魔法使いの不動産屋と忍者のお客様
年無し
第1話 忍者、来訪
不動産屋たるもの、魔法は使えなくてはならない。冷やかしのお客様がお部屋を借りたくなる、そんな魔法。浄水器や夜間対応サービスで管理収入を肥やすのも、お金を増やす魔法とも言えるだろう。そもそもお客様が来店する魔法が使えたらいいのに。
パチン、勢いよく指を鳴らしてみたけれど、当然何も起きない。そんな客商売に都合のいい魔法なんて無いのだ。今月の売り上げを考えるとため息が出る。最後に契約を決めたのはいつだったか。近ごろモヤシご飯しか食べていない。ああ、ラーメンが食べたい。味玉をトッピングしてあらかじめ替え玉をやわめで・・・その時、来店をしらせるドアの鐘が鳴った。
「ごめんくださーい!こちらの不動産屋さんは、忍者にもお部屋を貸してくれますか」
真っ赤なマフラーをした20代前半くらいの女性が、入り口に立っていた。街で歩けば多くの視線を釘付けにするであろう華やかな姿だ。
しかし不動産屋をはじめて数年、トラブルを呼ぶお客様の見分けはつく。そして本当に残念なことに、こちらのお客様はトラブルを呼ぶ側のようだ。
開口一番に条件を出すお客様の多くは、
「えーっと、すみません、よく聞き取れませんでした。もう一度おっしゃって頂いてもよろしいでしょうか」
どうか聞き間違いであって欲しい。わずかの可能性に掛けるのは、売り上げのためだ、味玉ラーメンのためだ。あまりの美貌に少しテンションが上がったことは関係ない、全く関係ない。
「はい!こちらの不動産屋さんでは、忍者にもお部屋を貸していただけるのでしょうか?」
はい、ちゃんと聞こえました。わずかな可能性は
「忍者というのは、あの忍者でしょうか?忍びの・・・?」
「来月から忍者会社に新卒として入社する予定なのですが、どこの不動産屋も貸してくれなくて・・・」
そりゃそうだろう。自称忍者を相手にするなんて、よっぽどの暇人か、とんでもない空き部屋を抱えた不動産屋くらいだろう。とんでもない空き部屋・・・心当たりはあったがすぐに頭からかき消した。
「申し訳ございませんが、弊社ではご対応さし上げるのが難しいかと存じます」
変人にも面倒ごとにも巻き込まれるのは御免だ。残念だが仕方がない。
掛けていた眼鏡をあげ、取っ付きにくそうな雰囲気を出す。これで諦めてくれるといいのだが。
「あの、どうしてもだめですか?もう他に不動産屋はないんです。ここが最後の希望なんです!」
影山様は色白の頬を赤く染めながら私に訴える。本当に切羽詰まっているのだろう。諦めてくれる様子はない。
「弊社では忍者?をご職業にされている方は、はじめてでして。改めて影山様の正確なご職業をお伺いしてもよろしいでしょうか」
万が一本当に忍者が部屋を借りるとして、職業に忍者と書くだろうか。おそらく忍者のグッズ販売とか、忍者という名前のブランドショップに就職したことを、彼女は忍者と呼んでいるのだろう。・・・だとしても不安だ。
「ですから忍者です!ちゃんと内定書もここにあります!」
そういって影山様が差し出した書類には、なるほど確かに『株式会社シノビワークス』名義で内定がだされていると記載があった。ははーん、わかったぞ。忍者イベントを行うスタッフを派遣する会社だな、字面から推察できる。
「あ、イベントの忍者役などをやっていたり」「違います!」
食い気味に否定されてしまった。うーん、違うなら違うでヒントをくれよ。ってヒントってなんだよ、答えをくれ。クイズか。
これはいよいよ冷やかしの可能性が高くなってきたな。
「申し訳ございませんが、やはりご職業が忍者となると私としては・・・」
あ、いや待てよ。内定書を持っているということは安定した収入があるということ。あまりにも現実離れしすぎていて拒否反応が出ていたが、家賃を納めてくれるのであれば自称忍者でも問題はない。しかし通常の物件に入居させてしまうとトラブルの元となる可能性がある、なんせこの令和の時代に忍者を名乗っているのだ。
「あの・・・、忍術を使えば信じてくれますか?」
私が思案していると思わぬ申し出をもらった。冷やかしとしてネタを仕込んできたのか、はたまた本当に忍術を使えるのか。
「ええ、ぜひ。」私の答えに応じて、彼女はカバンからスプーンを取り出した。
うん?スプーン?
「それでは、いきます。・・・忍法、スプーン曲げの術!」
影山様がそう叫ぶと、スプーンが水飴のように曲がって、・・・ねじ切れた。
「じゃ、じゃじゃーん!見事に曲がりましたー!」
いや物理じゃねーか!術じゃないよ、力技だよそれは!そして怖いよ!
見た目とのギャップと想定外の忍術?に呆気にとられていると、影山様は再びカバンからスプーンを取り出して両手で持つ。さながら
「続きまして、忍法、影分身の術!」
ぶちぃ!スプーンが縦に裂かれた。わー、影分身って自分じゃないのか。スプーンを影分身させたのか。なんだよ影分身させたって、そんな恐ろしい動詞があってたまるか。そして何本スプーンを持ってるんだ。もしかして大道芸人?全国の不動産屋を回ってスプーンを引きちぎって回ってまーすってか!怖いわ!
「ど、どうでしたか?これで私が忍者ということを信じてくれますか?」
私が若干引いているのを察したのだろう、恐る恐る聞いてきた。忍者というより鬼という表現が当たっている気がする。
しかし、忍者かどうかはともかく、普通ではないことは間違いない。そうとなればあの物件にご案内差し上げるのは問題ない。
「信じるかどうかはともかく」私は咳払いをして続ける。
「ひとつだけ、ご案内可能な物件がございます。」
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