第23話 『花山 明良』-5

高校の入学式で、私は真っ先に久城征紀を探した。

知っているのは、小学生の頃の姿だけだったがすぐに見つかった。

久城はどこか普通の生徒とは違っていた。

周りにいる高校生たちは、どこか浮かれていてすごく子どもに見えたが、久城は周りに興味など全く持っておらず大人しかった。

久城とは別のクラスだったが、同じクラスになった人たちが、コソコソと久城の噂をしていた。

久城が殺人犯だという話は有名らしい。

その噂話を解剖すれば、デタラメばかりだった。

バッドで同級生を殴り殺した……とか、川で同級生を溺れさせた……などだ。

噂に尾鰭がつき、無関係の事件も久城の功績のように膨らんでいったんだろう。

私はにっちゃんが死んでからずっと、久城たちのことを調べてきた。

不本意だけれど、私が1番久城に詳しい自信があった。

クラスの人間は男女ともに私によく話しかけてきた。放課後に人気のカフェにケーキを食べに行こうだとか、カラオケに行こうだとか。

トイレにも一緒に行こうと誘われたことがある。

女子高生はこういうものなのか、と思ったが段々と面倒になってきて、断り続けていたら誰も話しかけに来なくなった。

とても楽だった。

陰でコソコソと私の噂話をしているような光景も何度か見たけれど、どうでもいい。

私は高校生活を楽しむために、高校生になったわけじゃない。

学費を出してくれる人間はいないので、夜は『パパ』相手にアルバイトをした。

昼間は眠くて、授業中はいつも寝ていた。

授業の合間には、久城の様子を見に行った。

久城の行動パターンはなんとなく掴めてきた。

昼休みは校舎裏でタバコを吸っている。

私は自然に久城に接触するため、タバコの練習を始め、なんとかむせずに吸えるようになった頃、初めて久城と接触を果たした。


久城は普通の人間だった。

独特な雰囲気を持ってはいるけど、中身は普通の男だった。

私はそれが、すごく嫌だった。

とんでもない悪人であって欲しい。

そうじゃないといけない。

久城の連絡先を得ることができ、私はその未設定のアイコンを見つめた。


「私が初めての友達ってことか」


なんだか笑ってしまった。

初めての友達に殺されるなんて、可哀想な男だね。


久城征紀だけは殺すことを決めていた。

他の取り巻きには罰を与えるだけで充分だったが、久城だけはこの世から葬り去りたい。

久城は天国のにっちゃんの元へはいけないだろうから安心して、殺せる。

地獄に落とす。

例え、私も地獄に落ちるとしても。


ただ、殺すだけでは罰にならない。

だからこそ、私は久城を知ることにした。

久城が何を望み、何を得たくて、何を嫌うのか。

そして、久城にとって一番の絶望を与えた後に殺す。

久城の一番の望みはすぐ知ることになった。

彼は死にたがっていた。

私にとって、それは大きな誤算だった。

私の復讐があの男にとっては褒美になってしまう。そんなことあってはならない。


私の計画は大幅な軌道修正が必要となった。

久城を生きたいと思わせる。そして、生きたくてしょうがなくなった時に殺す。

その頃、私は篠田宏光とも接触を始めた。

あの男への復讐はすぐに思いついた。

ナルシストにとっての最大の屈辱は、自分の土台を崩されることだろう。

とはいえ、あの男のプライドが乗っかっている土台はハリボテだった。

突けばすぐに崩れるだろうが、もっと高いところから落としたい。

そして、二度と地上に這い上がってこれないようにしたい。

あの男と共に過ごす時間は非常に苦痛だったが、私はあの男のハリボテの高台を積み上げることに力を注いだ。


久城は篠田と違い、なかなか手強かった。

どれだけ深く懐に潜りこんだとしても、核心までは触れることができない。

いつも大事な部分には一線を引いて、決して触れさせようとはしない。

私は久城に対して、クラスメイトがしているようなことを提案した。

夏には海に行き、秋にファストフードの名物を食べ、冬にはイルミネーション、初詣。

高校生活を楽しむつもりはないと言いながら、側から見れば充分高校生を満喫しているように見えただろう。

にっちは言った。


『お前とあいつは似てるに』


バカ言わないで欲しい。

似てるわけがない。私は目的のために久城に付き纏っているだけなんだ。

久城を知ることで、久城を生きたいと思わせて、殺すんだ。


『誰もそんなこと望んでないに』


にっちはぼそっとそう言ってのろのろと去っていった。


「もう老猫なんだから、夜道に気をつけなよ。目悪くなってるんでしょ」


私がにっちの背中にそう言うと、にっちはふんっと鼻を鳴らした。



久城との接触から一年以上たっても、まだ私は久城を殺せていなかった。

2度目の冬、私は久城を去年と同じイルミネーションに連れて行った。

久城は相変わらず、気だるげだった。

私は久城のことを知れば知るほどわからなくなっていった。

彼がどういう人間なのかわからない。

本当ににっちゃんを殺したのかさえ、私は疑いはじめていた。

後日、篠田に久城とイルミネーションに行ったことがバレた。

私はなんとか取り繕い、篠田に久城への復讐を持ちかけた。

咄嗟に思いついた作戦だったが、都合が良かった。

篠田に久城を殺させる。

そうすることによって、一度で2人に罰を与えることができる。

私は久城を殺すため、より深く久城の心情を探った。 



久城は私に対して、自発的に触れてくることはなかった。だがその日は違った。

私は久城の傷だらけの身体をはじめて目の当たりにした。

にっちゃんを殺した人間は悪魔なんだ。

そうじゃなきゃいけないんだ。

久城の部屋の窓から、夜空を見上げる。

あの日と同じ、暗い空。星はない。

私はなんなんだろう。

私はなんのために、久城に復讐をしようとしていたんだろう。

もういいじゃないか、久城はずっと罰を受けてきた。私がわざわざ罰をくだす必要なんてない。



しばらくして久城が起きたので、一緒に学校の屋上へ向かった。

久城は何も変わらない。

いつもと同じ気だるげな姿。

久城はまだ死にたいんだろうか。

私に殺されたら久城は救われるんだろうか。


にっちの言う通りだった。

私と久城は似ている。

お互いに自分が罰を受けることを望んでいるんだ。

私はにっちゃんを救えなかった自分が許せない。

だから、罰を受けるために地獄へ落ちるために、色んなことをしてきた。

久城もきっと同じだ。

私たちは地獄に落ちる。

それならいっそ。


「一緒におちる?このまま」




久城を殺す。その決心がついた。

一刻も早く、久城を殺さなければならない。

私の弱い心が靡く前に。


「生まれ変わったら何も罪のない身体で……もう一度会いたい」


そう語った久城の顔は、見たことのない表情をしていた。

はじめて、私は久城の核心に触れることができたんだと気づいてしまった。

久城の頬に手を伸ばす。

ずっと孤独だった人、私と同じ人。

久城の硬くて冷たい唇。


「アイツは最期に言ったよ、俺に……」


久城のその先の言葉を聞くことはできなかった。




久城は全身が動かなくなった。篠田は傷害罪で逮捕されたが、親が保釈金を払って早々に出てくることだろう、と入院中に一郎お兄ちゃんから聞かされた。

久しぶりに宮家に帰ると、誰もいなかった。

おばさんは精神病院に入院中、おじさんは怪しい店にでも行っているんだろう、一郎お兄ちゃんは仕事で、さーちゃんはきっと学校だ。


私はにっちゃんの仏壇の前に座り、線香に火をつけた。毎日欠かしたことはない、にっちゃんと向き合う時間。


「久しぶり。ごめんね、ちょっと色々あったんだ」


私は入院中、にっちゃんに会いに来れなかったことを謝った。

にっちゃんから返事が返ってきたことはない。

一方的に私が喋り続けるだけだ。


「ねぇ、にっちゃん。私ってどういう人間なのかな。わからなくなっちゃったんだ」


遺影の中で困ったようににっちゃんが笑っている。


「私は地獄に落ちる。だから、もうにっちゃんと会うことはないんだね。それなら、いっそ君を思い出せなくなるまで深い深い地獄に堕ちたいよ」


私はにっちゃんのどこが好きだったんだろう。

にっちゃんといられたあの数ヶ月は、思い出のように何倍も美化されてしまって、鮮明に思い出せない。

にっちゃんと過ごした時間よりも久城と過ごす時間が長くなってしまった。

そんなことありえない。

あってはいけない。

私の中で1番はにっちゃんのはずなんだ。

私は、にっちゃんのために生きてきたんだ。今日まで。


「ねぇ、私、これからどうしたらいい?」


にっちゃんは困って笑いながらずっと黙っている。


「終わっちゃったか」


背後から一郎お兄ちゃんの声が聞こえた。

私は振り返らなかった。

今ではわかる、一郎お兄ちゃんの手の上で転がされていたこと。

一郎お兄ちゃんはにっちゃんが死んだ時に、一緒に死のうとした私に『復讐』という生きる理由を与えた。

ただ、一時だけ私が生きるための理由。


「ねぇ、これからはどうしたらいい?」


私は振り返らないまま、一郎お兄ちゃんに尋ねた。


「生き続けるしかないんじゃないか」


他人事のように一郎お兄ちゃんはそう言った。

本当に無責任な人間。

わかってはいたけれど。



久しぶりに学校に行ってみた。

もうくる必要もなかったけど、何もせず家にいるのも暇だった。

コソコソとクラスメイトたちが、私の噂をしているみたいだ。

どうでもいい。

カバンの中身を探ると教科書は一冊も入っていなかった。

代わりにボキボキに割れたポリッツというお菓子が入っていた。

あー、これ久城の家でもらったやつだ。

そんなことをぼんやり考えながら、袋をあけ、かろうじて原型の残っている数本をかじる。

ふと視線を感じて、隣を見ると机に突っ伏して寝たふりをしている男子生徒がいた。

この男子生徒の名前だけは知っていた。

確か、真名井 湊。

にっちゃんと同じ小学校だった。

今の自分のクラスメイトの名前はわからないけれど、にっちゃんの当時のクラスメイトは情報収集のために全員覚えていた。

この子には接触したことはない。

にっちゃんのいじめにも関わっていなかったし、なんの情報も持っていそうになかったからだ。

高校で同じクラスにいて、あー、とは思ったけどそれだけだった。


真名井 湊は、机に突っ伏してはいるもののこちらをずっと気にしているのが雰囲気で伝わってきた。

面倒くさいし気づかないフリをしようとも思ったが、今日はなんだかいつもと違うことをしたい気分だった。


「ねぇ」


私は真名井 湊に声をかけた。

目的などない。ただ単純に。

生きるための暇つぶしとして声をかけた。

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