第14話 木を隠すなら森

「あれ、太一来てたんだ」


 ランチのピークを過ぎ、落ち着いてきた頃合いで、美咲も昼休憩を取る。混み具合を確認しようと店内を覗いて、兄を見つけた。

 あんな経営をしていた割には、リニューアルオープンからこっち、それなりに忙しい。

 営業中には看板を立て、SNSを始めたところ、ポツポツと身内以外の客も入りだしたらしい。


「おう。この店だとイケメンばっかでお兄ちゃん目立たないから居心地良くってなぁ」

「はいはい、さよーで。それはよろしゅうございました」


 したり顔で嘯く兄を軽くあしらい、休憩に入るべく、キャップとエプロンを外し、コックコートを脱ぐ。


「三番入ります」

「わかった。今日は忙しくならないだろうし、ゆっくりしてきていい」

「わかりました。それなら、遠慮なく」


 こういった宗の予測は不思議なくらいよく当たる。混む分にはそれこそ身内の来店予告でもあったのだろう、と思うが、「今日はあと2組でおしまいか」などと言えば、ぴたりとその客数で収まる。

 その予知能力を活かせば、まったくウェイストを出さずに済みそうなものだが『それだと仕事終わりの楽しみがない!』そうで、美咲が想定するよりずっと廃棄自体は少ない。


「美咲ちゃんさー。今から休憩なら、お兄さんといいとこ行かない?」

「誤解を招くような言い回しを好んでしてると、やらかしちゃマズいときにやらかすからね」

「まーまー、奢ってあげるからついておいでよ」


 呆れ返る美咲をものともせず、太一はヘラヘラと笑っている。


「だいたいさ、行くお店は決めてるんだよね」

「え、そうなん?」

「市場調査っていうか、敵情視察っていうか、同業他社さんを覗いてみようかと思って」

「なんだ、やっぱりいいところじゃないか」


 嬉々として太一がついてくるが、コンカフェは基本割高なので、奢ってくれるならいなやはない。


「うーん……カフェっていうか、キャバクラ?」


 目当ての店のごく近くにもフードが評判のコンカフェがあったことに気がつき、料金システムを確認してみたところ、入店から60分2200円から、と書かれていた。いくらフードが評判でも、信田庵とは業種が異なる感がある。


「あー。最近はねー、そういうシステムの店増えたよな。コスプレリフレとかよりは全然健全な気がするけど。メイド喫茶っていうならキュアメイドカフェとかメイリッシュ、JAMあたりが王道だけど、俺的には池袋のワンダーパーラーか、今は亡きシャッツキステのクラシカル路線も捨てがたいんだよな」

「……例によって早口で耳が滑るんだけど、おにーさまは不健全な店の方にもご造詣が深かったり? なら不潔だから、近寄んないで」


 冷ややかな視線を送れば、喜色満面で喋っていたのがしょんぼりと肩を落とす。


「そんな目つきでおにーさまって呼ばれるのは結構心にくる……ご褒美って受け取れるほど、お兄ちゃん訓練できてないわぁ……大丈夫だよ、お兄ちゃん不健全なそういう店に自腹で通うほど飢えてないから……っていうか、不健全なお店には仕事絡み以外で関わったことないから安心して」

「そ」

「当たり前じゃないか。っていうか、さっき名前出したとこはどこも美咲に安心して勧められる健全で素敵なお店だから。参考にするならそういうお店にして……」

「はいはい。じゃ、行くよ」


 適当に聞き流して、いざ目的の店に向かう。本当に飲食店が入っているのか疑いたくなる雑居ビルの中の店は、内装の方もちょっと飲食店か怪しい感じがした。


「お帰りなさいませ、ご主人様。あぁ、お嬢様ですね。ご主人様もお帰りなさいませ。きゃは。立ち止まってないでずいっと中に。中に中にどぞどぞ」


 出迎えてくれたのは、わざとらしいハイテンションのうさ耳メイドさんだ。芝居掛かったセリフなのに上滑りしている感じが物悲しい。

 

「おっふ……入る前からそんな気はしたけど、今どき珍しいくらいある意味あたりの店を引いたね、美咲?」

「……わたしもそんな気がする」


 ポソポソと話している美咲と太一に「アキバデートですか、このこの」などと絡んでくるのも寒々しくて、このまま帰ろうかと思ったが、我慢して席に着く。

 店内にはチェキや手書きのイラストが描かれた模造紙が飾られ、文化祭か、もしくは保育園のような内装になっていた。


「ご主人様はー、アキバにけっこーきちゃう感じですか?」


 やたらに話しかけてくるメイドさんを適当にあしらい、オムライスに絵を描いてもらう。オムライスの方は明らかに業務用の冷凍物だったが、メイドさんが何も見ずにケチャップで描いた美少女は、なかなか見事なものだった。


「なるほど。これはすごい」

「きゃーん、お嬢様に褒められちゃいました。もっと褒めてくれてもいいんですよぅ」


 幸いと言っていいのか、この店はそこそこ繁盛しており、どうもオプションを弾むような金になる客ではなさそうだ、と見なすや否や「どうぞごゆっくりなさっていってくださいねぇ」と別の客席に移って行った。


「プロだ」

「だねぇ」


 語尾にハートや星を散りばめたような甘ったるい声音と笑顔で見切りが早い。内装や出しているもののわりに好意的なネットレビューが多い人気店なのは、スタッフのスキルのおかげかもしれない。


 ケチャップで描かれた作品に手をつけるのが惜しくて、一緒に頼んだキャロットケーキから手をつける。


「このお手製にんじんケーキ美味しい……けど」


 割と有名どころのカフェチェーンが出しているテイクアウトと同じ味がする。

 プードルデコールで一手間かけてはあるので、お手製と言えないこともないかもしれない。


「……わあい、きょーはおおあたりだー」

「さすがに今どきこのレベルの店はそうないよ?」


 気の毒そうに言う太一の肩越しに、メイドさんとチェキを撮ってキャッキャしている若い女の子が見えた。

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