第15話 『篠田 宏光』-1

ゲームの世界にこもっている人間はロクな奴がいない。

そんなのは、ゲームの世界ですら成功できない負け犬の遠吠えだ。

俺は、このゲームの世界で最強であり、大規模ギルドのマスターであり、多くのプレイヤーから尊敬もされている。

俺の装備を皆真似し、俺のプレイスタイルに皆憧れた。

弟子にしてほしいという人間も何人か現れ、装備や戦闘の仕方を指導してやった。

多い時は10人ほど同時に弟子を抱えていたが、ある日事件は起こった。

妙に仲のいい弟子同士がいた。

その2人は高校生の男女で、このゲームの世界で出会ったという。

男と女はリアルで会う約束をし、あろうことか交際を始めた。

それからというもの2人のインの時間は減り、指導にもなかなか顔を出さなくなった。

俺は男の方を破門にした。

すると、女の方が怒りだし弟子を辞めると言った。

誰のおかげで強くなれたと思っているのか。

怒りが湧き、俺はその2人の悪評をワールド中に流し、2人がこの世界でプレイできないようにしてやった。

しばらくして、2人のアバターがデリートされていることを確認した。

それ以来、弟子は女しか取らないことにした。

問題を起こされては嫌なので、恋人のいない女限定だ。

だが、あの事件以来少しずつ弟子が減ってきた。

俺の修行は厳しいので、弱い女にはキツかったのかもしれない。何も言わずに逃げ出す奴もいた。

そんな中で1人、毎日深夜にインしてくる女がいた。

まだプレイを始めて間もないそうだが、俺に弟子入りしたいと言ってきたので、弟子にしてやった。猫耳をつけたロリ系のアバターも俺の好みだった。

名前は『にゃん』

ボイスチャットで聞く声も可愛らしく、控えめな態度の少女だった。

にゃんは、俺の厳しい特訓にもついてきた。

特訓が終わり頭をヨシヨシするモーションをしてやると、嬉しそうなモーションを返してきた。

にゃんは確実に俺に惚れていた。


『mituhiroさんと、リアルでも会えたらにゃん嬉しいなぁ』


そう甘えてくるにゃんに負けて、俺はにゃんとリアルで会うことにした。

なんと、俺たちのリアルの住処は近所だった。

何日かぶりに風呂に入り、クローゼットの中からまともな服を探す。

腰には100均で買った護身用のアイスピックケースを装着し、にゃんから指定された近所のファミレスへ向かった。


まだにゃんは来ていないらしく、手汗を握りながらドリンクバーのコーヒーを啜る。

外に出るのは何ヶ月ぶりだろう。

店員と会話するのも久しぶりなのに、注文を何度も聞き返された。耳の悪い店員を配置するなと思った。


「あの……」


急に話しかけられて、驚いて顔を上げると息を飲むほど美しい顔をした女がいた。


「は、はい」


「もしかして…mituhiroさん?」


美女の口から俺のゲーム内でのアバター名が発せられる。


「あ、にゃ、にゃんさん?」


「はい!そうです!やっぱりそうだったんだ!」


にゃんは嬉しそうに手を合わせて喜んでいる。

アバターから想像していたよりも少し大人っぽかったがそれでも全体の雰囲気は猫っぽくて可愛らしさが溢れていた。


「よ、よく分かりましたね」


「なんとなく!雰囲気がアバターと似てますよね!」


にゃんは席につき、ニコニコとそう言った。


「え、に、似てるかな?」


「うんうん、似てるにてる!」


「……にゃんさんも、想像してたより美人で驚きました」


「上手いこと言いますね!mituhiroさん!」


朗らかにそう笑うにゃん。


「まさか本当に会ってくれるなんて思ってなかったから……mituhiroさんに会えて嬉しいです!」


にゃんの目は潤んでいた。

よっぽど、俺に会いたかったんだろう。


「お、俺もです」


「ゲーム本当に上手ですよね!」


「ま、まぁそれなりに……」


「どれだけ練習したらあんなに上手になれるんですか?」


目をキラキラとさせて尋ねてくるにゃん。


「別に、練習とかしてないですから」


「えー!才能ってやつですか?すごいです!」


「まぁ、ゲームのシステムとか考えれば、普通ですから、アレぐらい…」


「すごい!すごい!そんなことまで普通考えられないですよ!頭いいんですねー!」


なんだか、にゃんと話していると気分がよくなる。欲しい言葉を全部くれる。


「にゃんもセンスはいいと、思うよ」


「えー、またまた!」


「あとは装備さえ揃えたらいいんじゃないかな…にゃんは耐性装備が揃ってないから、ダメージ受けやすいんだと思う」


「なるほど!参考になります!」


俺のアドバイスを聞いてにゃんはニコニコと笑顔を浮かべる。


「今度、一緒に装備取りに行ってあげようか?」


「わぁ!嬉しい!ありがとうございます!」


「いえいえ」


少し難しいダンジョンだが、俺にとっては簡単な方だ。


「mituhiroさんは、ゲームで色んな方とこうしてあってるんですか?」


「いや……にゃんが初めてだよ」


「よかった!私も初めてなんです。でも、初めてがmituhiroさんみたいな優しい人でよかった!」


「そ、そう?」


にゃんがもじもじとしながらスマホを取り出した。


「あの……よかったら、連絡先交換しませんか?ゲーム内でしか連絡とれないのは嫌だなぁって……」


「あ、も、もちろん」


俺も慌ててスマホを取り出し、連絡先を交換した。


「やったぁ!mituhiroさんの連絡先だ…嬉しい」


無邪気に喜ぶにゃんは、少し子どもっぽくて可愛かった。


「そ、そんなに喜ぶことかなぁ」


「うん。ゲームの中でも素敵だなって思ってて…実際会ったら……って何言ってるんでしょう私ったら……」


にゃんは顔を真っ赤にしている。

そうか、俺のことが好きだからこんなに喜んでいるのか。


「あ、にゃんさえよければ、定期的に会ってもいいけど……」


俺がそう言うと、にゃんはパッと顔を上げて目をキラキラとさせた。


「本当ですか!嬉しい!」


「まぁ、住んでるところも近いしね」




にゃんと解散した後、そっと自宅の玄関を開け自分の部屋に戻ろうとした。

その途中、2階の廊下でクソ姉と遭遇した。


「うわっ、寄生虫が外出てる」


クソ姉はゴミを見るような目で俺に対して暴言を投げつけてくる。


「あんたいつこの家出てくわけ?」


うるせぇな。

お前だって大学受験失敗して、地元のFラン大自宅生のくせに。


「小学校から不登校。くっさい部屋に籠ってゲームばっか。豚みたいに太って。ホント生きてる価値無さすぎ」


俺はクソ姉の言葉を無視して自室の扉を開けた。


「親のスネばっか齧って、ずっと生きてくつもり?」


「うるせぇ!」


そう叫んで、勢いよく扉をしめた。


「うわ……つば飛んだんだけど。きも」




篠田宏光、それが俺の現実世界の名前。

俺がこっちの世界で引きこもりになったのは全てあの男、久城征紀のせいだ。

小学校に入学した頃、俺は久城の持つオーラに少しだけ憧れていた。

久城は強かった。上級生ですら久城に対して喧嘩を売ろうとはしなかった。

俺は久城についてまわった。久城の右腕としてサポートをした。

ある日、久城がいじめていた児童が崖から落ちて亡くなった。

俺は現場を見ていなかったから、事故なのか久城が突き落としたのかはわからなかった。

だがそれ以降、久城に関わっていた人間たちの運命は狂い始めた。

久城の取り巻きのうち2人が何者かに襲われた。

1人は頭部を殴打され、もう1人は顔面をガラスのようなもので突き刺された。

幸い命に別状のなかった2人は『宮の幽霊にやられた』と崖から落ちた児童の名を出した。

その頃から、俺は幽霊に報復されるのが怖くて家から出られなくなった。

外の情報は一切遮断して、自分だけの世界を作り上げた。

俺は現実世界でも、完璧にやれたはずだった。

それが、久城に関わってしまったせいで、外に出ることができなくなってしまった。

全部、全部!アイツのせいだ。

アイツのせいで…俺の人生は、俺の未来は。


鏡で自分の姿を見る。

大きくドクロマークがプリントされたTシャツは、腹の贅肉ではち切れそうになっている。

昨日洗ったはずの髪ももう油でベタベタだ。

これは俺じゃない。

俺の本当の姿はゲームの中のアバターなんだ。

スラッと背が高くてスリムで、黒いコートを身に纏った戦士。護身用の短剣はいつも腰に携えるのが俺のポリシー。

そうだ。そのはずなんだ。


突然、スマホの着信音が鳴った。

着信音を聞くのが久々すぎて、一瞬なんの音かわからなかった。

慌てて表示をみると『にゃん』の文字。

俺はすぐに通話ボタンを押して耳にスマホを押し付けた。


「……にゃ、にゃん?どうしたんだ?」


「あ!mituhiroさん!すみません。さっき会ったばっかりなのに電話しちゃって」


電話口からにゃんの可愛い声が聞こえてくる。


「別に、大丈夫だよ」


俺はクールにそう言った。


「声聞きたくなっちゃって…」


「声…?」


「うん。mituhiroさんの声ってすごく落ち着くから……」


始めて言われたな、そんなこと。

にゃんは甘えた口調で続ける。


「優しくて、すごく大好きな声なの」


「そ、そうか?」


少し照れるが、なんとかクールを装う。


「次会う日までが長く感じるなぁ……」


にゃんとの次の約束は1週間後だ。

確かに少し先な気もする。


「明日にでも会いたいくらい……」


にゃんの寂しそうな声。


「お、俺は別に明日でも構わないけど」


そう言うと、にゃんは慌てたように反対した。


「そんな!ダメですよ。mituhiroさん、有名な進学校通ってるから、勉強大変だって言ってたじゃないですか!」


にゃんには地元の有名な進学校に通っていると言ってある。

その嘘が仇となった。


「mituhiroさんの邪魔はしたくないんです……だから、頑張って会いたい気持ち我慢します……」


しおらしいにゃんの態度に、俺は心臓をくすぐられた。なんて可愛いんだろう。


「じゃあ、また来週。急に電話かけちゃってごめんなさい」


にゃんが明るい声で電話を切ろうとした。


「あ、別に電話ならいつでもしていいから……」


俺がそう言うと、にゃんの嬉しそうな声が漏れてきた。


「……嬉しい!また電話しますね」


「うん」


「また……」


「うん、また……」


電話を切る。

俺は幸福な想いのまま、ベッドにダイブした。

ギシッとベッドが歪むが関係ない。

現実の俺にも、やっと運が巡ってきた。

やっぱり俺は、ゲームの世界でも現実の世界でも完璧な男なんだ。

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