三十話 二つの怪しい影

「はっはぁー! 魔法使いがうじゃうじゃいやがるぜ!」


「少し黙るんだネ」


 黒いローブに身を包んだ男二人が、街中を闊歩している。

 一人は全身が筋肉にできており、目つきは、猛獣ですら怖気付いてしまいそうなほど鋭い。

 派手な装飾が施された大剣を背負い、豪快に笑う大柄な男の横で、軽蔑の眼差しを向ける小柄な男が肩を竦める。


「確認しておくけど、ここへ来た目的は盾の回収。もし君が身勝手な行動でもしたら、その時は君を殺すネ」


「ははっ! そりゃあいいなぁ! フリッツと本気で殺し合いをするのも悪くない!」


 周りの目を気にする様子もなく、大声で物騒なことを口にする大柄な男に、小柄な男――フリッツはため息しか出なかった。

 この男はいつもそうだ。組織の利益より、自分が楽しいか否か、それだけで行動する野郎なのだ。


「はぁ、いいよ、もう。理由が何であろう、君が僕たちに着いてきてくれた事自体奇跡のようなものだからネ」


「よく分かってんじゃねぇか! 俺は盾なんざどうだっていい! 俺の目的は魔法大学一の天才を見に来ただけだからな!」


「君らしい理由ネ」




 ***




「ソ、ソラ、様……その……」


「だから、様ってのやめてくれねぇか……」


「ひ、ひいぃぃ、こ、殺さないでくださいぃぃぃ」


「殺さねぇよ!」


 輝空が龍の半身であると知ってからというもの、マルクスは輝空に怯えるようになった。

 元々人見知りなマルクスだが、それがより顕著に現れるようになり、今はまともにコミュニケーションをとることも難しくなった。


「はぁ、これからは絶対に龍の半身だなんて言わないようにしよ……いや、今回も俺が言ったんじゃないけど……アルクも、口を滑らせないでくれよ」


「あ、う、うん」


「――?」


 アルクは頬杖をついて、どこか上の空で輝空の話を聞いている。

 昨日のことで、アルクはまだ気にしているのだろうか。


「ディアナのこと、まだ気にしてんのか?」


 アルクは曖昧に「うん」と答え、沈痛な面持ちを浮かべながら目線を下に落とす。


「あれだけ言われたってのに、懲りねぇやつだな」


「俺はディアナの心を読むことは出来ないからなんとも言えないけど……本気で言ってるようには見えなかったんだ」


「そうかね……俺には超どストレートに言ってた気がするけど」


「ディ、ディアナさんって、少し前に学校辞めた、方ですか?」


 今まで震えていたマルクスがピタリと体を止め、輝空達に問いかけた。


「へぇ、あいつやっぱ辞めてたのか……マルクスはあいつと同級生?」


「は、はい……一応、そうです」


 そう答えると、マルクスは頬を染めて指をモジモジとしている。

 反応からして、マルクスはディアナのことが好きなのだろう。

 気持ちは分からないでもない。確かにディアナの美貌は、目を引くものがある。その上、スタイルもいいと来たものだ。あの性格さえなければ完璧だ。


「学校でのディアナはどんな感じだった?」


 学校での様子を聞くと、マルクスは間を開けず、いつになく生き生きとした声で答えた。


「がっ、学校では寡黙な方で、でもすごい優秀な人、でした。僕がどれだけ勉強しても、ディアナさんにはいつも負けてしまいました……そ、それくらい優秀な人で……」


「話したことはある?」


「め、めめ滅相もございません……僕如きがとても話せるような人では……」


 マルクスの中のディアナは優秀な生徒、という印象なのだろうが輝空からすれば違う。それも、昨日のことがあってこそのものだが。

 雑談をしながら輝空は書く手を止めることなく、ひたすら同じ文字を殴り書きする。かなりこの世界の文字も覚えてきた。簡単な文章くらいなら書けそうだ。

 そしてアルクはいずれにしても、明後日の方向を見ていて意識はこちらにない。


「――」


 アルクは不意に目を瞑り始める。傍から見れば瞑想でもしているようだ。

 しばらく目を瞑ったかと思えば、また目を見開き、そして椅子から立ち上がる。

 何やら様子がおかしい。呼吸が荒く、額から冷や汗が落ちている。


「急にどうしたんだよアルク」


「ディアナが……ディアナが危ない!」


 声を荒らげて、いつも以上に焦った様子だ。


「お、おい落ち着けって」


「ディアナさんが、どうか、なされたのですか?」


 二人の問いかけなどお構い無しに、どこかへ向かおうとするアルクの手を輝空が掴む。

 その手はじんわりと湿っていて、本当に焦っているのだと分かる。


「ディアナに何があったんだよ」


「あいつだよ! 俺たちを襲ったあいつが、ディアナのところにいやがる!」


「――は?」


 全身から力が抜け、輝空はその場で立ち尽くした。


 ――どうして、どうしてあいつが。


 以前輝空とアルクは龍派死滅聖教と呼ばれる組織に襲われた。

 アルクの言っているあいつとは、龍派死滅聖教の中でも幹部らしき男のことだろう。


「とにかく俺はディアナの所へ行く! ソラはどうする?」


「あぁ、先に言っといてくれ。場所はどこだ?」


「昨日の森だよ」


 アルクはそう告げると、図書館の中を駆け抜けて行った。

 状況が理解できないマルクスは、輝空の後ろであたふたとしている。


「ソ、ソラ様……」


 輝空は今の状況を整理するのにいっぱいで、マルクスの声など耳に入らなかった。

 ディアナが襲われた理由。ディアナの家には龍神の盾という神器がある。盾は結界で護られていて、ディアナの父親以外はその結界を解くことが出来ない。


 ――そのことを知らないならディアナを襲う理由は分かる。でもなんだこの違和感は。


 話の辻褄は合うが、どうも輝空は腑に落ちない。


「いや、あれは単なる偶然の可能性が……でも、奴らと関係があるなら、賭けてみる価値はある」


 輝空の中に残る違和感。ついこの間ディアナが言っていた――ということだ。

 関係ないかもしれないが、今はそんなことを考えている暇は無い。


「マルクス! ミネルヴァ先生と一緒にディアナの家に向かってくれないか」


「ぼ、僕も、ですか?」


「あぁ、そうだ。俺はアルクの後を追う。頼むマルクス。今はお前しか頼れる人がいないんだ」


 マルクスがこくこくと頷くと、早足で輝空のもとを離れた。


「待ってろよ、ディアナ。絶対俺たちが助けてやる」


 そう言って、輝空は図書館を後にした。

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