十六話 孤独に勝てた理由

「ソラ、ちょっと驚きすぎじゃない?」


「いやいや、驚くでしょうが! ドミトスさんがりょっ、領主って……え!?」


 ドミトスは側で笑うしか無かったようだ。


「だって司教かつ領主ってことでしょ? あれ、俺もしかしてすっげぇ失礼な態度取ってました? ド、ドミトスさん、お金ならいくらでも……今ある分全て払うので、どうか俺を牢屋に入れるのだけはご勘弁ください……」


「何を言っているんですかソラ様。牢屋に入れるのはソラ様ではなく、アルクの方ですよ」


「あぁ、そうでしたか。それなら納得です」


「俺はまだ牢屋に入りたくない!」


「数々のソラ様に対する無礼な態度、とても見過ごせるようなものでもないよ。アルク、大人しく自首しなさい」


「嫌だ……俺はまだ……」


 ドミトスと輝空はただの茶番のつもりであったが、どうやらアルクは本気で牢屋に入れられると勘違いしているらしい。

 泣き始めそうになるアルクを、ドミトスと輝空必死に宥め、何とかこの場を落ち着かせることに成功した。


 ――少ししてから、ドミトスはアルクにお茶を差し出した。

 差し出されたお茶を一瞬にして飲み干し、アルクは不満をあらわにしている。

 どうやらドミトスと輝空の茶番に相当苛立っているようだ。ドミトスと輝空が何度謝ってもムスッとしている。

 しかし、それ以上にどこかアルクは浮かない顔をしている。それを見逃さなかったのはドミトスだった。


「目覚めがあまりよくなかったみたいだね」


「二人のせいだよ」


「それとは別の話。アルク、何か悪い夢でも見たのかい?」


「悪い夢、ってほどでもなかったけど……父さんと母さんの夢を見たんだ」


「父さんと母さん、か」


 うなされていた、と言うには程遠いが、ここへ来た時点でアルクが両親を呼ぶことはあった。

 確かに、いい夢を見ているようには見えなかった。

 そしてドミトスは、ゆっくりと口を開いた。


「そろそろ、アルクに謝罪をしなければならないことがある」


「俺に……?」


「あぁそうだ。アルクの父、アレスについてだ」


 先程の和やかな空気とは反対に、張り詰めた空気が流れる。

 輝空は息を呑んで、その様子をじっと見守る。


「アレスとは、別れ際に少々仲違いを起こしてしまってな。それからというもの、アレスがこの街に姿を見せることはなかった」


「……」


「アルクとアレスを引き離してしまった原因の一つを、私が作ってしまった。本当に申し訳ない」


 深々と頭を下げ、アルクに謝罪をする。

 それは長年溜め込んできた物を全て放出したように、声は震えながらも力強い。

 アルクは深々と謝罪をするドミトスを、目を細めじっと見続ける。

 そこには複雑な気持ちも入り交じっている。

 今まで自分を気にかけてくれたドミトス、そしてそのドミトスは自分と父親を引き離した原因の一つを作ったという事実。

 葛藤があった。苦難があった。寂しさがあった。そして何より、孤独だった。

 両親の記憶が残っていたからこそ、その孤独はアルクには重く、大きい。

 ここでアルクが許そうが許すまいが、ドミトスは何も言わないだろう。


「どうして俺に、謝罪なんかするんだよ」


「――」


「俺は、じいちゃんがいたからこそ、孤独を乗り越えられた。だから謝罪なんてしないでくれ! 顔を、上げてくれ……」


 瞳に溜めていた粒が、ついに流れ落ちた。

 ドミトスも顔を上げて、咽び泣くアルクを見る。そしてそっと、アルクの頭に手を置いた。





 ――――――――――――――――――――――――






「申し訳ありません、ソラ様がおられるというのにアルクと長々と……」


「全然大丈夫ですって! いやぁ、アルクが涙を流すところは俺もうるっときましたよ」


「恥ずかしいから言わないで……」


 アルクは照れくさそうに口を尖らせる。

 今回ばかりは、輝空の冗談にも受け流す余裕があるみたいだ。


 そんな和やかな空気に包まれながらも、輝空は遮って輝空にアルクに尋ねる。


「それで、アルク。俺と旅に出る気になったか?」


 唐突に問いかけると、アルクは一旦考える。そして、ドミトスの視線を向ける。

 まだ迷いがあるのか、アルクの目はなんとも弱々しい印象を受ける。

 一方でドミトスと言えば、余裕がある。アルクの訴えは口に出さずとも分かったのだろう。


「私に答えを求めようとするもんじゃない。これは、アルク自身の問題だ」


「分かってるよ。でももしこの街に何かあったらと考えると……」


「街の心配はしなくていい。私が領主として責任をもってこの街を守る」


「……そうだよな。俺、領主のじいちゃんを信じてみるよ」


「もしやアルクくん! 来てるくれるのか!」


「俺もいつか、世界を見てみたいと思ってたところだからな」


 言葉では喜びを表現出来ないので、輝空は行動で喜びを表す。

 激しい動きと奇妙な動きが上手い具合に混ざり、輝空以外の二人はキョトンとしている。


「そうとなれば早速出発だ! 俺がいるとこの街が危険にさらされ兼ねねぇ」


「もう行くの? まだ心の準備ができてないんだけど……それに別れの挨拶くらいさせてくれよ」


「もちろんそのつもりだぞ」


 胸を撫で下ろすアルクは早速支度を始める。

 あまりに気が早い二人にドミトスは置いてかれ気味だった。


 ――家に帰る支度は終えて、二人は教会の外へと出てきた。

 二人に着いてきたドミトスは、最後に二人に別れの言葉を告げる。


「アルク、旅に出る前に必ずあの錆びた剣を持って行きなさい」


「良いけど、あんな剣持って行ってどうするんだ?」


「いずれ分かるよ」


 腑に落ちないアルクだったが、特に咎めることはなかった。


「ソラ様、道中くれぐれもお気を付けて」


「はい!」


「領主のじいちゃんこそ、長生きしなよ」


「言われなくてもそうするつもりだ」


 二人は掛け合いだけをして、アルクは踵を返す。

 そして輝空とアルクは歩を進める。ドミトスは二人の背中かが見えなくなるまで見送った。

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