二十一話 無双とはこのこと。

 ――昨日は散々な目にあった。

 大会の受付を済ませた後、輝空とアルクは東会場付近の宿を探しに向かった。

 大会の受付場所から東会場までの距離は長く、気がつけば日が落ちていた。そのせいか、宿はどこも空いていなかったのだ。

 幸いにも一部屋だけ空いている宿を見つけることはできたが、とても人間が寝泊まりできる環境ではなかったという。

 環境が変わると寝付きが悪くなる輝空は、そのまま一睡も出来ずに今に至る。


「あぁ、頭痛てぇ」


 欠伸をしながらそうつぶやくと、虚ろな目で試合会場を見回す。

 東会場、ここはいわゆる闘技場と同じだ。

 選手は真ん中で試合をして、客はその周りを囲んでいる状態である。

 客はそこそこいるが、満席という程の数ではない。


「結局ナイフは買えなかったし。アルクのことだから素手でも対抗できるだろうけど」


 宿に着いたあと、アルクは気絶したように眠った。それもあって戦闘用のナイフを買いに行くことをやめたのだ。

 試合直前でそのことに気がついたアルクは、元々所持していたテーブルナイフで代用したが、これがまた切れ味の悪い。


 そんな不安も抱えながら、今この瞬間に一回戦が幕を開ける。

 アルクの初戦の相手は三十代半ばの男性だ。

 これといった特徴はなく、剣を使って戦うスタイルであることは分かる。


「まだガキの癖にこの大会に出る度胸だけは認めてやるが、ここで俺様と当たった以上、初戦敗退は言うまでもないな」


 アルクが自分より年下であることをいいことに、見下した態度を崩さない敵に対し、アルクは軽く一蹴する。


「おじさんじゃ俺に勝てないよ」


「お、おじさんだとぉ!? 俺はまだ三十代だごらぁ!」


 アルクに殺意を向け走り出す。

 無表情で立ち尽くすアルクは、男が走っている姿を眺めるだけで何もしない。

 戦意喪失――観客の誰もがそう感じた時、既に勝負はついていた。

 アルクの拳が男のみぞおちに直撃、男は倒れ込んで悶え苦しむ。

 呆気にとられ言葉を失っていた観客だったが、数秒も経てば歓声が上がる。

 

 ――アルクは一分も経たずに初戦を突破したのだった。




 ***




 輝空の知っている俺TUEEEE系主人公とは、この事だろう。

 一発拳を突き出せば試合は終了。その度に歓声が上がる。

 アルクは既に決勝戦への切符を手に入れ、今は他の人の試合が行われている最中だ。


「さすがアルク! 私の目に狂いはなかったわ!」


 隣に座っているカーラという女は、土地勘のない輝空とアルクを手助けしてくれた二人組の中の一人だ。

 もう一人、カーラ、アルクと来てその横に座っているのがヴィリップという男だ。


「俺の見込んだ男でもあるな!」


「あなた、都合が良すぎるわよ」


 冷ややかな目でヴィリップを見つめるカーラに、アルクは苦笑いを隠せない。

 見事な手のひら返しだ。アルクは気にしている素振りは見せていないが、輝空からしてみればいい気分では無い。友達を軽んじられている気がしてならないからである。

 輝空はそんな怒りとも言えぬ不快感を覚えつつも、そっと心の中でとどめる。借りにも恩があるのだから、それを仇で返すような真似はしたくない。


「そ、それよりさ、あの試合もしっかり見とこうぜ。なんてたってあのエメリックって男は、前回大会で準優勝したらしいぜ」


「準優勝、か。それは戦ってみたいな」


「今エメリックと戦ってる子も、初めて見たけどすごい活躍よね。今まで一歩動かずに勝ってるんだもの」


 東会場の中でもずば抜けて強いのが、アルク含め三人。エメリック、ディアナの二人。無論、どちらも傷を負うどころかディアナに至っては汚れ一つ付いていない。

 エメリックは相手を探りながら確実に勝ちを取りに行く戦い方で、ディアナは問答無用で魔法を打ち込む。戦い方はアルクと似ているだろう。

 ガヤガヤとした空気の中から突如鐘の音が鳴る。試合開始の合図だ。


「始まったぞ!」


 ヴィリップは感情を高ぶらせて言う。目当てはエメリックなのだろうか。

 一方で、アルクは真剣な面持ちで試合を見ていた。




 ***




 試合開始の鐘が、闘技場内全体に響き渡る。

 目の前に立っている若い男、エメリックは嘲笑してこちらを見ている。

 フードを被った小柄な少女、それだけで舐められていることは分かる。今まで、何度も経験したことがある。


「子猫ちゃんがこんなところ迷い込んじゃってどうちたんでちゅか?」


 赤ちゃん言葉で話しかけてくるエメリックに軽い苛立ちを覚える。

 何とか深呼吸で持ち堪える。危うく氷魔法で串刺しにしてしまいそうな気分であった。


「あらら、無視かい? 悲しいねぇ、僕は子猫ちゃんとお話をしたいだけなのに」


 途端冷酷な顔に変わる。そして、声色を低くして言った。


「どうやら、お仕置きが必要なようだ」


 そう言って詠唱を唱え、両手を広げ白いドロっとした液体を手から出す。

 止まらず出続けるそれは、ディアナの足元まで近づいて来た。


 ――これは、固有魔法?

 

 ディアナは思わず自分の周りの地面だけを高くして、白い液体から退く。


「終わりだよ、子猫ちゃん!」


 広げていた手を上にあげると、白い液体は火柱の如くディアナに襲いかかる。

 凄まじい速度で向かってくる液体に、ディアナは臆することなく手をかざす。


 勝利を確信したエメリックは笑みを浮かべる。

 ゆっくりとディアナを取り巻く液体が地に落ちていく。露わになるのはディアナが瀕死状態になった状態――否、ディアナの体には特に何も起きていなかった。


「――な、何故だ!?」


 ディアナは掌をエメリックに向ける。何が起こるのか、驚いた様子でディアナを見上げるエメリック。


「ぐはっ!」


 訳も分からずに体を吹き飛ばされるエメリックは、自身の液体に呑まれる。

 ゆっくりと沈んでいくエメリックに意識は無い。


 その瞬間、ディアナの決勝戦進出は確定していた。

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