第12話:ラティフは利用した

 アミーナは自室の荷物から、丈夫なポスターをいくらか持ってきた。

 

 頭が耄碌し老いた傭兵。

 筋骨隆々とした若い戦士。

 うだつの上がらぬ街の肉屋。

 隊商の護衛。

 どのポスターも男が主役のものばかりだ。

 だけど、その中で一つ異彩を放つ作品がある。

 頭巾を被った女のポスター。布で覆われた女の個性を表すのはのぞける目元だけ。

 女には男たちが求婚をするために群がっている。


「奥様はこういう風に男性たちに熱烈な求婚をされたいんですか?」


 ラティフはポスターを見ながら、確信する。

 

(これは僕が書いた脚本だ)


「並みいる女達の中からお願いします! って求婚されてみたいじゃない。お父様やお祖父様があたしの頭の上で決めた結婚相手なんて博打だもの。一週間もおかえりにならない新しい夫だなんて。存在が博打じゃない。ズバイル。ラティフ様は気まずいのかしら?」


「……気まずいとおっしゃいますと。どういう意味ですか?」


 思わず返事をしてしまった。これはあまりよくなかったかもしれない。ラティフは後悔したが、遅かった。

 

 アミーナは雄弁だ。

 頭巾をかぶり、目元しか無いときでも目でものを語るような力がある。

 ラティフの目を透して、なにかを見つけようとするような視線を感じる。


「だって、あなた――ズバイルはラティフ様の恋人なんでしょ? お部屋だって、旦那さまと共用されているみたいだし。そんな中、突然に妻が出来て、居づらいんじゃないかしら」


 ラティフはこの勘違いをどうしたものか。

 よく悩んでいた。

 この手の質問も対応に困っていたのだ。


 自分の恋人は自分である。と言われたならば、あながち間違いでもない。

 ラティフにとって妻よりも自分の方が大事な気持ちはある。

 ラティフが用意した飯をアミーナが美味しそうにもりもり食べている姿は好ましいものがあるし、情も湧く。しかし、それはそれとして。やはり家は一人で過ごしたい。

 ラティフの父は「あの屋敷は一人では広すぎる」と言っていたが、ラティフに取ってはそんなことは無かった。

 

「……奥様、不遜な物言いではありますが。仮にですよ。僕が旦那さまの恋人であるとして、それを暴いたとして、なにかいいことでもあるのでしょうか?」


「…………」


「いじわるな返事でしたね。お忘れください」


 ラティフにとっていつかは追い出す妻だ。嫌われる位がちょうどいい。

 ラティフは自分がこんなにもいじわるなができることに驚いていた。

 

 それからアミーナはしばらく泣いて暮らした。

 

 ラティフは相手にしなかった。

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