ちゃんの顔から期待するような表情が消え、唖然とした表情になる。そんな奈央ちゃんに追い打ちをかけるように、わたしの口は勝手に動く。


「奈央ちゃんも言ってたよね? 姉妹同士でそう言う感情を持つって……イケナイことで、悪い子のすることなんだよ」


 言ってしまってから後悔する。これはさすがにやりすぎだ。


 案の定、奈央ちゃんはわたしの言葉に涙ぐむ。けれど、その涙を無理やり手の甲で拭い、作ったような歪な笑顔を浮かべて


「そ、そうだよね。これはお仕置き、なんだもん。あはは、大切なファーストキス、好きでもないお姉ちゃんに奪われちゃったなぁ」


なんて言ってくる。


 ——わたし、最悪だな。奈央ちゃんのしてくれる『命令』はあんなに気持ちいいのに、なんでわたしは『命令』で、こんな気持ちになるようなものを選んじゃったんだろう。絶対に姉妹として超えちゃいけないはずの一線を越えて、気まずくかならないことを選んじゃったんだろう。


 奈央ちゃんだけでなく、わたしの心の中の『何か』も、ごっそりと削られたような気がした。

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