あれはあの日の流れ星 13

 夕方になって、風祭侑夏は医療カプセルの中で目を覚ました。身体に痛みはない。だが、完全に回復したとは言い難い。感覚はぼんやりとしていて、まだ眠っていたいという気持ちが強かった。だが、起きなきゃいけないんだろうな、という予感はある。ほかの人からすれば、侑夏が意識を取り戻したというのなら、いち早くそれを知りたいと思うだろう。それくらいのダメージだったし、心配をかけているという自覚は十分にある。

 カプセルの蓋を開け、身を起こす。隣のカプセルは空だった。


「やあ、起きたかい」


 深い声が聞こえた。振り返ると、額に包帯を巻いた夜見冬二が、お盆にコーヒーカップを載せてもってきたところだった。まるで侑夏が起きるのを見越していたかのように、カップが二つある。


「冬二さん、包帯……」

「ん? ああ、これか。念のため巻いておいてくれとバンバンに言われただけだよ。一応、傷は塞がっていると思うけどね。それより、コーヒーをどうぞ」

「ありがとう」


 カプセルから出て、侑夏はコーヒーを受け取る。夜見は近くにあった椅子に腰かけ、侑夏もそれに倣う。

 医務室の自動ドアが開く音がした。


「――二人とも、目が覚めたのか」

「あ、アッキー」


 入ってきたのは泉秋次だった。


「やあ、泉君。心配かけたね。コーヒー、飲むかい?」

「いえ。今日はもうカフェインは……。それより二人とも、身体の調子はどうですか」

「ま、動けなくはない。本音を言えば、もう少し休みたいところだけど」


 夜見はそう言って、コーヒーを口に運んだ。


「わたしも。あと十二時間くらい寝てたい……」

「それくらい休ませてあげたいところだが。悪いけど、引き続き基地で待機だ。敵怪人は二体出現していたが、どちらも倒せないまま見失っている。市内のカメラ映像を片っ端から探しているが、今も見つかっていないままだ」

「なるほど……呑気にコーヒーを飲んでもいられないか」

「えー……この状態で何かするの無理だよー……」


 泉が軽く手を挙げた。


「大丈夫だ。ひとまずカメラのチェックは俺がやる。二人はもう一度カプセルで休んでくれ。確認されたギャンギャンスタンプが消えるのは明日の朝十時前後。それまでに敵がいつ現れるかわからない。できるだけ回復するんだ」

「それを言うならアキツグもだよー」


 医務室のドアが再び開いて、子どものような声が泉秋次を諫める。


「キミだって昼の戦闘から戻ってきて、一回も休んでいないじゃないか。無理は禁物。何ならキミもカプセルに入るといい。敵が現れたら強制起床させてあげるから」


 冗談なのか本気なのか、よくわからない事をバン・バーニヤンは言った。


「俺はあとでちゃんと休むさ、バンバン」

「……あ、そうだ! みさとさんと春彦は? みさとさん、あの剣士みたいなのとめちゃくちゃ戦っていたじゃん! 怪我とかは?」


 侑夏が矢継ぎ早にそうまくし立てると、泉が固い表情になった。


「彼女は単独行動中だ。例の剣士、ジャンク・ザ・ジャックと明日の朝決闘をするらしい。司令は止めたけど、一人で戦うつもりのようだ」

「決闘!? 一人でって、あんな強い奴と!? いくらみさとさんでも無茶でしょ! わたしたち、二人がかりでも勝てなかったのに……」

「ふむ……。おぼろげながら覚えているが、どうやら姫木さんはあの剣士と因縁があるようだったね。それが理由かい?」

「そうです。あの剣士、元はメグルンジャー時代に現れた組織の幹部らしくて」

「そんなん関係ないでしょ! 一人で戦って負けちゃったり、大怪我したりしたら意味ないじゃん!」


 侑夏は思いつくままにそう言ってしまったが、冬二が首を横に振った。


「姫木さんは聞かないんだろう? メグルンジャーといえば、最終決戦で敵要塞が地球に落下するのを、当時のリーダーであるメグルンレッドが防いだ、という話で有名だ。代償として、メグルンレッドは敵要塞ごと行方不明だそうだが……」

「ジャンク・ザ・ジャック――あの剣士だが、資料によれば奴の本当の名は邪装騎士ガルドラン。メグルンレッドとともに、要塞ごと行方不明になった、と記録されている。そんな奴が、十年経って敵としてまた現れたんだ。姫木さんとしても、冷静ではいられないんだろう」


 二人の言っている事は侑夏にだってわかる。理解はできるが、しかし――


「でもさ、わたしたち、戦隊なんだよ? チームなわけじゃん。チームがまとまらずにバラバラに動いたら、うまくいくものもいかなくなるでしょ」


 それはそうだが……と泉は言い、そのあとの言葉が続かなかった。

 どうすればいい。姫木みさとは、一見スタンドプレーが目立つが、そのスタンドプレーにだって理由はある。彼女は抱えてしまっているのだ。この十年間の過去を。そのまま、過去を抱えていると自覚したまま、世界の片隅で生きていたのに。どういう運命のいたずらか、彼女は戦いに戻されてしまった。戦隊という名の戦いに。


「バンバン、わたしたちどうすればいい? どうすれば一つにまとまれる?」


 侑夏は、宇宙から来た友人に尋ねた。宇宙にもチームワーク問題はあるだろうか。いや、きっとあるだろう。


「うーん、そうだねえ。ボクもこうみえて個人行動派だから、あんまり大した事は言えないんだけど……」


 太い指を顔に当てながら、思案気に言って、


「でも、こういう時って相手の声をきちんと聞くのが大事なんじゃないのかな」

「……相手の、声」


 思ったよりも普通だ。普通の答えだ。

 いやでも。もし相手と自分たちが、もっとうまくやりたいと考えるのなら。

 医務室のドアが三度、開く。

 学生服の人物が入ってきた。トレードマークであるスケッチブックは、今は持っていない。


「春彦……?」

「よかった。皆、ここにいたんだね」


 言いながら、灯火春彦はカプセルの近くまでやってきた。


「マシンフェニックスのメンテナンスはもういいのか」


 泉が訊くと、春彦は頷いた。


「うん、もう大丈夫。あの、それより」


 何か、意を決したかのように、春彦は言った。


「反対されるかもしれないんだけど……皆の力を借りたいんだ。このあとすぐ」

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