第30話 ライリーを訴えた?日
「訴えの内容は、私への名誉棄損みたいです……」
「……ライリーは、確かにミレットへの名誉棄損の連続だったわね……」
結構な分厚さの訴状だ。チラッと見ただけでも内容に偽りがないし、私とライリーのやり取りを知っていないと作れない。
この訴状を作れるのは、ライリーだけだ……。
「国王に呼ばれた時に『私が癒着していると密告した人間を訴える』と言ったんです。もちろん時間稼ぎのつもりで。本気じゃないですよ? でも……わざわざ誰かが手続きをしてくれたらしいです」
「国王のスパイって、情報収集だけではなく、結構色々なことをやらされるのね?」
なんて軽口をたたいているエルベラさんだけど、顔色はとても悪い。
エルベラさんがこれだけショックを受けているのだ。十八年も一緒にいるカイル様の気持ちは、想像もつかない……。
「一筋縄ではいかないタイプだと思っていたけど、完全に騙されたわね」
「カイル様を守ると言っていたのは、嘘だったなんて……」
「今まで色んな人の嘘を聞いてきたけど……、これが一番こたえたわ」
同感だ……。
嫌われていても、カイル様の幸せを願う気持ちは同じだと思っていた。何かと嫌な奴だったけど、カイル様ためにここまで怒れる人がいることに、私はホッとしていた。
そのライリーが、カイル様を裏切っていたの? カイル様がライリーに気を許しているのは、見ていれば分かる。それなのに……、カイル様を傷つけないでよ。
同時にため息をついて顔を上げた私たちの前に、分厚い訴状が立ちはだかる。
「どうする、これ? 裁判でライリーにきっちり落とし前つけさせる?」エルベラさんは訴状を指さした。
「訴えは取り下げますよ。こんな面倒なことしないで、ライリーさんに落とし前をつけさせましょう」
エルベラさんはホッとしたように微笑んだ。
「未だかつて経験したことがないくらい搾り上げてやるわ! そのまま私たちに寝返らせてやる!」
訴えを取り下げるために、司法省の窓口まで来てみたけれど……。
「取り下げ? 今更?」
とまぁ、こんな感じで、なかなか受理してもらえない。
「癒着をうやむやにするために身内を売ったのは、みんなが知っているのに……」
嫌味のオンパレードだけど、ここがスタート地点ではない。
特別捜査室の部屋を出た時から、会う人全てから同じような言葉を浴びせられ、厳しい視線をぶつけられている。多分、ゴールはない……。
一緒に来てくれたエルベラさんを巻き込むのが申し訳なくて、適当な理由で戻ってもらおうとしたけど「後輩の分際で気をつかうんじゃない!」と一蹴された。でも、目尻をピクピクさせながら我慢してもらうのは、さすがに心苦しい。
悔しくても顔に出さない。なぜか泣きそうだけど、涙の膜だって許さない! とにかく踏ん張る。
「大体さぁ、今更取り下げたって、お前の評判は変わらないよ」
デレック・モーリス。お前のことは、絶対に忘れない!
心にそう刻んだ時、背後に人の気配がした。
「まぁ、そう言わずに。さっさと手続きしちゃいましょうか。彼女が訴えを取り下げれば、貴方だって仕事が減るでしょう?」
後ろを振り返った私は、多分デレック・モーリスと同じ顔で驚いている。
「用事があって来たら、こんな状況だったのでね。声をかけさせてもらいました」
宰相が? 随分と気さくすぎない?
でも、まぁ、おかげで取り下げの処理が完了したし、感謝しかないです。
「……ありがとうございました。助かりました」
眉が下がったまま微笑む顔は、穏やかそのものだ。三十一歳の国王より三つ上だから、三十四歳……には見えない。四十歳は超えていそうな疲れが見える。
歴代の王家が貴族至上主義だから、この国の貴族はデレック・モーリスのように傲慢で人の足を引っ張ることしか考えていない。
だから宰相のように穏やかな人は、「気弱」とか「無能」と言われてしまうのだ。デレック・モーリスの方が、よっぽど無能だけどね!
「貴方も大変な目にあいましたね」
「残念ながら、過去形じゃないんです」
「確かに……ここからが、正念場でしたね」
「えっ?」
私とエルベラさんの声が重なった。
ここからが、正念場?
まだひと山超えないといけないの? 冗談でしょう?
冗談では、なかった……。
私の癒着について暴き出すために、次の議会ではルクエルさんの証人喚問が予定されているそうだ……。
「法務官ですから分かっていると思いますけど、結末はもう決まっているんです」
既に私と癒着していると、ルクエルさんが証言することは決まっている。他にも街の店主が呼ばれていて、癒着のせいでみかじめ料を払ったと証言することも決まっている。そういうことだ。
悲しいし惨めだけど、出来レースに乗った人たちを責めることはできない。国王と私では、どちらを取るかなんて考えるまでもない。みんなにだって家族がいて生活がある。
大切なものを守るためには、何かを犠牲にしなくてはいけない。私だって今まで周りを犠牲にしてきた。いざ自分が犠牲になったからって怒るのはおかしい。
きつく握り締めた拳が震える。
怒りなのか、悔しさなのか、虚しさなのか、悲しさなのかは分からない。分かるのは表に出したらいけない感情だということだけだ。
「大丈夫ですか?」
恐らく敵であろう宰相に心配されるのも、どうなのだろう……。
不思議な人だなと思う。だからだろうか? つい心の声が漏れた。
「……室長は、どうしていますか?」
正しい答えが返ってくるかなんて分からない。動揺させるようなことを言われるかもしれない。
「相変わらずです」
気負って返事を待っていたのに、これはどう捉えればいいのだろう? ハの字眉毛の宰相の表情が変わらないだけに、理解に苦しむ……。
「国王と睨み合いですよ」
「国王と?」驚きの声を上げたのは、エルベラさんだ。もちろん私も驚いたけど、声が出なかった。
「特別捜査室は国王直属ですからね。本来なら国王が自ら指揮を執りたいところなんですが、カイル様がそれを邪魔しているってことです。部屋の空気なんて、最悪どころか劣悪ですよ?」
宰相がハハハと笑うから冗談なのかと思ったけど、きっと本当なんだろう。
「正直、あそこまで根性のある方だとは思ってもいませんでした。愛は人を変えるってやつですかね?」
「初めて出会った時から、室長は誰よりも強い方です」
「そうですか。どっちが国王に相応しいんですかね……」と呟いた宰相が空を見上げたが、あいにく分厚い灰色が覆う曇り空だ。
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読んでいただき、ありがとうございました。
二話(29・30)投稿しています。
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