03 吉見蒼正3


「ナメてんじゃねぇぞ! オラァ!!」


 路地裏でイジメっ子グループを殴る蹴るの、特攻服を着た蒼正そうせい。イジメっ子グループは全員、顔の形が変わるまで殴られて倒れている。

 最後に残していたグループのリーダーである五十嵐海斗は土下座で命乞いするが、蒼正は血で染まった手でリーゼントを直しながら頭を踏んだ。


「ああん? それで許して貰えると思ってんのか? お前達は死ぬまで俺のストレス発散に使われるんだよ!!」


 腹を蹴飛ばし、仰向けになった所に馬乗り。蒼正は笑いながら海斗の顔を殴り続ける。


 このバイオレンスな展開は、勿論、夢の中。蒼正はチート能力は無いけど明晰夢の使い手なのだ。


 明晰夢とは、睡眠時に前頭葉が半覚醒状態の時に見る事が出来る夢。簡単に言うと、夢を自分の思い通りに操作できる状態の事を指す。


 始まりは、蒼正へのイジメ。毎日寝る前にはイジメられた事を考えてしまって眠れ無い、または眠った後に悪夢を見る事も多かった。

 夢の中でまでイジメられたくない蒼正は、寝る前には異世界転生した話を思い浮かべたり、自分とは違う強い人間に生まれ変わるような話等を考えたりして、辛い気持ちを紛らわそうとしていた。


 イジメられる事は強いイメージが残るのか、中々ストーリーに没頭できなかったが、それより強いイメージを持つ事で辛い気持ちを吹き飛ばす事に成功する。

 そんな事を続けていたら、いつしか夢にも干渉できるようになり、蒼正は自由に見たい夢を見れるようになった。今回もその明晰夢を使い、ヤンキー漫画を再現してイジメっ子をボコる夢にしたのだ。


「チッ……死んだか。殴り足りねぇな~……てか、夢の中じゃ殴った気がしないんだよな~」


 ただし、明晰夢も万能ではない。視覚は映画や漫画の記憶があるからなんとでもなるが、触覚、嗅覚、味覚は自分の経験した事しか再現出来無い。

 だから蒼正は、殴られる経験はあるけど殴った経験は壁を殴ると痛そうって理由で枕ぐらいなので、感触が人の顔とは思えないから、ついついやり過ぎてしまう事はしばしばだ。



「今、何時ぐらいだろ? もう一個ぐらいシチュエーション変えられるかな??」


 ヤンキーシチュエーションはテンションが上がり過ぎて早く終わってしまった。蒼正の体感では今は丑三つ時。違う夢に移行しようかと血塗れの海斗に腰掛けて考える。


「異世界物は昨日やったしな~……ん?」


 その時、路地の交差点で何かが動いたような気がした。ここは蒼正の夢の中。出演者は蒼正が考えたモノしか入り込め無い世界。

 蚊ですら想像しない事には一匹も飛ば無い世界なのだから、何かが見切れるなんて有り得無い。


 不思議に思った蒼正は立ち上がり、路地の出口へと向かった。


「はい? なんでこんな所に城があるんだ……」


 路地の先にメルヘンチックな洋風のお城が佇んでいたからには、蒼正も呆気に取られて立ち尽くしてしまった。


「あ、そっか。夢の中で違う夢に変えようとしていたから、イメージが混ざったんだな。ビックリした~」


 有り得無い現象でも夢の中なら有り得無くは無いと考え直した蒼正。ひとまず蒼正は城に近付き、ブラブラ歩いていると門らしき場所に到着した。

 そこから中に入り、ゆっくりと辺りを観察する。


「なんか少女漫画に出て来そうな城だな……僕のレパートリーにこんな城あったか?」


 異世界物の城でも、作画が違えば微妙な違いはある。その違和感にいささか納得がいかない蒼正であったが、奥へ奥へと歩き続ける。

 広い石畳の道を歩き、迷路みたいな庭園を抜け、やはり何かが可笑しいと思った所でかすかだが悲鳴が聞こえた。


「なんだろ……僕のレパートリーならヒロインが悪役令嬢にイジメられているか、侍女が悪者に斬り殺されて姫がさらわれそうになっているか……こっちかな?」


 自分ならこういう夢だと当たりを付けて歩いていたら、美しい顔の男性二人が剣戟を繰り広げ、ドレス姿の女性がたまに悲鳴を上げながら止めようとしていた。


「う~ん……どういうストーリー? 見た感じ、金髪ドリルの姫様を取り合う決闘をしてるけど……僕が主役と言うなら、僕が悪役って事か? まぁそんな話もやったことがあるけど……うん。そう言う事だな」


 蒼正は姫を攫い追って来た王子様を返り討ちにして、姫に傍若無人な行為をする悪者ストーリーを頭の中に描き走り出す。


「キャー。私の為に争わないで~……え?」

「オラァ!!」


 そうして微笑を浮かべる姫を通り越した蒼正は、近い方のイケメンAを殴り付けてはっ倒す。次に何故か固まって動かなくなったイケメンBはハイキック。

 どちらも一撃で倒すと、変な体勢のまま固まってピクリとも動かなくなった。


「なんかさっきと感触が違ったような……ま、異世界物とヤンキー物が混ざってるんだから、違いは有るか。さってと、姫を攫って逃げるか~」


 蒼正はリーゼントを整えながら振り向くと、ブツブツ呟いている姫に近付いた。


「あなたが本当の王子様……助けてくれて有り難う御座います」

「は??」


 すると、何故か姫に感謝の言葉を掛けられたので蒼正には意味が分から無い。


「え? 助けたんだから、ここはキスで大団円でしょ??」

「あぁ~……そういう感じか」


 姫の言葉に蒼正はストーリーを修正する。戦っていた二人は実はどちらも悪者で、正義の味方が助けるストーリーに。


「では、姫……愛してます」

「は、はい……」


 蒼正は気の利いた言葉が思い浮かばなかったので適当に言うと、姫は首を傾げながら体を寄せ合う。その角度がキスをするには丁度いい角度だった為、二人は間を置かずに唇を重ねた。


「「ん……ん? んん~~~!!」」


 約二秒後、蒼正と姫は同時に相手を突き飛ばしたのであった……

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