槍の又左
紅槍が私へと突き付けられる。いや、正確に述べるなら、槍の持ち手が私へと向けられていた。
「ほら、早く掴みなさいな」
「どういうこと? たけおね……ええと、又左さん」
「ハンデに決まっていますわ。貴女のような小娘が、同条件でわたくしに勝てるとでも?」
私が槍を掴むと、又左は背を向け竹藪の前へ立った。
手刀が煌めく。その手には竹槍が握られていた。手で竹を?
「貴女に渡した槍は我が家の家宝、世に並ぶ物なき名槍ですわ。対してわたくしはただの竹槍……ええ、しかし、それでもわたくしが圧倒的に有利ですわね」
又左の言う通りだ。全くもって勝てる気がしない。
彼女が何を考えているかも分からないが、少なくとも本気の構えだ。であれば戦う他にない。
「その手刀だけでも勝てるんじゃないかなぁ」
「けれど、手が汚れてしまうでしょう?」
軽口を叩き己を鼓舞する。槍は少々重いが、言葉通りに名槍だ。これを握って竹槍に勝てないなら、この先何にも勝てないと思わせる力があった。
「たぁぁぁあっ!!」
全身のばねを駆動させ、最速で突きを放つ。そのまま槍の重さを利用し、穂先と石突の双方を使い棒術のように連続で攻め立てる。ああ、全てが効かなかった。
又左はこちらの動きをただ真似ているように見えた。そして彼女の竹槍がこちらの槍に触れると、ただそれだけでこちらの攻撃が逸れてしまうのだ。
技量に、スキルに、天と地ほどの差がある。こんなの――
「勝てるわけがない、と思いましたか? 天下に轟くのでしょう、格上と戦わねばならぬことなど何度もあるはずです。得意分野ですら相手に上回られたなら、他の方法を探りなさい」
「今やろうと思ってたとこだよっ」
突きでも斬撃でもなく槍を横に構えてチャージをかける――又左は乗ってくれた。攻撃を逸らすのではなく槍の束同士で衝突、その瞬間に私は全力を加え反動で反発、背後に逃走を、
「思考は早いようですが、思いつきにすぐ飛びつくのはよろしくないですね。強者には二手三手先を見らていると心得なさい」
出来ない。歩法か純粋なスピードか、背後に先回りされていた。
「戦場で格上に当たってしまった場合の対処としては逃走も正解。ですがわたくしは、わたくしを倒せと言いました」
「今からでも料理対決に変更しない?」
「却下ですが、発想としては悪くないですね。確かにそれならわたくしの負けでしょうから」
槍を振る、逸らされる。
槍を振る、逸らされる。
槍を振る、逸らされ「そこです」大振りの隙に反撃の突きが差し込まれる。
技量も身体能力も圧倒的に負けていた。唯一勝てているのは武器のはずだが、それすら完全な上位互換かと言うと怪しい。
当たり前だがあちらの方が軽いのだ、武器同士がまともにかち合うと一撃で壊れる制約こそ付くが、圧倒的な技量差を前提に、僅かな隙へ反撃を捻じ込める強みと化していた。
あらゆる面で差があり過ぎて工夫の余地がない。せめて、何か一つでも拮抗しなければ――『レベルが10に上がりました』頭の中で声がする。反射的に後方へ距離を取った。
「あら、その様子……レベルアップですか」
「見て分かるものなの?」
「皆さん、天の声が聞こえた時は耳の方に目が行きますから。レベル差がバレるので格上相手には気をつけたほうがいいですわよ」
それはつまり、戦うだけで経験値が入るほど、彼我のレベル差があるということだ。
「ふむ、少し考える時間を差し上げましょうか? 上手く使って実力差を埋めてごらんなさい」
又左は槍を置く。だがこれは悪魔の囁きだ。
少なくとも、ここで槍術を取ってはいけない。なぜなら彼女の槍術がLv10だろうから。今の私ではポイントがあっても理解が足りない、槍はLv6が限度だ。中途半端に取っても意味がない。
いや、そもそも、私は天下に轟くのだ。槍の達人、剣の達人、魔術の達人、そういった存在相手に勝つための使い方をしなければならないのだ。
そのための正解が何かは分からないが……少なくとも今、槍に使うべきでないとは分かる。
いま必要なのは、槍にスキルを振らずあの竹槍捌きに対処する方法。
技量と速度で上回る相手に対抗するにはやはり――
敵が待ってくれてるのをいいことに、私は竹藪へと近づく。
槍を数度煌めかせる。紅槍をそっと置く。竹槍を2本構える。
うん、軽い。普段から素振り慣れてるから手になじむ。
「軽さは同じ、手数が二倍なら――」
振り向くと、そこには紅槍を構えジト目でこちらを見る又左が居た。
私が振り向く一瞬で紅槍を回収したのだ。なんというスピード。
「発想の柔軟さは貴女の美点ですわね。ふにゃふにゃすぎるのも考えものですが」
紅槍が振るわれる。こちらは二槍だが差し込む隙はない。
立場が逆になると分かる、武器をかち合わせられないとなると、こちらに許される軌跡はほとんどなかった。
「ふむ、まあ、無策でスキルを取りにいかなかったことは褒めて差し上げましょう。二槍流というのも、発想そのものは悪くありません」
こちらの全身が切り傷でうっすら赤く染まるころ、又左はそう言って構えを解いた。
「二度目はないですわよ」
又左は紅槍を放り投げる。私はあわてて竹槍を捨て、紅槍をキャッチ――軽い?
「高位の武具は特殊な効果を持っているのです。その槍は斬った対象の血を吸えば吸うほど軽くなる」
私に一撃でも当てられていればもっと早くに気づけたでしょうにと嫌味を言いながら、又左は紅槍の効果を教えてくれた。
なるほど軽い、これなら少しは動きについていけそうだと思わせる。
私は一礼をして、再度槍を振るった。スピードが違う。先ほどまでと違い、又左は槍を逸らせてこない。
であれば――先程逆の立場で感じた、相手の軌跡を許さない立ち回りを意識する。
それでもこちらの攻撃は全て躱されてしまうが、反撃を差し込まれることもなくなった。
一種の膠着状態、故に。
「であれば――奥義にて屠りましょう」
裂帛の気合と共に放たれた軌跡。私は地に倒れ伏した。
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