四章 ⑥

 そう、〝弾けた〟のだ。


 マシンガンは火を噴き、ブラッドの身体をバババババと撃ち抜く。

 八葉は手元で発生した巨大な力の反動に引っ張られ、のけぞった後に後ろへと倒れた。


「え……」


 一は息を呑んでいた。目の前で突然、モデルガンだと思っていたそれが火を噴いたのだ。そしてその弾に撃ち抜かれたブラッドはどうと後ろに倒れ、動かなくなった。


「え……」


 仰向けにスッ転んだまま、八葉は目を見開いて虚空を見上げていた。


「ええ……?」


 一はシュウシュウと煙が上がっている銃口を前にして、間の抜けた声が出た。


「えーっと……」


 八葉が改めて意識すると、手にしていたマシンガンの重さがずっしりと体にのしかかってきた。


 そして二人は、



「「ええーーーーっ⁉」」



 揃って絶叫した。


「い、いやいやいやこれ本物じゃん! 本格的ってか本物じゃん!」


 一は慌ててマシンガンを八葉の手からひったくると、砂浜に投げ捨てる。


「せ、せせせ、せんぱ、わた、ひとを、うっ、て」


 抱き起こされた八葉はといえばさっきまでの余裕は完全に消え、ガタガタと震え始めていた。知らなかったとはいえ、人を撃ってしまったとなれば当然だ。


「落ち着いて! 落ち着いて嘉村!」

「わたっ、わ、わた、し」


 大声で呼びかけても、八葉は聞こえていないかのように震え続けている。そのさまを見ていられないと、


「大丈夫……! 大丈夫、だから……!」


 一は思わず、強く彼女を抱きしめていた。怖い想いをしてほしくない。そんな辛い顔をさせたくない。ただただ、その想いが彼を動かす。


「せん、ぱ」

「俺が、いるから」


「わたし……や……」

「俺はどこにも行かないから。大丈夫だから」


 ただ抱きしめることしかできない自分が、一にしてみればもどかしかった。今すぐにでも、何とかしてあげたいのにと。


「とにかく、今は……」


 八葉を落ち着かせてからどうするか決めようと、一度離れ肩を掴んだまま一が考えていた時、


「おらっ!」


 強い蹴りが、一を襲った。


「その慌てっぷり……君ら、〝バティスラ〟じゃないなあ⁉」


 それは、金的のダメージから回復していたグレッグだった。彼は勝ち誇ったかのような笑いで、一を見下ろしている。


「ば、ばてぃ……?」


 一は聞きなれない単語に首をかしげるが、


「ほーらやっぱりィ!」


 グレッグはさらに勝ち誇り、倒れている一を足蹴にする。


「僕達マフィアは、君らの高校にいるという伝説の殺し屋カップル〝バティスラ〟を狙ってた! 君らがそうだと思ってずっと監視してたわけだけど……とんだ見当違いだったってわけだ!」

「ずっと……監視⁉」


「練習の時も、ショッピングモールの時も、文化祭の時もずーーっとねぇ!」


 一の中に強い衝撃が走った。


 ここ最近ずっと感じていた、日常の中の違和感の正体はこれだったのだ。彼らが裏でいろいろと暗躍し、監視していた視線が違和感となって二人の日常に表れていたと考えれば説明はつく。そして今日、それが爆発して襲い掛かったと。


「僕達の面子にかけて、君らを……」


 グレッグが追撃をかけようとしたその時、


「えいっ!」


 八葉が、ハンナの取り落としていたゴルフクラブを拾いグレッグの股間を狙って振りかぶった。だが、その一撃は簡単に受け止められる。


「残念だったねえ! 何度も食らうか!」


 グレッグはそのまま掴んだそれを引っ張り、ゴルフクラブごと八葉を引き寄せる。そして、彼女の首元を掴んだ。


「いやっ……!」

「ほーらつかまえたァ! まずは君から始末してやろうか!」


 ハハハハ、とグレッグが笑ったその時、


「嘉村から離れろ‼」


 倒れ伏していた一が跳ね上げた足が、グレッグの股間を直撃した。


「おほオおおおおおおおおおおおおやっぱりいいいいいいいいいいいいい」


 まさか一から反撃されるとは微塵も思っていなかったようだった。何度も食らうかと宣言したばかりなのに、あまりにも間の抜けた醜態。グレッグは絶叫の後、ほおお、おおお、と悶絶しながら八葉から手を離し、再び倒れ伏した。


「大丈夫か……?」

「せんぱいが大丈夫ですか⁉」

「なーに、俺はこのぐらい」


 と言いつつも、一もかなりの怪我だ。しかしながら周りが落ち着いたことで、彼はやっと冷静に考える時間ができていた。


「俺達……ずっと監視されてたのか? マフィアに?」


 さっきの発言は冗談とも思えない。手元で火を噴いたマシンガンの事実がある以上、それらが本当のことだと考える方がずっと自然だ。


「買い物に出た時の爆発とか、文化祭の舞台の時とか……そういうことだったんですかね」


 八葉はぞっとしたといった表情でその事実を反芻する。色々と不可解な出来事の意味がわかったのはいいが、いつ命を落としていてもおかしくなかったと考えると鳥肌が立つ。


「映画みたいな話だよ。現実味が無い」

「勘違い系の映画って気づかないの⁉ って思うことありますけど……自分が体験するとなんともかんともですね。……『ザ・マジックアワー』じゃないんだから」


 静けさが戻ってくる。波の音が再びざ、ざ、ざ、と聞こえ、状況とともに二人の心にも平静が戻ってきた。


「一度しかない文化祭だったのになあ……」

「でも、あれはあれで楽しかったですから」

「まあ、な。嘉村のアドリブは最高だったし」


「褒めてもおちょくりしか出ませんよ?」

「う~~ん、もっといいもの出してほしいな……」

「嬉しいくせにぃ~~!」


 そこで、二人はあははっと笑った。マフィアに監視されていた、二人のラブコメはここにひとつの終わりを迎えた────




「ばァァァーーーーかァ!」




 筈だった。


 パァン! と炸裂音が響き、一の肩がはじけた。


「えっ……⁉」

「クソッタレがぁ!」


 音の方向を振り返ると、そこには鬼の形相で笑うブラッドが立っていた。八葉は驚いて目を見開くが、すぐにその原因に合点がいった。


 銃創だらけのアロハシャツの胸元からは、厚めの防弾チョッキがちらちらと見えていた。衝撃に一度は気絶していたが、致命傷は避けており起き上がってきたというわけだ。


「遠慮はしないぜお嬢ちゃん! すぐにボーイフレンドと同じように地獄に送ってやらァな!」


 手に握ったごく小さな拳銃。彼はそれで、一の肩を撃ち抜いていたのだ。


「せ、せんぱ、せんぱい!」


 八葉はあまりのことに、撃たれた一を見た。しかし────


 一は、そこにはいなかった。


「いいっ……加減にしろよぉぉぉぉぉぉ!」


 ブラッドは困惑した。八葉もまた、困惑した。


 撃たれたはずの一が飛び出して、ブラッドの方へと駆けだしていたのだ。


「なっ……テメェェェーーーッ!」


 ブラッドはまた一発撃ったが、それは外れる。


「今は、俺達のデートなんだよ!」


 一は叫んでいた。もう叫ぶしかない。二人の時間には、いつだって邪魔者がいた。

 

 もう、うんざりだ。ごちゃごちゃごちゃごちゃと。


 ただ彼は、彼らは。一緒に、楽しい時間を過ごしたいだけだ。



 だから、今はただ。




「二人っきりに、させてくれェェェェーーーーっ!」




 ゴッ、と重く鈍い音と、ブラッドの「ぐゥ」の声が響く。一のふるった拳が、ブラッドの頬にジャストミートしていた。ブラッドはあまりにきれいに入った拳で殴られた勢いのままにどうと倒れ伏すと、何やら口の中でもぐもぐと唸った後、がっくりと気絶してしまった。


 一ははあはあと肩で息をし、その光景をただ見ていた。そこに、


「生きてる! 生きてるぅ~~! せんぱい!」


 八葉が飛びつくようにして抱きついてきた。


「わっとと、嘉村、ストップ! ストップ! ステイステイステイ!」

「よかった……よかったよぉぉぉ~~……」


 抱きつきながら、八葉は半泣きになっていた。撃たれて死んだと思っていたはずの一が生きていたのだ。こんなに嬉しいことはない。


「でも、なんで」

「ああほら……。コレ」


 一は襟口から、ずるう、と何かを引っ張り出した。それは、


「あーーっ! 肩パッド!」

「役に立ったね……」


 呆れた調子で一は笑う。先程おもちゃ屋で買った肩パッドのおもちゃを、彼は八葉とふざけあって結局付けたままだったのだ。銃弾は一の肩を抉ったが、硬質のゴムが中に入ったこれが致命傷を防いだというわけである。


「なんか、ごめんな。嘉村」

「せんぱいが謝ることじゃなくないですか⁉ いや、ほんと……まさかずっと監視されてたとか、思わないですし」


「だよなあ。伝説の殺し屋って」

「殺し屋カップルと、勘違いされてたんですよね」


 そこで、八葉は潤んだ目で一を見る。


「カップルだと、思われてたんだぁ」


 その言葉には、高揚と嬉しさが混じっている。


「俺は、さ」


 一は意を決し、八葉を抱き寄せる。


「嘉村と、その……カップルに……」


 その時だった。だんだんとサイレンの音が聞こえ、すこしずつ遠くの方から赤い光が見え始める。やがて音がはっきり聞こえると共に、あっという間に海岸を臨む道にはパトカーが集合していた。


「おい、君達大丈夫か⁉ ここで暴れてる連中がいるって通報が……!」


 警官がバラバラバラッと集まり、ある者は規制線をひき、ある者は倒れたブラッドを確保に走り、そしてある者は二人に駆け寄る。


「あ、はい! 俺が撃たれたけどたぶん大丈夫です!」

「肩パッドがすごくて助かったんですよ!」


 一と八葉は困惑しつつそう答えたが、警官は「何を言ってるんだ⁉」と困惑しながら、二人を保護するよう手配をはじめた。



「せっかく二人っきりになれたのになあ」

「まあ、まだチャンスありますから」



 二人は呆れながらも、やっと訪れた平穏に安堵し笑いあうのだった。

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