そんな旅





 ナダの街に帰ると歓迎よりはむしろ驚愕された。結局の所自分が本当に勝てると信じていた者はいなかったのだな、とキョウジは思った。まあ死地に飛び込んだことは間違いあるまい。


「本当に勝ったのか? 逃げ帰ってきたんじゃないだろうな?」

「これが証拠だ」


 キョウジは用意周到に、ダニが遺した両手剣を拾ってきて、それを見せた。不気味がられるかな、と少し心配した。強さを証明したら敬意を持たれるよりも恐怖を持たれることはよくあった。今回も同じなのではないか。それならそれで構わない。所詮自分は根無し草。安住の地など求めてはいない。


 だがナダの住民は想像以上に優しく、また純朴でもあった。この時代では珍しい位だった。最初は吃驚していけれど、自分たちが脅威から解放された事を知ると諸手を上げて喜んだ。


「いや、凄いな、凄いな、あんちゃん!」

「キョウジ・ザ・シルバー。その噂にたがいはないってことか」

「素敵! 抱いて!」


 最後に抱いてと言ったのは前と同じ女だった。


「悪いな。俺はセックスには飢えていないんでね」

「まあ、淡泊。でもそういう所も素敵!」


 どうにも女の恋愛感情は分からないな、と思い続けるキョウジなのだった。


 長居はしないつもりだった。必要以上に情を移してしまえば身動きが取れなくなると知っていたからだ。だが予定以上には滞在してもいいかもしれない。キョウジは純真な善意を無下に出来る程の男でもなかったのである。


 つまり貰えるものは貰っておこうという精神である。


「街が完全に安心になった訳じゃないぞ。賊は幾らでも湧いてくるからな」


 ふと、キョウジは普通に暮らしていた民がデモンに顕現して、街を守る為に戦うケースは無いのかな、と思った。しかしそんな例は聞いたことがない。分不相応な力を得たら、誰もが収奪する側に回ってしまうのかな、とやや暗い考えを弄ぶ。


 野盗は自分ひとりで潰滅させた、と言った。手柄を独り占めしたかった訳ではない。ひたすらにミユを気遣っての事だった。彼女の中にある狂気は、出来るだけ封印しておきたかった。他の者に知られないようにすることもその一環である。


「なんにせよ、今日は宴会だな! 宴会だ! 宴会だ! 酒だ!」


 民衆の中でも調子のいい男がそう言い始め、それに唱和する声が重なった。勿論、それを窘める声も上がった(女が多かった)。


「勿論あんたが主役だ! たっぷり飲め、酒はいけるよな、な?」

「酒は好きだよ」


 酒好きが多いのだろうか。それはそうだとして、酒飲みは何故他人に酒を飲ませるのも好きなのか、キョウジは理解しかねるところだった。宴の酒も悪くはないが、彼が本当に好きなのは独りでしっとりと飲む酒である。世界がゆっくり広がっていく様なほろ酔い。それを愛していた。だがまあ今日位は騒ぐのもいいだろう。キョウジはナダの気のいい住民達をすっかり気に入っていた。


 女たちが宴の準備をしていて、いつの間にか夕方になっていた。日が沈むのが早い時期なので、あっという間に暮れていき、その時間になった。


 その間、キョウジ達は仮宿で待っていた。ミユが陰鬱な顔をしているのが気になった。まだ引き摺っているのだろうか。それもあるだろうけれど、彼女の悩みはもう少し単純なものだとキョウジは知っていた。いつものことだ。


「ここで待ってるか?」


 皮肉ではなく本当に心配してキョウジはミユに言った。彼女は首を横に振った。


「ううん。出るよ。だって兄ちゃんを讃える宴会なんでしょ」

「無理しなくていいんだぞ」

「出るのは怖いけど、でもここで独りでいるよりか、兄ちゃんと一緒にいる方がマシだから」


 そういう訳で、完全に夜になってから始まった宴に彼らも参加した。住民たちはすっかりキョウジの事など忘れていて、ただ久し振りのお祭り騒ぎに酔っていた。しかし話掛けてくる者もいる。


「いや、あんたは英雄だ! あんたなら世界を変えることも出来るだろう!」

「個人に出来ることなんて限られている。俺はそこまで傲慢じゃない」

「今日くらいはそう信じさせてくれよ! あんたは夢を見させてくれたんだからさ!」


 気のいい男なのだろう。


「ところで、そちらのお嬢ちゃんは誰かな?」

「俺の友人だ」

「名前位教えてくれてもいいんじゃないかなー。んー?」

「……ミユ」

「歳は幾つ?」

「……12歳」


 そう言ったきり、ミユはキョウジの陰に隠れてしまった。


「悪いな。この子は人見知りなんだ」

「そうか。いや、済まんかった。あんたらにも色々事情があるんだろうな」

「察してくれたなら有難い」

「ところでお兄さんの方は何歳?」

「25歳だ」

「若いねぇ。若いのに立派だねぇ」


 気のいい男はそんなに年頃は変わらない様に見えたが、ともかくそう言った。そして宴会の輪に戻っていった。


 その宴会の輪から少し離れた所に長老がいた。キョウジはそこに向かった。ミユが怯えているのには変わりない。しかし群衆の中にいるよりかはずっといいだろう。


「おお、来てくれたか。今夜は貴方の為に最高の酒を空けよう」

「そんなに貴重な酒なのか?」

「ナダは戦前から酒の街と知られていた場所だ。その戦前から残っている酒だよ。これが最後の一本だ」


 そう言って彼は一升瓶を見せる。確かに年代物なのだろう――瓶に張られたラベルはすっかりくすんで何を書いているのか分からない。


 硝子のコップ(これも今の世では珍しい物だ)を受け取り、そこに空けられた清酒が注がれる。キョウジはそれを一飲みする。やや辛口だったが、深みのある味で、胃に浸透する酒が心地良かった。しかし自分に胃なんてあるのだろうか?


「貴方は旅人なのだろう。しかし当てのない旅も辛いものだ。どうだ? 貴方ならここに名誉市民として歓迎するぞ」

「悪いけど、俺には――俺たちにはやることがある」


 その頃にはミユはすっかり怯えてビクビクしていた。


「無理するな。すぐ戻るから、お前は先に帰っておけ」

「うん、ごめん……」


 そうやってミユはたったと駆けていった。


「キョウジ・ザ・シルバー。貴方はあの少女の為に戦っているのですな」

「それだけじゃないがな」

「済まない。無理な事を言ってしまって」

「気にしないで欲しい。その厚意だけは有難く受け取らせて貰う」


 キョウジは多少の酒では酔わないし、また今は酔うべき時でもなかった。もうすぐしたらミユを迎えに行って、寝て――そして明日には出立しようと思った。この街は気がいい。良すぎる。長く居れば情が湧いてしまうことをキョウジは感じ取っていたのである。

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