第16話 締結と会食②

僭越ながら、と前置きしレオナルドは口を開いた。

「私もまずは前王が重宝していたものは――処罰はどうであれ――一時的に重役からは外します」

「何故?」

「理由は2つありまして。まず民の視点から言うと、前王とその周りにいた者に対する不満は募っているはずです。民はきっと前王の悪手で戦争を引き延ばしたと思い込んでいますから。亡き前王の意志を踏襲する者たちを引き続き新王が重宝する。これをすると民は「前王と同じか」と失望します。最悪の場合、内乱になります」

「ふむ」

「次に王の視点から考えますと、王宮にいる者で誰が味方で誰が敵なのか把握するためです。表面上は新王に従うふりをして寝首を掻こうとする者がいるかもしれない。その見極めもありますし……」

レオナルドは言葉を切って、ファン=マリオンを見た後、セドリックにイタズラっぽい笑みを投げかけた。

「先程ファン=マリオン卿がおっしゃったように、重鎮たちがいなければ本当に国が回らなくなるか試してみたくありませんか?

でも、きっとセドリック王でしたら穏便に物事に対応されると思うので、こんなことはお考えにはならないと思いますが、私は気が短い方でして。

……少なくとも私なら他国の王子がいる前でセドリック王のことを「殿」呼ばわりするような臣下は今ここで真っ先に処罰しています」

「なっ……!?」


レオナルドの言葉に目を剥いたのはファン=マリオン卿だった。

そしてそんな彼を横目にセドリックは愉快そうに声を上げて笑う。

どうやらレオナルドの回答は、セドリックを満足させたようだ。

レオナルドはセドリックの笑い声しかしない静まり返った会食場で涼しい顔をして温くなった蒸留酒に口をつけた。


「そうだな。レオナルド王子の言い分はもっともだ。ファン=マリオン卿、退出しなさい」

「なんだって!?」

セドリックの命にファン=マリオンは立ち上がり怒りを露わにする。

「私がどれだけ!……どれだけこの国に尽くしてきたと思っているんだ!」

バンッとテーブルを叩き、皿が宙に浮いてガチャンと音を立てる。


辺りがシーンと静まりかえる。更にファン=マリオンは自分がどれだけ国に貢献しているかまくし立てる。

レオナルドは内心嘆息する。他の者も同じ気持ちであろう。


――ルトニア国が中々戦争を終わらせなかった原因の一つはこの者だと。――


無能な者を重宝していた前王や王太子はもう既に亡い。セドリックは家柄でなく能力で人を登用するタイプだ。

後ろ盾は既に無いのに、気づいていないのは本人だけだ。

彼に注がれる冷ややかな視線がどんな意味を持っているのか考えもつかないのだから。


セドリックは黙って手を挙げた。部屋の隅に控えていた警備兵2人が素早くマリオンを取り押さえ、退出させようとする。

「ふざけるな!離せっ!私を誰だと思っている!!」

この場に及んでまだふざけた事を口にするマリオンにセドリックは呆れたように声を出した。

「一貴族にすぎない貴殿が王より上だと申すのか?」

「ぐぅ……」

さすがに言葉を無くしたマリオンにセドリックは尚も言葉を重ねた。

「他国の王子、それも今後友好関係を結ぼうと誓った国の前で見苦しい言葉を放った罪は重い。その一言で再び戦争の火蓋が切られた際、貴方の命一つでは到底まかないきれない程多くの民が命の危険に晒される。国益を失っていることがわからない者はこの場に相応しくない」

連れて行け、とセドリックが厳しく言い放ち、まだ何か喚いているファン=マリオンは強引に部屋から退出していった。



嫌な沈黙が降りる中、最初に口を開いたのはセドリックだった。

「騒がしくして申し訳ない。先程の者は早急に処罰をする。この場に免じて水に流し、末永い友好国として付き合いをお願いしたい」

セドリックの思惑が手に取るように予見できるレオナルドにとっては白々しいとも思えるやり取り。

だが、上流階級は往々にして回りくどい会話が必要となる。

馬鹿らしいという気持ちを隠し、レオナルドも首を横に振り、新王に詫びる。

「いえ、王が謝ることはございません。私も彼の立場を考えず少々過激なことを申し上げ、失礼いたしました。皆様も楽しいお食事の雰囲気を壊してしまい申し訳ございません」

異国の王子から丁重に頭を下げられ、慌てるルトニア貴族たちだが同時にホッとした雰囲気を取り戻す。

「ならば仕切り直しだ。皆、グラスを掲げよ。……乾杯」

タイミングを見計らったセドリックの機転で再び和やかな食事がはじまる。

一言二言穏やかにレオナルドと言葉を交わしていたセドリックは、意地悪そうに口を開いた。


「レオナルド王子、君は見た目は穏やかそうだが、中身は過激だな。さすが傭兵としてマルーンに潜入する度胸の持ち主だ」

予想外にストレートな物言いだ。

セドリックはレオナルドに「忍び込んでいるのは知っていた」と言ってきたのだ。

セドリックの打ってきたジャブにレオナルドは一瞬迷う。


サラッと受け流すかしらばくれるか。

考えた末、レオナルドは開き直ることにした。

「目立った外見をしているためすぐに見つかると思ったのですが、堂々としていると逆に指摘されないものですね。おかげで色々と調べることが出来ました」

ニコリとするレオナルドだが、セドリックを除いた周りの人は凍りつく。

セドリックも同じような笑みを浮かべて応酬する。

「調べられても困ることはなかったものでね。そのまま我が国の傭兵として働かないかね」

「申し訳ございませんがお断り致します。私はアタナス帝国の王子としての任がありますし。もっとも……」

緊張した様子の人々を横目に、レオナルドは言葉を続けた。

「従来気が短いものですから、重要な任には就けないのですが。でも、たまには短気も役に立つのだと先程実感致しました」

「と、いうと?」

「ファン=マリオン卿の噂はこちらも把握しておりましたし、簡単に罰せれない身分でもありました。先程のやり取りでセドリック王は彼に堂々と処罰を与えられる。こういう使い方をするとき、王族の肩書は便利なものですね」


沈黙の後、セドリックは豪快に吹き出した。声を上げて笑うセドリックはよっぽど珍しいのだろう。

周りの者がギョッとした顔で王をみる。

セドリックはというと、満足するまで笑うとレオナルドに向き合って右手を差し出した。

「レオナルド王子は面白いな。ぜひ君とも友好を深めたいものだ」

レオナルドは差し出された手を握る。

「こちらこそ。ただし、お手柔らかに頼みます。私はでしかありませんから」

自分をわざと揶揄する言葉を放つレオナルドに再びセドリックが吹き出したのは、言うまでもなかった。

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