第六章 4-4 出航


 ひとしきり泣いて、それから笑顔を見せ合った。


 食事のこと、家事のこと、菊理や冬弥や学校のこと、他愛のない会話をした。

 いまが永遠に続けばいいのにと思えるほどの満たされた時間。


 でもたぶん、俺もミコトも気づいていた。


 ミコトが戦女艦艇である限り、そしてその力を使えるようになったいまでは、彼女はやるべきことがある。


「邪魔して済まない。ミコト、お前にだ」


 近づいてきた男は、確か草薙と言ったか。

 彼は手にした端末を俺たちに向けてきた。


「戸塚司令……」

 そこに映っていたのは、五十かそこらの男の人。


 一瞬俺に目を向けた気がしたが、何も言わずに顔を強張らせているミコトに声をかけた。


「あの、わたし――」

『挨拶はいい。緊急事態だ。詳しい状況はウカから受け取ってくれ。コア出力は?』

「問題ありません」


 ウカと呼ばれた女の子がミコトの手を握る。

 しばし目をつむったミコトが目を開けたとき、何かを決めたかのように、その瞳に揺るぎはなかった。


「もう、わたしは大丈夫です。わたしはもう、自分のやるべきことを確かめることができました。だから、戦えます」

『そうか』

「ミコト……」


 戦う。


 それはつまり、彼女はこれから出撃するということ。

 それが必要ということは、マガツヒの艦隊が地球に近づいているということだった。


「状況がわからねぇと思うから説明しておくと、現在マガツヒ艦隊が第四防衛ラインを突破して、地球にぶっ飛んできてる。攻撃は開始してるが、いまのままじゃ第三防衛ラインを割られそうな勢いだ。まぁ、ミコトが出撃しても主戦場はずいぶん遠いんだがな。それどころか、訓練ひとつやったことがないんじゃ、たいした奴には経たない。それでも、ミコトの攻撃力なら、時間稼ぎの役にくらいは立つ」

 端末を持ったまま、ずいぶんと軽い口調で草薙さんが解説してくれた。


『概要はいまの通りだ。しかし時間がいまは重要だ。緊急就役の手配は済ませてある。ミコト、行ってくれるか?』

 戸塚司令に返事をする前に、ミコトは俺の方を向いた。


「行ってきますね、武さん」

 まるでい買い物でも行くような気楽な口調だった。


 正直俺は、ミコトを行かせたくなかった。

 比較的安全なのかも知れないが、戦闘に行くんだ、まったく安全なんてことはあり得ないだろう。


 ミコトは戦女艦艇なのだから、行かなくちゃ行けないんだろうとは思う。彼女はそのために生まれてきたのだろうから。

 そうは思っても、俺はミコトに訊かずにはいられない。


「なんで、ミコトが行かなくちゃならないんだ?」

「行かなければならないのではなくて、わたしが行きたいんです」

 いままでで一番魅力的な笑みを浮かべて、ミコトが言った。


「わたしは武さんと一緒に生きていきたいんです。でもマガツヒがやってくる限り、それは簡単なことではないんです。武さんと一緒に生きて行くためにも、武さんの生活を守るためにも、わたしは戦っていきたいんです。わたしにはそのための力があって、そのためにこの身体となったのですから」


 ミコトは最上級の笑みを浮かべた。


「いまだから、そうはっきり言うことができます」

「そっか……」


 そこまで強く想ってるなら、不安はもちろんあるけど、引き留める方が野暮ってものだろう。


「大丈夫。アタシも着いて行きます、武さん」

 側に寄ってきていた女の子が、いつの間に硬く握りしめていた俺の拳を、優しく両手で包んでくれた。


「ミコトさんのことは、必ず守ります」

 俺のことを見上げてくる女の子は、硬い決意を宿した瞳をしていた。


 ウカと言えば、冬弥からこの前聞いたウカノミタマノカミだろう。彼女もまた戦女艦艇だ。


『ウカ。ミコトのことは頼む』

「はい。もちろんです」

『ではその場所から飛んでくれ。人目はないから問題はなかろう』

「了解しました」「了解」


 ミコトとウカが同時に答えて、ふたりは建物の外へと歩き出す。

 どこか遠くに行ってしまうような錯覚を覚えて、駆け寄ろうとした俺を、ウカは「少し離れて」と立ち止まらせた。


「それでは武さん。行ってきます」

「……必ず、帰ってこいよ」

「もちろんです。武さんの元に、わたしは必ず帰ってきます」


 そう言ったミコトとウカが空を仰いだ。

 次の瞬間、ふたりの身体は光に包まれて、そのまま宙を舞った。


 アッという間に星と区別がつかなくなるほどの速度で、ミコトは彼女のするべきことがある場所に飛んでいってしまった。


「行ってらっしゃい、ミコト」

 見えなくなってしまった彼女にそう声をかけて、俺は笑む。



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