自堕落と再会と大慌て

 神社のバイトも終わり、お盆がはじまった。

 お父さんとお母さんが墓参りに出かけ、私も付き合うのかと思いきや「家事しといて、邪魔」と置いて行かれてしまった。

 仕方がなく、掃除と洗濯を済ませたあとは、自堕落に生活している。

 やることがなくって暇だ。


「螢川くん、今なにやってるんだろう」


 会いたいなあ。いつまで合宿かとか聞いておけばよかった。仕方がなく、リビングのソファに寝そべったまま、スマホで動画サイトを開くと、螢川くんが薦めてくれた特撮を眺めていた。見ていると、螢川くんが何度も見せてくれたポーズやら話やらが頭によぎり、だんだん寂しくなってきてしまった。

 話自体は前半に事件背景が語られ、後半はアクションを交えての事件解決パートへと進む、刑事ドラマや医療ドラマを彷彿させるようなフォーマットだけれど、その中でヒーローたちの喜びや悲哀がこれでもかと語られていて、それが本当に優しいのになんにも語ってくれない螢川くんと重ねてしまう。ヒロインや一般人は、本当にヒーローの裏事情を全く知らないまま進むものだってある。


「仲間はずれにしないで、教えてあげなよぉ」


 思わずぼやく。

 あともうちょっとで終わる。その動画を切なく思いながら見ていたら、いきなりスマホのバイブが震えた。


「ちょっと……あとちょいで終わるのに……あ」


 全然なんの反応もなかったアプリが点滅したのだ。【螢川】と書かれている。


「キャッ……ほ……螢川くん…………?」


 私は思わずスマホをベチョッとソファにスマホを落とす。慌ててそれを拾い直して、震えるようにアプリをつけた。


【帰ってきたけど、お土産渡したいんだ】

【どこでだったら会える?】


 合宿に行ってきたのに、わざわざお土産なんてよかったのに!

 そう思いながらも、私は震える手でなんとか返事を打つ。


【学校の近所のハンバーガー屋だったら】

【わかった】

【待ってる】


 あああああああああああああ。

 私は慌てて洗面所に走った。

 八月に入ってからというもの、まともに化粧をしていない。神社のバイトのときは、そもそも派手な化粧をしちゃ駄目って言われていたから、本当に日焼け止めとリップクリームしかしてなかったけれど、久々に会うのに回想より変な女だったじゃ駄目だ。

 顔を洗って、化粧水、美容液、乳液を塗りたくると、その上から日焼け止めを塗ってBBクリームを重ねる。パウダーをはたいてから、急いでリップを塗った。

 今なんて中学ジャージだし、よれよれのTシャツだし、こんな格好で外に出ちゃ駄目だ。

 慌ててキレイめな白いカットソーとロングスカートを引っ張りだし、ずっと雑にシュシュで束ねるだけだった髪をパレッタでハーフアップにセットし直す。本当だったらもうちょっと編み込みたいけど、さすがに時間が足りない。

 財布と鍵を鞄に突っ込むと、急いで戸締まりをして目的のハンバーガー屋まで走り出した。

 スニーカーだし。もっと可愛いサンダル探してこればよかった。髪だってもっときちんとといて、もっと可愛くセットしてこればよかった。

 隙だらけでちっとも可愛くないけれど、ただ可愛い格好だけ披露して、待ち合わせ場所に何時間も待ちぼうけさせて、他の人たちに螢川くんが声をかけられるのはもっと嫌だった。私が急いで辿り着いた先で、のんびりとポテトとハンバーガーを食べながら待っている人が目に留まった。

 スポーツメーカーのロゴの入ったTシャツ、脚の長さを強調させるような細身のデニム。帽子を被っているものの、合宿のせいなのか、最後に出会ったときよりもこんがりと肌が焼けている。

 久々に会った螢川くんと目が合ったとき、ふっと目が細まってこちらに振り返った。


「朝霧さん! 久し振り!」

「ほ、螢川くん、お久し振り……肌焼けたね?」

「あー。一応日焼け止めは塗ってたんだけどな。汗ですごい勢いで流れて、全然追いつかなかったみたいだ。日焼けも火傷の一種だから、あまり体によくないとは注意受けていたけどな。朝霧さんも、ここまで勢いよく走ってきたな?」

「ええっと……そんなことは……」

「いや、大丈夫か? その、肌」

「えっ?」


 私は思わず鞄から手鏡を取り出して、思わず「ギャッ」と悲鳴を上げる。パウダーの量が足りなかったらしく、少し走っただけで噴き出た汗でドロッドロに肌が溶けてしまっていた。見るも無惨な姿に、私は泣きそうになりながらハンカチで顔を押さえる。


「ご、ごめん……恥ずかしいところ見せて」

「いやあ、俺のほうこそごめん……デリカシーが足りなかったな」

「ううん。むしろ教えてもらえてよかった……こんな顔で外出たら、もっとドロドロになってた」

「……それを言ったら朝霧さんは嫌がるかもしれないけど」


 螢川くんはニコリと笑う。


「今日の朝霧さんは、いつにも増して可愛い」

「ふぁい?」

「朝霧さん、なんでもできる人だと思っていたから、やっぱり朝霧さんも人だったんだなと思って安心した」

「そっ、そんなことはありませんけどっ!? 私ほど隙の多い馬鹿はそういませんしっ!?」

「それはいくらなんでも朝霧さんは自分のこと卑下し過ぎだと思うぞ。ガッツがあって、いろんなことに果敢に挑戦できる人は強くて格好いいだろう?」


 螢川くんは、なにをどう食べて生きたらこうも人生肯定BOTみたいな人になるんだろう。私は見た目を褒められたことはそこそこあれども、まるっと私が可愛くなるために努力してきたことを肯定されたことなんてなかった。

 私は照れ照れしながら「褒めても揚げ物くらいしかでませんよ。夏期は出ません。腐るから」と返すと、螢川くんは「秋ナスの頃はもうちょっと気温が落ち着くといいのにな」と返された。

 秋ナスかあ。秋ナスの揚げ物はおいしいね。なにか考えようと思いながら、私もシェイクを頼みに行った。

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