二十四話 慌てふためくお母様

 輝空は奇妙な感覚を味わった。

 ディアナがフードを被っていた、という事実を何故だか認識出来なかった。それなのに、ディアナはフードを被っていてそれを今脱いだのだ。

 頭で整理しようにも理解が追いつかず、頭が痛くなる。


「認識を撹乱させる魔法が編み込まれていたローブを着用しているというのに……あなたはどうしてその影響を受けないのですか? それに去り際に忘却魔法で私の容姿に関する情報をかき消していたはずですが」


「確かにあんたの顔は全然思い出せなかったよ。でもあんたを鼻で覚えていたから、何とか見つけることが出来たんだ」


「犬か何かですかあなたは……あと、私には『ディアナ』という他の名前が霞んでしまうくらいには美しく、素晴らしい名前をお母様から頂いたのです。しっかりと名前で呼んでください」


 ディアナは饒舌に語り、他二人を困惑させていく。

 ピクリとも動かない表情は、やはり不気味だ。まるで人形のようである。


「それはいいとして、あなた方には私の家に来てもらいます。是非とも、持って頂きたい物がありますので」


 淡々と告げたあと、二人は曖昧に相槌を打った。

 話があちらこちらに飛んでいくので、置いてかれ気味な二人。それをものともせず、ディアナは足早に歩を進めた。




 ***




 想像以上に立派で、外観は周囲より少し大きな家、という印象であるが、驚くべきはその内装だ。

 以前、輝空はイリジア王国の王宮で寝泊まりしていた。そこは繊細で豪奢な装飾が施された壁や天井、庶民では手が出せない値段であろうシャンデリア。そして時々絵画が飾られている。

 庶民とは暮らしの質が桁違いであった王宮だが、ディアナの家は王宮の内装と負けずとも劣らない。言うなれば、王宮の内装をそのまま小さくした形が、今のディアナ宅である。

 感心して内装を見回すアルクと輝空を、ディアナは冷たい目で見ている。


「そんなに私の家が不思議ですか」


「いや、王宮の内装に似てるなって思っただけだよ」


「あなた、王宮に住んでいたのですか?」


「十日間だけだが、そりゃあもう大きいってもんじゃねぇ」


 王宮について詳しく説明してやると言っても、ディアナは「結構です」と言って一蹴する。

 あまりに即答すぎたので肩を落とした。ステリアやハーラルトとの日々を共有したいものだ。

 落ち込む輝空を宥める様子もない。見下したような冷ややかな目を向けるばかりだ。


「私は談笑をするつもりはありませんので、早速本題へ移ろうと思います」


 輝空が息を呑むと、表情筋がまるでないディアナは声色を変えずに喋り続けた。


「龍神の盾を、お二人には持って行って頂きたいのです」


 輝空は目を見開いて立ち上がる。

 龍神の盾――もとい四種の神器の一つをディアナ達が所持していたのだ。当然に貰わなければいけない。

 アルクはなんの事だか分かっていない様子で、首を傾げていた。


「もちろん貰っていく。ははっ、まさか君が持っていたなんて」


「龍神の盾ってのは、何か大事なもの?」


「あぁ、当たり前だ。これがなきゃ龍のところに行っても意味が無いって話だ……ってこれ前にも言ったよな」


「そうだったっけ? 覚えてないや」


 旅の途中で伝えたつもりだったのだが、アルクの頭には四種の神器の話は頭の片隅にすら残っていないらしい。

 不思議でも何でもないので、輝空は驚きはしなかった。


「では早速ご案内させて……」


「あら、お客さんかしら?」


 背後から女の声が聞こえ、輝空とアルクは座ったまま振り向いた。

 桃色の長髪に、ディアナの睨らむような桃色の瞳を綻ばせ、少しだけ歳を重ねれば、ディアナとほぼ同じ顔にできる。

 その滲み出る性格の良さを声に乗せ、輝空とアルクの顔を交互に見つめた。

 

「おかえりなさい、お母様」


 お母様と呼ばれたその女は、優しく微笑みながら「ただいま」と返す。


「そちらのお二方は?」


「……」


 ろくに名前も聞いていなかったので、ディアナはそのまま押し黙る。

 輝空は苦笑い混じりに、自己紹介をした。


「俺は、辰谷輝空です。こっちのやつがアルクで、アルクは俺の友達です」


「どうも」とアルクは軽く挨拶をした。


「ディアナの母です。お二人は、ディアナの大学でのお友達?」


 にこやかに質問をして、輝空が答えようとするも、強引に横から遮られた。


「友達では無いですし、お二人はマキア魔法大学の生徒でも何でもありません」


「あら、そう……」


 不機嫌そうにディアナは告げると、首を傾げ再び二人を交互に見る。

 これには反応に困る。ディアナが嘘でも友達だと言えばよかった話なのだが。

 ディアナは何かと、こちらを敵対視している。

 アルクに負けて悔しい、とそんな話では無い。単純に二人を嫌っている様子だ。

 中でも輝空は特に酷い。ディアナ宅に行く途中、話しかけても無視される始末だ。

 二人を見るディアナ母が、突然目を見開いて絶句する。そして、口元を手で隠しながら震わせた声で言う。


「もしやソラさん、龍神の盾を……?」


「あ、あはは、一応、そうです……」


 再び絶句して、声すら出ていなかった。

 輝空はこういった際に、どう反応すれば良いのか分からない。

 ここで別に「はっはーぁ! 如何にも、この俺が龍に選ばれし者だ!」と威張ってもこの世界の人間からすれば何らおかしい事では無いのだろう。

 しかし、輝空は龍に選ばれた事を誇りに思ったことは無い。寧ろ不幸だと思っているくらいだ。


「そういう事でしたら早くお伝えくださいませ!」


 頭を深々と下げて輝空に謝罪を口にした。

 ディアナから鋭い眼光の気配がしたので、ディアナ母には早く顔を上げてもらった。

 顔を上げたディアナ母は、顔を青ざめさせて声のトーンを張り上げて言う。


「お茶も出していないのディアナ!? ソラ様、どうか娘の御無礼をお許しください……」


「あ、頭を上げてくだっ――」


「お母様、そんなことで頭を下げないでください」


「何を言っているの!? ソラ様は、あの龍神様に選ばれたお方なのよ!? あなたからも謝りなさい」


 ディアナは苦い顔をして、唇を噛む。やがて、絞り出したようなか細い声を出した。


「申し訳ありません」


 輝空はもう、どうすればいいのか分からない。ずっと情けない声を出しては、引っ込めてを繰り返していた。

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