戦隊ピンクの戦後 3
何だか無性におかしくなってしまった。
「ふ、ふふ」
「何がおかしい」
優一郎の目が、真っ直ぐ私を睨んでいた。こいつの強みはこの目だ。状況がどうであれ、周りの思惑がどうであれ、やるべきと確信した事を貫くために邁進する。いや、こいつ流に言うなら、爆進か。
「……いや、バクシンっていうのがね。いかにもあんたらしいなあと思って」
相手の怒気を感じつつも、私の心は動かなかった。出会った頃なら、私が伝説戦隊レジェンドファイブに合流した頃なら、怯んでいたかもしれない。だが時間が過ぎた。今いるのは紫煙と酒とに脳を揺るがせにされたただの女だ。期待に応えられないとわかっているのに、心が動くはずもない。
「みさと――」
「知っての通り、私はそういうのとは縁を切った」
天井に向かって煙を吐き出す。すっかり色が変わって、もう補修する事を諦めた薄汚いものが見えた。
「三ツ星戦隊の時にやらかしたからね。防衛連合に入ったなら聞いたと思うけど、四代目戦隊が解散したのは私のせいだよ。残っていれば、今頃ギャンギャングとやらと戦えていたかもしれないのに。新戦隊はどう? 五代目は? また若い奴ら? 十代二十代の未来ある奴らが、どういう理屈か知らないけど、不思議な力に選ばれて戦わされてるってわけ?」
みさと、と優一郎が掠れた声で言った。
その目から怒りが消えている。
「優一郎。あんたは戦わないの? レジェンドファイブのスーツはネプティアンの封印に使ったけど、今なら新しいスーツを作れるでしょ。あんたがやりなよ。五人頭数が揃う」
「……俺には仕事がある。総司令として。各国と連携し、戦隊の皆をフォローする。今度こそ地球一丸となって戦うんだ」
「そんな事はできない。戦うのは戦隊だけ。戦隊だけが超人で、超人だけが理外の化け物どもと戦う事ができる。代表選手が頑張るしかないんだよ。命がけでね」
それがこの星の、ここ十年の地球だ。侵略者を駆逐するたび、皆思っていたはずだ。これで終わりか。平和はついに訪れるのかと。だがほとぼりが冷めると、次の敵はどこからともなくやってきた。終わらせるためのプランはあった。三年前に。実行すれば、少なくともそう簡単に地球を侵略しようという輩は出なかったであろう、極めつけのプランが。
「私のプランを実行していればよかったんだよ。デストロゴアの兵器は最悪だったけど強力なのは間違いなかった。あれで太陽系にいる悪党どもを先行して叩いていれば、地球が舐められる事もなくなっていた。戦隊の名とともに、地球は難攻不落の星になっていたんだ」
「そのプランは聞いた。君の引退の真相とともに。幼稚な先制攻撃論だ。現に今の敵は外宇宙からきた。仮に君のプランが実行できていたとしても、余計に敵の興味を引いただけだ」
優一郎の反論は正直ぐさりときた。幼稚か。幼稚なのはわかっている。だが、ほかに方法はないんじゃないか? 理由をつけて狙われるような星が標的にされないためには、わかりやすいリスクを示すべきなんじゃないか?
「それならそれでいいよ」
私は煙草を灰皿に置いた。
「今でも幼稚な先制攻撃論を振りかざしている奴が、新戦隊に選ばれるわけないじゃない? 悪いけどほかを当たってよ。このブレスレットも持って帰って」
優一郎はしばらく何も言わなかった。だが一度、私の顔を見ると、そっとコートを持って立ち上がった。
「忘れ物」
「いいや。これは置いていく。バーニンジャーのほかの四人の選定に間違いはなかった。バーニンチェンジャーが君を選んだのなら、君もまたバーニンジャーのはずだ。俺は君を信じている」
「そんな期待はしないで。優一郎、私は懲りた。今さら戦隊としては戦えないし、戦う気もない。悪さする子どもを蹴散らすのがせいぜいだよ。頼むからこれを持って帰って。私に期待しないで」
「今の俺は警察に連絡して君を過剰防衛で連行してもらう事もできる。だが、そんな事はしない。君を戦いに巻き込むのは悪いと思うが、今のところ実戦経験のある関係者は俺と君しかない。俺たちはまた選ばれてしまったんだ。俺は総司令として、君はまた戦隊として」
優一郎は振り返らなかった。ジュラルミンケースに収まったブレスレットとメダルは古びた電灯の光を安っぽく反射している。
「アラタ市に、バーニンジャーの基地がある。俺はそこで君を待っている」
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