三つの魔法を螺旋の星屑

@kangualu

第0話「プロローグ」

 「この世界の魔法の進化は遅すぎる!! いったい何世代かければ一歩を進むことができるのだ!!」


 暗がりに幾本かのろうそくが立つ円卓で男は席を立って声を張り上げた。


「遅い? それのどこが遅いというんだ? そもそも魔法というものは神から与えられたものであって、我々がおいそれと進歩させていいわけがないだろう?」


 冷たく視線を送ったのは席を立った男の右隣、プラチナ色の装飾品をふんだんに着飾った強面の男。彼の一言でその場の雰囲気はより一層緊張感が張り詰めた。


「半永久的に光り、ほのかにも熱を放出する御霊灯みたまとう、砂丘地帯での体温上昇を防ぎ、氷山では体温の低下を防ぐ完耐外套かんたいがいとう、歩く時の摩擦を低減し歩行補助を行う滑走ブーツなど、どれだけ生活の質を向上させたか……」


「向上? 確かに生活の補助においてのみなら進歩があるだろうが、新たな技術が開発されるまでにあまりにも時間がかかりすぎているではないか。現に、それらの発明品を世に出せたのだって数年前のこと。魔法がいつ発見されたのか皆も知っているだろう」


「魔法は未知の領域だ。それに、発見されたのではなく授けられたのだ。世に出ているものは安全性ができるだけ担保できたものだけしか市場に出回っていない。それは仕方のないことでは?」


『魔法』は約500年前に発見されたと記録には残っている。しかし、現在でも魔法の起源は不明のままである。また、初めにだれが扱えるようになったのか、誰が発見者として記録に残しているのかなど様々な疑問を遺している。


「まぁいったん魔法の進化が遅すぎると仮定しよう。ならばお前は今後どうしたいんだ?」


 二人の会話に水を差したのは、この円卓に座っている面々の中で一番「平凡」な印象を受ける身なりをしている男性。


 彼はあきれた表情でため息をつき,問うた男性の返答を待っている。


「魔法専門の研究県教育を行う施設を造る」


 その一言にその場の雰囲気は一変し、怒気が充満した。また、重苦しい雰囲気の中には彼の返答に嘲笑を送った人もいた。


 真剣そのもので返答した男は、彼らを意識の話に追いやり、話をつづけた。


「現在の研究施設は我々の管理のもとで情報が外部に漏れないよう厳重な体制で研究を行っている。だが、我々には一つ重要なものが欠けている」


 彼はあたりを見回しながら一呼吸すると、「柔軟な思考と後継者育成の両立だ」と言った。


「柔軟な思考と発想力・想像力を持っている若い世代に魔法を基礎を教え、独自に発展させて報告をさせるという施設を設立する。そうすれば、一つのことを深く追及している現状から、多方面を深く追及する方針へと切り替り、発展を促そうと考えている」


「魔法は未知そのものだ。何百年と我々が研究を受け継ぎながら調べたとしてもわからないことのほうが多い。そして、今まで魔法の本質を市民に知られることを厳格に規制していたというのに、それを解くことになるのだぞ?」


 新たな提唱をする彼に、隣に座る男は質問をいくつも重ねる。しかし、それがその場の総意だと彼は理解している。


「わかっている。しかし、そもそも我々だけが特別に調べていいものでもないはずだ。市民にだって知ることは許されている」


 彼は熱のこもった瞳を冷ややかな雰囲気の中で煌々と光らせている。決して折れない意志、絶対にやり遂げるというオーラがその身には纏っていた。


「では、わしからも一つ質問をしようかのう」


 一人の男に質問が集中放火し、その返答にも周りはかみつくという新たな拷問のような雰囲気の中、彼の正面に座っていた白髪でモノクルを付けた老人が声を上げた。


 彼の一声に、その場のすべての人が静止し、固唾を呑んだ。


「おぬしがそこまでして魔法の発展を願い、危険を承知で子供たちまでをも巻き込み、研究を進めようとするのはなぜじゃ?」


 核心を突いた質問だった。


 老人の眼光はどんな刃物よりも鋭く、この場の誰よりも背筋を凍らせる圧がこもっている。


「今まで情報が外部に漏れることを恐れ、人知れず研究を続けてきた魔法だが、その危険性も何千何万にも及ぶ報告書で拝見し、数千人の命が失われていることは事実であろう? 


 その事実は決して消えるものではないし、その屍たちの上に我々は立っている。その重みは肌で感じるものではなく心で感じるもの。未熟な心を持っている子供たちには到底持てるものではないとは思わんかね?」


 整えられた白髪をくしでさらに梳かしながら際立った顔をこちらへ向ける。


「重々承知しております。ですので、教育を取り入れた研究施設を造るのです」


 それに臆することなく持論を展開し続ける。


「魔法の基礎やその成り立ち、先人たちが築き上げてきたものを教えることで、魔法についての理解を深めるとともに危険性についても学ばせ、自由に研究をさせるのです」


「―――それが失敗すれば?」


「私の首を切る」


 ……。


 刹那の沈黙が訪れた。


 それはあまりにも短く長い、軽く重い軽量感のある重厚感を纏い、その場のすべてのものを包み込む。


 彼の宣言は重鎮から言葉を奪うほどの覚悟ということだった。


「この場でのその発言、決して後には引けないと重々承知しているのかね?」


「無論です。それほどの覚悟がなければ現状は変えられないと認識しております」


 男の決意は固い。それは円卓を囲んでいる面々にはひしひしと伝わっていることだった。しかし、今まで慎重に事を進めていた者たちからは、決して肯定的な視線を得ることはできていない。


 宣言をした男だけが強い決意や信念を持っているわけではないからだ。


『魔法』が発見され約500年。それまでは超自然的な力はもちろんだが、世界中でこれほどまでに大規模な創造時代は訪れたことがなかった。


 それまで信じられていた摂理を捻じ曲げ、できなかったこと・不可能だと思われていたことも簡単にできるようになった。


 それが新たな時代の幕開けだと誰もが感じ取れるほど、今まで上げられてきた突飛な案も普遍的になっている。しかし、魔法が人類に授けられてから日高くしていたこともあって、魔法に対しての具体的な法は制定されていない。故に魔法を手に入れた人は、国内外問わずに恐怖を与える『畏怖の象徴』ともなりえる。


 ここでの決断で、全世界の魔法の在り方が変化する。


 急速に法が整備され、魔法を基盤とした政府も設置されるだろう。それも、すべてのほうを根本から変えることになる。


 それだけの変化をもたらすことをこの男は提案していた。


 世界を変えようとしていたのだ。


 それをこの円卓にいる数名の男だけで決断しようとしている。


 責任というものだけで片付けられるほど甘いものではない。一国家ではなく世界を変えようとしているのだから。


「3年じゃな。ここにいる我々の最も信頼できる者たちだけを集めて試してみようかの。この結果次第で、また皆の総意を取ろうと思う」


「ありがとうごます。必ずや良い知らせを」


 老人の提案に異議を唱える者はいなかった。


 結果として、彼の案は保留だ。どれだけ御託を並べようと世界を変えようとしている男の案は鵜呑みにはできない。


「けっ。クソ信者め」


 彼の隣に座っている男は悪態をついた。


 そして、円卓に座っていた面々が消えるようにしていなくなるとともに、彼も蠟燭の炎の陰に消えていった。






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2024年12月28日 21:00
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2024年12月30日 21:00

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