あれはあの日の流れ星 7
「もうおしまいだ……」
そこかしこの檻から、絶望の声が聞こえる。
「一生就職できないんだ……彼女もできないままなんだ……」
スーツ姿の若い男性が嘆くと、捕らえられた檻に押されたギャンギャンスタンプの色が瞬く間に濃くなっていく。
「いやあぁああ! もういやああ! どうせ試験落ちるー! 合格しても不合格にされるんだー!!」
ほかの檻では女性が絶叫している。ギャンギャンスタンプの紋章が濃くなるのがはっきりと見えた。
「いいぞぉ! ピースフルがガンガン下がっているな。無事に仕事を全うできそうだ!」
岩石怪人は嬉々として跳ねとびながら、檻を一つ一つ見て回っている。
泉君が、檻の鉄格子に触れた。
「この檻……ネガティブエネルギーを発しているのか」
「ネガティブエネルギー?」
「読んで字のごとく、負の感情を促進させるエネルギーです。生物が宇宙で感じる不安も、一説にはこのエネルギーが原因だとか……いけない! 姫木さん、変身してください! バーニンスーツを着ないと姫木さんもやられます!」
泉君はそう言うが、私はどうにも同意できなかった。変身したところで、今更何になるというのだろう。そもそも私は戦隊から手を引いたはずなのに、どうして今もこんなところに……。
「泉君、私、貯金が尽きる気がする……」
「効いているじゃないですか! 早く変身してください! ほら!」
泉君は無理矢理私の手からメダルを取り、私のバーニンチェンジャーに装填する。
「姫木さん!」
私は、渋々バーニンチェンジャーをタップした。
「バーニンチェンジ……」
桜色の光が私を包み込み、瞬く間にバーニンピンクに変身させる。途端に、今の今まで胸の裡に浮かんでいたネガティブな想いが嘘のように消えていった。
「――はっ。何を言っているんだ私は。四代目戦隊で賠償金払ったけど、まだだいぶ貯蓄あるわ……」
「しっかりしてください! 俺たちはバーニンがあるから何とかなりますけど、捕まっているほかの人たちは一般人です。何とかして、皆のピースフルを上げないと、たちまちあいつに支配されてしまう」
「やばいね。やっぱりこの檻、何とかぶっ壊すしかないか」
手早くクリスタルを二度タップし、エンゲイジアックスを取り出す。
「それより、ほかの手段を考えましょう。俺たちの専用武器にはバーニンを活かした特殊能力が備わっているんです。そのエンゲイジアックスにも、何かあるはずです」
言われて、私はバーニンチェンジャーに触れる。私の意思が伝わったかのように、ヘルメットマスクから直接脳内に、エンゲイジアックスのスペックが送られた。
「……何か、花を咲かせるらしい。見た人のメンタルを安定……? させる?」
攻撃力アップとかじゃないのか。こういうの。
「それだ!」
しかし、泉君は何かを閃いたようだった。先ほど地面に突き刺した彼の専用武器である槍の柄頭に位置する箇所にある取っ手を引っ張る。
「何しているの?」
「このポンピングランスは自然の中に存在する水分を集めて、微量のバーニンを含んだ水を生成できるんです」
言いながら、バーニンブルーの手が取っ手を引っ張っては押し、引っ張っては押す。すると、たちまち槍の穂先から大量の水が溢れ出した。
「これです! 姫木さん、エンゲイジアックスで花を生み出してください。水に浮かぶような花を!」
「わ、わかった」
水に浮かぶような花……? 戸惑いながらも私はエンゲイジアックスを操作する。
「エンゲイジアックス・ブルーミングシーズン!」
スペック表の操作説明通りに音声認識させ、斧を振るう。川のように流れ始めた大量の水に、光の粒のような種がいくつもまかれ、路上に設置された数々の檻に向かって流れていく。
「バーニンを含む水を吸って、あの種は急速に育つ。エンゲイジアックスのスペック通りなら、その花を見れば人々のメンタルが安定するはずだ」
きらきらと光る種は、水の流れに乗ったまま、檻の前を通り過ぎていく。
「……何か、光ってる」
「たく、光ってるから何だっていうんだよ……」
花が、咲かない。
檻の中の人々はネガティブな口調のままで、ギャンギャンスタンプの色は濃くなっていく一方だ。
「お~い。何だ、これは???」
岩石怪人は心底不思議そうに、光る種が流れる様を見つめている。
「……何か、咲かないけど」
「何故だ。何故花が咲かない……エネルギーが多すぎるのか?」
泉君の戸惑った声に、私は斧を構え直す。こうなれば仕方ない。何が何でも檻を破る。三度タップのバーニンストライクを何度も叩き込めば、あるいは。
「……ん?」
不意に感じた陽気に、私は空を見上げる。
オレンジ色に煌めくそれは空から舞い降りていた。燃えるような美しい色の鳥の羽根。いや、それは鳥の羽の形をしたエネルギーのようだ。爆新戦隊のもっとも身近なエネルギー――バーニン。
「マシンフェニックス……」
泉君が羽根を見つめながら言った。
「灯火君!」
天に、不死鳥が舞っている。巨大な機械の鳥。あれがマシンフェニックスか。その不死鳥から落ちるバーニンの羽根の一枚一枚が輝きを放ち、水の中にあるエンゲイジアックスから生まれた光る種を、次々と芽吹かせていく。
花が、咲いた。咲き乱れていた。色とりどりの無数の花が水の流れに乗って、今度こそ人々の心を照らし始めていた。
「あったかい……」
「何だか、元気になってきた!」
いくつもの檻に押されたギャンギャンスタンプの色がすぐさま薄くなっていく。当然、私たちがいる檻のスタンプも、だ。
「何だ。何だ、この羽根は! この花は!?」
岩石怪人は、さっきまでとは打って変わって狼狽していた。
舞い落ちる炎の羽根。そして咲き乱れる水面の花。
天上の光景とも思える景色の向こうから、赤い人影がゆっくりと歩いてくる。
「貴様……!」
「遅くなったね。ギャンギャング!」
バーニンレッドは、手にしたキャンドルブレードを構え、凛とした声で言った。
「皆を解放してもらうよ!」
「はっ! 冗談じゃない! 逃げる獲物を追うのは好きだが、今逃がしたら仕事がおじゃんだ!」
マスクの奥で、灯火君が不敵に笑った気がした。
「これを見ても、そう言っていられるかな?」
「何ぃ?」
キャンドルブレードがくるりと回る。その切っ先の赤い炎がひと際強く輝いた。
「キャンドルブレード! バーニンアップ!」
次の瞬間、舞い落ちる羽根の一枚一枚が、炎のように揺らめき――!
「バーニンアーツ!
光輝いた羽根の一枚一枚が、バーニンレッドの分身に変じていた。
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