第35話 ライリーに捕まる日

 ルクエルさんが慎重に近づいた扉が、触れることなく勝手に開いた。その瞬間、ルクエルさんが侵入者を蹴り飛ばした。


「行くぞ!」と、節くれだった固い手に引かれた。 

 馬車を飛び出すと、ライリーがうつぶせで倒れている。ルクエルさんは容赦なく踏みつけ、私は思わず避けた。


「こんなに早く見つかるとは……、俺の商会内に国王のスパイがいるな。逃走経路の変更が必要だ。走るぞ!」

 ルクエルさんは難しい顔で、逃走経路を練り直している。とりあえず走って逃げると決めたようだ。平民街を知り尽くしているルクエルさんなら可能なのかもしれない。

 だから私も、心を決めて足を止める。


「ルクエルさん、ありがとうございました」

 手を離して頭を下げる私に、ルクエルさんはうろたえた。

「おいおい、どういう意味だ? これくらいは想定内だ。勝手にビビッて諦めるな」

「諦めていません。逃げるのではなく、戦うことを選択しました」

 ルクエルさんは額に手を置き、今にも雨が降り出しそうな灰色の空を仰ぐ。

「腹を決めたって顔だな。親父にそっくりだ」そう言うと、ルクエルさんは苦く笑った。


 地面で痛みをこらえていたライリーが、思いの外回復早くフラフラしながら立ち上がった。

 広場とは違って、橋の周りには人気が少ない。ライリー以外は視界に入らないけど、すぐそばに騎士が控えていると思って間違いない。


 何とかルクエルさんだけでも逃がしたいけど、可能だろうか……。普通に考えたら無理だ。交渉次第ってことか。


「痛いだろうが! まさか蹴り飛ばされるとは思わなかった」

「今まで周囲を欺いていた国王の犬が! それぐらいで済んだことに感謝しろ!」

 ライリーは怒りも動揺もなく、ただ肩をすくめた。

「その犬が来たんだから、分かるだろう? 王都中に兵士が放たれて、ミレット・ホワクランを探している。逃げられないぞ?」

「犬も国王も、最悪だな!」


 国王と言えど、何を理由に王都中に兵士を放つ? 

「愛するエイミーに似た妹を捕らえろ!」とか? そんなの誰だって引くはずだ……。


「王都中に追手とは、随分大袈裟です。私には何の嫌疑がかけられているのですか?」

「ホワクラン家とカイルには、国家反逆罪の嫌疑がかけられている」とライリーは事もなげに言った。

「カイルと手を組んで、ホワクラン家は国の乗っ取りを企んでいると。自分も王妃も暗殺されかけたと、国王はお怒りだ」

「……クソみてぇな言いがかりじゃねぇか! 俺もお怒りだよ!」

「私もお怒りですよ……。冗談にして欲しいわ……」


 国王は本気だ。本気でカイル様もホワクラン家も潰そうとしている。助けて欲しければ、私を差し出せってことだ。

「冗談には、ならない。陛下は今でもエイミー・ホワクランを心から欲している。見つけた代替品に、仕事そっちのけで夢中になる程にな」


 ゾッとすることに、国王の頭には姉を手に入れることしかない。

 大切な大切な存在だったのに、自分の手で二度と手に入れられなくしてしまった。そうなればなるほど欲するのが人間だ。そこに私が現れたのだから、何が何でもとなりふり構っている余裕なんてない。


「お前のことに関して言えば、陛下に常識は通用しない。代替品を手に入れるためなら、どんなことだってする。心が壊れたって構わないんだよ」

 ライリーは私を見て「むしろ壊れてくれていた方が、扱いやすいと思っているだろうな」と続けた。


「どんだけ危ない奴なんだよ。よくそんな奴の下で働けんな! お前の神経疑うよ!」

「俺もそう思うよ……。でも、この国では国王に睨まれたら生きていけない。カイル様の側にいれば、嫌ってほど分かる」

 そう言って少し悲しそうに笑うライリーに「見張っていたから?」と言うと、「まぁな」と返された。


「とにかく俺と一緒に行くぞ。国境も港も鉄道も見張られている。逃げるのは不可能だ」

 向かい合う私とライリーの間に立ったルクエルさんが、「そんなのは、やってみないと分からない」と野太く笑った。

 二人が睨み合うからピリピリとした空気が流れるけど、それに構っている余裕は私にはない。


「……カイル様は? カイル様は無事よね?」

 一瞬だけ、ライリーの目が泳いだ。嫌な予感しかしなくて、心臓が掴まれたような痛みが広がる。

「……まぁ、生きてるんじゃないか。後は、お前次第だ」

「お前……、本当にクズだな」

 ルクエルさんの正直さに、胸がスッと晴れる。でも……、だからこそ、これ以上は頼れない。


「ルクエルさんには手を出さないで。このまま解放してください。それが一緒に行く条件です」

 ライリーは予想していたのか、あっさりとうなずいた。でも、ルクエルさんはそうはいかない。

「冗談じゃねぇよ! 国王がほえ面をかくのを俺にも見せろ!」と全く話を聞いてくれない。


 私と一緒に行けば、生きて帰れない可能性の方が高い。

 仮に生き残ったとしても、国家反逆罪の仲間として罰せられる。ルクエルさんのためにも、ここで別れることが一番だ。


「言いたいことが、その暗い顔に出てるぞ!」

 いきなりそう言われ、私は慌てて顔を押さえた。

「嬢ちゃんが俺だったらどうする? このままここで『さよなら』できるか?」

 ……それは、無理だ。最後まで付き合う。

「分かったら、ほら行くぞ!」

 ルクエルさんは、力強く私の背中を押した。


「陛下をお待たせしているんだから、時間を取らせんなよ。ほら、さっさと行くぞ」

 私の腕を取ろうとしたライリーの手を、ルクエルさんがはたき落とした。

「お前みたいなクズは触るな!」

「はいはい、クズは触りませんよ。だからこんな役は嫌だったんだよ。宰相が来ればよかったのに」

 ライリーは面倒くさそうにため息をついた。




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読んでいただき、ありがとうございました。

二話(34・35)投稿しています。

あと三話で完結予定です。

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