第27話 記者の訪問
「ハレちんに取材?それってマジ、じゃなかったホントですか?」
夕暮れより少しだけ早い、ご飯の時間。
竜舎で管理している
ジブンも乾草を食みつつ、人間達の会話に耳をそばだてる。
「ああ、ケラスース賞に出走する有力飛竜の取材がしたいんだと」
「え〜ヤバいどうしよう。ウチ、今ほっぺにニキビできちゃってるんですよぉ〜取材の日までに消えるかなあ」
右の頬を押さえ、深刻な顔をするアルルアちゃんに、先生は呆れた目を向ける。
「取材を受けるのはアンタじゃないし、新聞に載るのはハーレーだから構いやしないだろ」
「そーですけどぉ……乙女ゴコロ的にはナシじゃないですかぁ!」
フクザツな乙女心を切々と訴えるアルルアちゃんを横目に、咥えた乾草を隣の水桶に浸してふやかす。
ふぅん、新聞。競馬新聞みたいなものかな。読んだことないから、どんな記事が載っているのか知らないけど、レース予想とかが載っているんだろうか。
この世界の文字が読めたなら読んでみたかったなあ……もし読めたらレース予想や、ライバル
———なんてくだらないことを考えながら食事をしているジブンの横で、乙女心について熱弁を奮っていたアルルアちゃんが、ふと首を傾げる。
「あれ、でもいいんですか?ケラスースを前に取材なんて入れて。センセー達ってば、本番まであと3週間だー!ってめちゃピリついてんのに」
邪気なく指摘されたトトー先生は、一瞬口角をひくつかせたものの、すぐにバツが悪そうな表情を浮かべ、頭を掻く。
「……本人を前にしてよく言えるねお前は。まあアタシも最初は断るつもりだったんだけど……アオノ伯爵が先に許可を出してる上に『所有飛竜の記事をぜひとも読みたい』とまで仰ったみたいでねぇ」
「伯爵様が?……なんでだろ、貴族社会におけるガイコーセンリャクってやつですかね?」
ウチの自慢の子見て見てー!的な単純なノリではないわけね。
竜主は馬主同様、社会的に裕福な層———特に貴族が多いらしい。
憶測だけど名誉を大々的に周知することは、貴族社会において、自らの能力を証明する示威行為のひとつなのかも。正確なところはわからないけどさ。
ジブンの内心と同調するように先生が大袈裟に肩をすくめ、首を横に振る。
「貴族の事はアタシにもわからんよ。ただ、これで少しでも競竜が盛り上がるなら悪くないだろう?」
*****
「ぼ、ぼんどにッ……アオノハーレー号にば、がんじゃのぎもぢでッいっ、いっばいで!ボクはッ、アオノ、ハーレー、ほんどありがど…ごじゃま…っ」
両目から滝のようにあふれる涙。
ジブンの名前を呼びながら咽び泣く男。
なにがどうしてこうなったかって?それはジブンが聞きたい。ねえ、なんなのこの人。
今日は新聞の取材があるとのことで、いつもより気合いの入ったアルルアちゃんに念入りにお手入れしてもらい、鱗の一枚一枚まで綺麗に磨いてもらっていた。
輝かんばかりの光沢を宿した鱗。鍛えられ、しなやかな筋肉に覆われた身体。魔力に満ちた翼。
トトー先生にも褒められた絶好のコンディション状態で出迎えた記者は、中肉中背のおじさんと、メガネをかけた穏やかそうな青年の二人組だった。
2人は竜舎の入り口で待っていたトトー先生達に取材を受けてくれたことへ丁寧に謝辞を述べ、案内されながらジブンの竜房前まできた。
ここまでは記者達に、特に変わった様子はなかったと思う。
雲行きがおかしくなったのは来客を歓迎すべく、ジブンが竜房の入り口からひょっこり顔をのぞかせたあと。
トトー先生に、レースに向けての調教や手ごたえとかを真面目に質問していた記者2人の視線が、自然とジブンに集まる。
主に質問をしていたおじさん記者が、人好きのする笑顔を浮かべて「この子がアオノハーレー号ですね。いやあ可愛い顔立ちをしてるなあ」と褒めてくれた。
問題はそのとなり。
訪れた記者2人の片割れ、メガネの青年が無言で何かを堪えるようにぶるぶる震えたかと思いきや、突然おいおいと泣き出したのだ。
もちろんジブンは2人と面識なんてない。
正真正銘赤の他人なわけで。そんな見知らぬ男に初対面でいきなり滂沱の涙を流され、引かない者が居るだろうか、いや居ない。
……マジなんなのこのひとこわい。ちょっと離れていいですか。
興味津々で竜房から出していた頭を引っ込め、すすっと後退る。
「ハレちん、びっくりしたね大丈夫だよ」
取材の邪魔にならないよう傍に控えていたアルルアちゃんが、心配して声を掛けてくれる。
でも大丈夫じゃないのはその人だし、落ち着くべきなのもその人だよ。周りの飛竜達もびっくりしてるじゃん。
ジブンの顔を見た途端、号泣しだした男に唖然としていたトトー先生が、小さな背中にジブンを庇うように竜房の前に立ち塞がる。
「……アンタ、急に泣き出されたりしたら飛竜が驚いちまう。このままじゃ取材もなにもないよ」
「すみません!一旦外で落ち着かせてきますので!」
先生からの叱責に、ぺこぺこと頭を下げ平謝りのおじさん記者は、泣き咽ぶ青年の襟首を掴むと引きずるようにして竜舎の外へ連行していった。
———しばらくして。
「先ほどは急に取り乱して申し訳ありませんでした。大恩のあるアオノハーレー号に会えたら感極まってしまって」
落ち着きを取り戻したメガネくんは、戻ってくると深く頭を下げ、訝しげな竜舎の面々に経緯を話してくれた。
なんと彼は未勝利戦のパドックで見かけた赤ちゃんの父親だという。
言われてみれば赤ちゃんを連れたお母さんの側には父親らしき人物が見当たらなかった。
切羽詰まっていた妻子を置いて、どこをほっつき歩いていたのだろうと思ったら、当時彼は遠く異国の地に居たんだと。
なんでも別大陸の国で行われた、大規模な祭典の取材に随伴していたそう。
当初祭典の取材に赴く人員の中に、メガネくんは居なかった。しかし参加者の1人が予期せぬハプニングで参加できなくなったそうな。
その穴を埋めるべく、他国の言語が話せて世情に詳しいメガネくんが選出されてしまったらしい。
問題は、メガネくんの奥さんが妊娠中だったこと。
メガネくんも、身重の妻を置いて出張に行くわけにはいかないと断ったそうなのだが。
出産予定はまだ先なのだろうと、上司からかなり強く要請され、泣く泣く異国の地へ出張することに。
———そうして遠い異国の地に引き離された彼に届いたのは、愛する妻の予定よりずっと早い出産と我が子の命の危機だった。
『小児魔力回路不全症』という症例自体の報告が極めて少ない上に、完治した例は数例しかない難病。
患者のほとんどが産まれてすぐに命を落としていると聞けば、彼の絶望は察するに余りある。
愛しい我が子は、生きている間に腕に抱くことはできないかも知れない。
悲痛な覚悟で舞い戻った彼を出迎えたのは、少しやつれた最愛の妻。……そして、その腕の中で健やかな寝息を立てる可愛い我が子だった。
「———妻に事のあらましを聞いた時は心底、神に感謝しました。そして神の遣わしたもうたアオノハーレー号にも……なんとかお礼をしたくて今回取材に同行させていただいたんです。その節は本当にありがとうございました」
再度深く頭を下げられた先生とアルルアちゃんが、アイコンタクトで「そんなことあったかい?」「あった、かも?」と、とぼけたやり取りをしている。
「もしも妻と子どもに何かあったらと思うと生きた心地がしなくて……」
2人のやりとりに気付かず、涙ぐみ鼻を啜るメガネくん。
可哀想に、きっと胸が張り裂ける思いだっただろう。
……だから、「出張を言いつけてきたクソ上司を海に捨ててやるところでした」とかいう恨み辛みが凝縮された後半の呟きは、全力で聞こえなかったことにしたい。
隣のおじさんがドン引いてるじゃん。迸る殺意は心の中にしまっておきなって。
「妻子が大事なら手を汚しちゃダメだろ」
メガネくんの恨み節が聞こえていたらしい先生が、思わずと言った様子で突っ込む。
対してメガネくんは好青年のお手本のような笑顔を見せた。
「大丈夫です。その時は完全犯罪を成し遂げて上司同様に、事件を闇に葬ってみせるつもりでしたから」
……どうやら彼の上司は虎の尾を踏むどころか、虎の尾の上でタップダンスを踊ってしまったらしい。育児休暇の大切さが良くわかるネ。
「そーいえば未勝利戦のパドックでハレちんが観客に近寄ったことがあった!あの時かあ!」
記憶が呼び起こされたらしいアルルアちゃんが、あっと声をあげて手を打つ。
その言葉を聞いて、先生も思い出したようだ。
しかし「ハレちんすごいじゃーん!やるぅ〜」とノリノリで褒めちぎってくれるアルルアちゃんとは対照的に、トトー先生は怪訝な面持ちで深く考えこんでいる。
「そういや未勝利戦の後、神殿からよくわからん問い合わせが来たことがあったね……ハーレーを神殿管理飛竜にしないかとか。竜主から預かってるからできないと断ったけど、まさか———」
「息子は神殿で診て頂いたそうなので、きっと神殿にもアオノハーレーのことは認識されていると思いますよ。周囲に居合わせた方々も魔法に詳しい方ばかりで、その人達が口々に子どもへ魔力を吹き込んだのを目撃した、奇跡だと仰られて……彼ら伝に少しずつ噂が広まっているみたいです」
はえ〜、そんな話きてたの?初耳だわ。でも神殿所属とかになったら、俗世を離れてなんやかんやしなきゃじゃない?ヤダヤダ。ミュゼのとこに帰れなくなりそうだから、その話は無しね!また神殿から怪しい勧誘があっても断ってね先生!
というかジブンとしては、赤ちゃんを助けられて良かったなあとしか思わないんだけど、人間たちの間でそこまで話が大きくなっているとは。
言われてみたらマツカゼ記念やラーレのパドックでは、名前を呼んでくれるエルフの観客がちらほら居たな。もしかしなくても噂の影響だったのか。
怪しい宗教勧誘はお断りだけど、応援してくれる人が増えたってのは純粋に嬉しい。おかげであの時の赤ちゃんが無事、すくすく成長していると知れたわけだし。
良かったねという気持ちを込めてメガネくんを見つめていると、気付いたメガネくんが泣きそうな顔で小さく「ありがとう」と呟いた。
*****
若草が芽吹き、春の花々が彩りも鮮やかに野山を賑わせ始める頃。
とある新聞社が掲載した記事が、世間でにわかに注目を集めた。
『奇跡を呼ぶ競飛竜、3歳牝竜の
そう銘打たれた記事には、G3マツカゼ記念とG2ラーレ賞を快勝した
よくある競竜記事の一つに過ぎないこの記事が、こうも世間から注目されたのにはわけがある。
———曰く、現代では殆ど見られない自然初空を迎えた珍しい飛竜である。
———曰く、難病の子どもの元に駆け寄り命を救った心優しい飛竜である。
それは、本来なら眉唾として語られるであろうエピソード。
しかし当の難病が完治した子どもが身元不明ではなく、記事の作成に携わった記者の子どもという、出典が明らかであったこと。
また、この内容を疑った者が神殿に不届きな記事だと問い合わせたところ、事実として確認していると即答されたことから一気に噂は真実として広まった。
これによりアオノハーレーは、普段競竜を全く見ないような層をファンとして取り込み、熱く支持されることになる。
そして。
なんの因果か、アオノハーレーと歳も性別も同じくする競飛竜の中にもう一頭、奇跡の競飛竜と呼ばれる飛竜がいた。
競竜好き達の間で、去年の新竜戦デビューから既に注目を集め、年の瀬のG1フィーユドメリジーヌを制覇した最優秀2歳牝竜。
無敗のG1飛竜カイセイルメイである。
かたや、その名を知らぬ者なき竜姫パンサール・デイラール・クロトーワ公爵令嬢の冠名『カイセイ』を戴く、名門竜舎所属の超良血飛竜。
かたや、竜主になったばかりの傾きかけた伯爵家当主シフレシカ・デイル・アオノの冠名『アオノ』を戴く、G1未勝利竜舎所属の零細牧場出身マイナー血統飛竜。
何もかも対極に位置する両飛竜への注目は、日に日に増し、どちらがより優れているかについて、競竜好きの間でも熱く議論が交わされた。
奇跡を体現して産まれたカイセイルメイか。
奇跡を実現してきたアオノハーレーか。
両者はレースでいまだ対決していないにも関わらずライバルとして認知され、初対決するケラスース賞は、開催前から異例の盛り上がりをもってその日を迎える事となる。
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