第9話  新しい作戦! 考えたのは私だからね!

「それで兄は?」


「ああ、アルフレッド君か‥‥彼は別室で休ませてるから」


「‥‥はあ‥‥」


 兄と引き離されたスーは、一抹の不安を感じ始めた。振り向いて見上げれば、デネブ警部の顔の上半分は黒く陰っており、口元には不気味な笑みを浮かべている。


「ま、まさか‥‥」


 嫌な想像が頭の中に沸き上がってくる。今にも警部が丸太の様に太い腕を伸ばしてきそうでスーは腕を回して自分の肩を抱いた。


「さあ、入りたまえ」


 警部に案内されたのは、茶色に錆びた鉄扉の部屋である。固いコックを回して開けると、中には、テーブルが一つと、壁に固定された固そうなベットが一つあるきりの、粗末な部屋だった。上にある明かり取りの小さな窓には鉄格子がはまっており、一度戸を閉められたら、逃げ出す事は出来そうにもなかった。


「‥‥あ、あの‥‥」


 握った手を口に当てて、心配そうに見上げる。


「何か?‥‥クックックック‥‥」


 警部は意味ありげな笑みを浮かべて、スーを先に部屋に入れ、後ろ手に扉を閉める。


 机に座って引き出しに手を入れる。


「お‥‥:お兄ちゃーん!」


「な、何だいきなり」


 スーは有らん限りの力でアルフレッドを呼んだ。


 途端にピキ‥‥と、壁にヒビが入り、奥から拳が突き出る。


”誰だスーをいじめた奴はっ!”


「うおっ!」


 力任せに粉砕された壁から、一人の男が現れた。


「お兄ちゃん!」


 スーは素早く兄の後ろに隠れた。


「貴様かっ!」


 怒りのオーラを身に纏ったアルフレッドが、デネブ警部に迫った。


「ま、待て!」


 その迫力に椅子から転げ落ち、手を突き出して後ろに下がる。


「‥‥お、俺はただ:」


「問答無用っ!、必殺タコパンチ!」


「う、うべばっ!」


 わずか一秒の間に八発のパンチを喰らったデネブ警部はノックアウトされた。






「‥‥まったく冗談じゃない。あ痛たた‥‥」


 馴れない手付きで絆創膏をペタペタと張りながら、警部はブツブツと同じ言葉を言い続ける。スー達は小さくなってひたすら頭をさげていた。


「極秘裏の捜査だからと人目につかない場所で説明せよと署の上層部からの命令だった のだ‥‥それが何で俺がこんな目にあわなきゃならんのだ‥‥犯罪を取り締まる役目の私がこんな少女に何かするとでも思ったのか?」


「申し訳ない」


 スーとアルフレッドは同時に頭をさげた。


「ま、いいでしょう‥‥私も心が広いから、それは水に流します」


「広いのは心じゃなくて、腹‥‥もがっ!」


 スーはすぐに兄の口を押さえた。


「えへへへへ‥‥それでラクサンティスという人が見つかったそうですが:」


「見つかったのかどうか‥‥ラクサンティスは放火魔として指名手配中の男で‥‥」


「放火魔‥‥なんですか?」


「‥‥むむ」


 口を押さえられて息が出来ないアルフレッドはひっくりかえった。スーは構わず話を続ける。


「‥‥このコットンから西の街道をしばらく 行った所に、リージュンという町があった が‥‥」


「リージュン?‥‥あの町の火事が‥‥」


 何年か前、リージュンで火事があった事は、町がそっくり焼けてしまった大火であった為にスーも知っていた。が、公式には失火とされていた火事の原因が放火であった事までは知らなかった。


「ラクサンティスが付け火の犯人な事はすぐに明かになったが、まんまと逃げられて、今まで行方が分からなかった。つい先日、奴らしき人物がコットン市街にいるとの通 報を受けてそいつを連行した。だが、奴は自分をフェルナンドと名乗った。そんな奴は知らん、別人だとな‥‥確かに証拠は何も無い。我々は釈放するしかなかった」


 警部は苦々しくタバコに火をつける。狭い室内にはすぐに煙で充満する。


「ケホケホ‥‥‥‥それで彼‥‥フェルナンドは今でもこの町にいるのですか?」


 煙を吹きかけられたスーは涙目になる。


「そうだ。一応監視はつけてはあるが、奴はどうにも用心深く、一向に尻尾を出さない ‥‥このまま、町を出ていかれたらどうにもならん‥‥」


 吸い始めたばかりのタバコを床に投げつけ、足でグリグリと踏みつけた。


「フェルナンドという人がラクサンティスなのは間違いないのですか?」


「むろんだ。これまで署が総力をあげて探ってきたのだからな」


「‥‥‥‥‥‥」


 スーは足元でくすぶっている火種を見つめながら、どうすればラクサンティスとフェルナンドを重ねられるか考えた。


「‥‥証拠が無くて‥‥その上で証明するには‥‥そうだっ!」


 スーはポンと手を叩く。


「警部さん。リージュンの町の当時の状況と、捜査状況、それからフェルナンドの現在の 住所が知りたいんですけど」


「何を馬鹿な!、そんな事を言える訳がないだろう‥‥大体、どうして署長は君達民間人にこんな事を説明しろと言ったのか、訳が分からん‥‥まさか署長に限って買収されたとも思えんし‥‥」


「‥‥あははは‥‥」


 的を得た言葉に、スーは笑い顔が引き釣る。


「だ、だけど警部さん‥‥私たちにはどうしてもその情報が必要なんです」


「駄目だったら、駄目だ」


「‥‥そ、そんな‥‥:」


 がっくりと首をさげる。


「あ‥‥いや、どうしてもと言うなら‥‥やれない事もない」


「本当ですかぁ!」


 パっと顔を明るくさせたスーは、デネブ警部に顔を近づける。


「‥‥ま、まあ‥‥特例としてだ‥‥私は‥‥し、市民には優しいからな」


 顔を真っ赤にした警部はあごをかく。


「‥‥そ、その代わりと言っては何だが‥‥その‥‥今度君の家に伺いたいのだが‥‥」 


慌てふためきながら調書をペラペラとめくる。


「はあ‥‥:家が‥‥何か?」


「い、いや、こういう機密情報を渡す以上は、それなりの調べが必要になるからな」


 ガタガタと引き出しから、黒い小さな箱を取り出す。


「何ですか?」


 覗くと、箱の正面の丸い硝子板に顔が映った。


「‥‥これは写真機と言って、姿を‥‥い、 いゃ、うおっほん!‥‥とにかくこの丸い 硝子板に顔を向けて」


「‥‥はあ‥‥」


「はい、笑って‥‥」


「‥‥へへ‥‥」


 言われるままに、スーは椅子に座り、閉じた膝に手を乗せてポーズを付け、小首を傾げてニッコリと微笑んだ。


「いいねいいねー」


 箱がカチリという小さな音を出した。何が始まるのだろうと待っていたが、特に何も起こらなかった。


「あ、あのー‥‥まだですかー?」


 両目を『(』にして、口を薄切りにしたスイカの様に開けて、ずっと笑っていたスーは頬が引き釣ってくる。デネブ警部は一人で何か嬉しそうだった。


「い、いや、もう結構、よくとれた。いやいや‥‥ほれ、この中に必要なものが入ってる」


「ありがとうございます」


「そのお礼に今夜、食事でも‥‥」


「えへへへ‥‥そ、その‥‥し、失礼しまーす!」


「おい、待ちたまえ、私はコットンのデネブ警部‥‥」


 スーは、そうしていくつかの書類を手に入れた。兄を伴って警察署の外に出る。


「ふー‥‥やれやれって感じー」


 署の前は比較的道幅があり、太陽を拝む事が出来た。『ふぅ』と、足を大きく広げ、猫の様に両手を伸ばす。


「まったくだ、あのデネブという警官、 絶対、変だぞ‥‥最近の警察はあんなのばかりで、なっちゃいないな」


「お父さんみたいな事、言ってる‥‥」


「し、しまった、あんな奴にだけはなるまいとしてたのに」


「そうは見えないけど?‥‥助けに来てくれた時‥‥本当の騎士みたいにかっこよかっ た‥‥秋には帰ってくるから比べてみようよ」


 意地悪く背をつつく。


「それで、ラクサンティスの調書をもらってきた様だけど、何か考えてるのか?」


「そうなの!、すっごいアイデアが浮かんだのっ!」


 スーは水色の瞳を生き生きと輝かせる。


「フェルナンドがラクサンティスなのは、絶対だって言ってた‥‥だけど、証明する証拠がないんだって」


「駄目じゃないか」


「だから彼自身に証明させるの」


「どうやって?」


「彼には当時のリージュンの町に戻ってもらうの‥‥それなら彼はまた同じ事を繰り返すでしょ?‥‥そこで私達の出番」


「当時の?‥‥どうやって‥‥ま、まさかそっくりその町のレプリカを作る気なのか?」 さすがのアルフレッドも腰が引けた。


「そう! シルルの依頼も果たせて、手配中の放火魔も捕まえられる‥‥まさに一石二 鳥だもの‥‥こういう事にこそお金は使わなきゃ!」


「いや、しかしな‥‥単に役者を雇うだけの、この前とは規模が違うし。だいたい町のレプリカが出来たとして、そいつが尻尾を出すかどうか‥‥それに‥‥いや、しかし ‥‥寸分違わず作る事が果たして可能なのか?」


「お兄ちゃんっ!」


 両手の人差し指をつついてブツブツ言い続けるアルフレッドに、スーは『むっ!』と肩をいからせて頬を膨らませる。


「分かった、分かったって‥‥まあ、人助けはセントバイヤー相談局の本懐でもあるし、やってみるか‥‥でも‥‥ケリガンが 何て言うかな‥‥」


「あっ! すっかり忘れてた‥‥ずっと馬車で待ってる」


「いや、どうせ幌の中で訳の分からんもの作ってるか、寝てるか、飯食ってるだろ‥‥問題は‥‥どうやってそこまで戻るかなん だ‥‥」


 通りを睨む。風がアルフレッドの金の髪を靡かせ、勇者然とした姿を際立たせる。


「大丈夫!」


 得意気に貰った書類の中から地図を出す。


「お、えらい!」


「‥‥へへへ‥‥」


 兄に頭を撫でられて、スーは見上げて笑い返した。


「そう言うスーも母さんに似てきたな」


「そかな。そーでもないと思うけど」


「ま、何にせよ早く戻らないとな‥‥ケリガンはともかく、セントバイヤースペシャル 馬一号、二号は絶対、腹空かせてる。絶対、餌やり忘れてる」


「そうねー‥‥だけどお兄ちゃん、その変な馬の名前誰が付けたの?」


「誰だと思う?‥‥フッフッ‥‥何を隠そう‥‥」


「‥‥や、やっぱりいい!」


 スーはタッタッと軽い足どりで走り出した。「お、おいスー、待て、お兄ちゃんを置いて いくなんてひどいじゃないか!」


 見知らぬ町に一人にされそうになり、アルフレッドは慌ててスーの小さな影を追いかけた。



     




 そんなアルフレッドの心配は、半分は当たり、半分は外れていた。


 当たりの方‥‥餌をもらってなかった馬一号二号は、戻ってきた二人に猛然と食らいついき、スーに放られた飼い葉をむさぼる様に食べ出す。


 そしてハズレ‥‥町をそっくり作り直すという作戦は、アルフレッドの予想に反して『そりゃ、おもろい』と、二つ返事で承諾されたのである。


 そうしてV2と名付けられた新たな作戦の準備が始まる。


まずやるべき事は、偽リージュンの町をつくる候補地の決定であるが、それは案外あっさりと決まった。


「うおー‥‥すごいぜ!」


 馬車を止めて、アルフレッドは周囲に広がる田園風景に向けて感嘆の叫びをあげる。緩やかな緑の稜線が何処までも広がり、牧場だけが世界の全ての様である。吹き抜ける風が牛を囲う柵を越えて草原に道をつくっていく。


「なんて素晴らしい!、いいね牧場!」


「お兄ちゃんて、そんなに田舎が好きだったの?」


 手綱を握るスーがクスと笑う。


「そりゃそうだ。お兄ちゃんは動物が大好きだからな。見ろスー‥‥:あそこにい るのは牛だ‥‥それに、おお!、紛れて犬 もいるじゃないか。ここは相変わらず畜生で溢れているぜ!」


 遠くで干し草を積んでいる牧場の人が、なんだ、なんだ?‥‥と、仕事の手を止めて顔をあげた。


「もう、恥ずかしいから大声でそんな事、言わないでよ」


 ピシャリと綱を鳴らして、馬車を走らせる。「‥‥でも、ここならぴったり‥‥広 さも申し分無いし‥‥」


 スーはガサゴソとV2と書かれた計画書の紙を広げる。


「えっと、あとは町の資材の搬入と職人の手配、住人役の役者の手配と打ち合わせ、ラクサンティスの監禁‥‥」


「‥‥何だ監禁て?」


「人をさらう事」


 スーは紙から目を離さない。


「いや、そういう事じゃなくて‥‥:」


「だって、彼はコットンに住んでるし、作ったこの町にこっそり連れてくるには監禁するしかないじゃない」


「しかしなぁ‥‥それって犯罪なんじゃ」


「大丈夫、腕のいいお医者サンに頼んで、眠らせて運ぶから、絶対バレない‥‥それになるべく穏便にやるから」


「穏便て‥‥そういう問題じゃなくて‥‥」


「デネブ警部も協力してくれるって言うし、別に問題ないでしょ」


「‥‥そうかなー‥‥」


 アルフレッドは何処までも煮えきらない。 


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