第8話 婚約した日
私とカイル様が婚約したのは、今から十六年前だ。澄んだ青空が、とても美しい日だった。
私が十歳で、カイル様が十二歳。婚約したと聞かされた日が初対面という、完璧な政略結婚だ。
カイル様より一つ年上の兄王子は、友好国の証としてナケキルト国の王女と婚約していた。そのため弟王子であるカイル様は、国内の貴族でという話の流れで決まった。
カイル様は国王が外に作った子供で、私たちが婚約をする二年前までは誰も存在すら知らなかった。王族に入れることも揉めたらしいが、そこは国王が押し切ったそうだ。
そんな薄氷の上に立っているも同然のカイル様に利用価値を見出した
だからといって、ここぞとばかりに王位を狙うような家では困る。そこで白羽の矢が立ったのが、私だ。
今でこそそこら辺の国単位では足元にも及ばないほどお金を稼ぐホワクラン家だが、当時は鉄道事業が大大大大赤字で没落の危機さえ見えていた。
それに加えて貴族から距離を置いて鉄道事業にしか興味のない父が、王位なんかを狙うはずがない。だから筆頭公爵家という家名だけで選ばれたのだ。
カイル様に初めて会った日のことは、大切な一生の思い出だ。
優秀で美しい姉の陰に、いつもひっそりと隠れている地味で大人しい妹。それが世間から見た私の印象だった。公爵令嬢としてはまずいとは思いつつ、私はそれを隠そうとも克服しようとも思っていなかった。
私は私。なんて強い意志があったわけじゃない。
自分を変える勇気が、私にはなかっただけ。それに私が変わったところで、姉と比べられて笑われることは変わらない。要は「意味ないな」と思ったのだ。
「実は容姿はよく似た姉妹なのにね……」よく言われすぎて、その後に続く飲み込まれた言葉も分かる。「正反対な性格がそのまま見た目に出ちゃってるのよね……」だ。
みなさんのおっしゃる通りで、私は人見知りで引っ込み思案な陰気。姉は社交的で目立つことが大好きな陽気。見た目もまんまそんな感じだ。
髪も目の色もスタイルも、二人とも同じように母にそっくりなのに、心の持ちようでここまで変わる典型例だった。
幼い頃に母を亡くしているため、そんな私を注意する人もいなかった。父も姉も私の気持ちを尊重して、無理に外に出して社交性を身につけさせようとはしないでくれた。
「ミレットにはミレットのよさがあるわ。周りの空気を読んで細やかな気遣いができることは誇るべきよ!」
「ミレットは勤勉で、学問や領地経営に対して貪欲だ。夫を支えて、この領地をより豊かにできる。興味を持つことが、姉妹で違っただけだ」
姉も父もそう言って、私の好きなようにさせてくれた。
そんな私がまさか王族と結婚するなんて思いもしなかった。王族と結婚するのは、お姉様みたいな華やかな人限定だと思っていたからだ。
初めて会ったカイル様は、澄みきった空色の瞳にくるくると癖のある金髪。物語に出てくる天使だと、私は本気で思った。
あまりの可愛らしさに直視できなくて、「これは結婚なんてできない。同じ場所に立ったらいけない相手だ」と悟った。
早速二人にされた時に、私は勇気を出してカイル様に自分から声をかけた。もちろん顔は見れず、視線は首元の青いリボンだったけど……。
「あの、私、とても地味で、非常につまらないのです。謙遜ではなく王太子殿下から直接言われたくらいですので、カイル殿下のことも苛立たせてしまうと思います」
天使にはもっと相応しい人がいると言いたかった。でも、私ごときが何を言うんだという遠慮もあり、そこまで突っ込んだ発言はできないヘタレぶりを発揮してしまった。
とにかく勇気を振り絞ってそう言ったのだけど、カイル様は「君も兄上に傷つけられたんだね……」と呟いた。
その声が本当に痛そうに聞こえて、私は思わず顔を上げてしまった。
目が合ったカイル様は、悲しそうに笑って「僕の目の色をどう思う?」と言った。
「今日の空のように、とても澄んでいます! ただ、私には眩しすぎます。眩しすぎて目を逸らしたいのに、ずっと見ていたいと思ってしまっていて、欲張りな自分に反省中です」
天使の前で動揺していたにしても、自分でも何を言っているのだと頭が痛くなった。
私以上に困ったのがカイル様だ。
初対面の相手に予想外の発言を聞かされ、何度も瞬きをしていた。おかげで私は、視線を空色の目からリボンに逸らすことに成功した。
「王族の碧眼は灰色がかった碧なのに対し、僕はこの通り明るい空色だ。まがい物の王子と呼ばれていて、王城での立場は酷く弱い。婿入りしても、ホワクラン家に迷惑をかける。だが、僕には拒否する力もない。申し訳ない」
何が……、起きている?
青いリボンを見ていたはずの私の目には、ふわふわの金髪が揺れる後頭部が映った。
カイル様が私に頭を下げたのだ……。天使が私に頭を下げた? 天変地異だ。
私は焦った。そして十歳の子供だ。それも、人見知りで家族以外とほぼ交流していない。令嬢とはいえ、対人スキルはゼロに等しい子供だ。「おやめください!」とか「顔を上げてください」なんて気の利いた言葉は全く思い浮かばなかった。
私にできたことといえば、極上の肌触りであるカイル様の白い額を、両手で押し上げることだけ。
こんな異常事態は初体験で、多分無意識のうちに半泣きだった。だからなのか、カイル様はすぐに顔を上げてくれた。
「ごめんね。勝手に婚約者を押し付けられて、その相手から迷惑をかけるけど断れないんだって言われたら困るよね」
「困る? 困るのかな? やっぱり困ります!」
「……そうだよね、ごめんね……」
「何で、謝る?」
「えっ?」
「だって、別世界に住む天使だと思っていた殿下が、急に同じ世界にやってきた気がするんです」
「て、んし……?」
誰が見ても分かる。私はパニック状態だった。何を言っているのか自分でも分からないほどに、支離滅裂だった。
こんなに優しくて美しい人が、私なんかに気をつかって頭を下げるのは止めなくては! と子供心に思った。
ホワクラン家の令嬢なのに、姉でなくて私という外れくじを引いたのはカイル様だ。カイル様は王子様なのに、それを断れない。謝るべきなのは私なのに、どうしてカイル様が謝るのか意味が分からなかった。
この時にはもう、カイル様に惹かれていたのだと思う。もしかしたらひとめ惚れだったのかもしれない。畏れ多いことに、私はとんでもないレベルの面食いだったのだ……。
「普段は初対面の相手となんて、緊張して話どころか目も合わせられないんです。殿下はとても話しやすいので調子に乗ってしまいました。気分を害してしまい、申し訳ありません」
「気分なんて害してないよ。人と話していてこんなに楽しいのは初めてで、僕も驚いている」
「それは……、私たちは気が合うってことでしょうか!」
人慣れしていないというのは、恐ろしい……。我ながら勢いが良すぎたと思う。でも、カイル様は私を突き離したりしなかった。
「そうだと、僕は嬉しい」そう言って微笑むカイル様を見て、鼻血を噴くこともなく、ぶっ倒れることもなく、ただへなへなと地面に崩れ落ちるにとどまった私は立派だったと思う。
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読んでいただき、ありがとうございました。
二話(7・8)投稿しています。
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