第12話 新生信田庵へようこそ!
メニューの肯定的感想ばかり出た形だけの反省会を終えて、プレオープンが始まった。
とりあえず短めの開店時間で様子を見て、オペレーションを考えるはずだったのだが、早々に品切れが頻出した。
レセプションにきてくれたお客様が、プレオープンにも足を運んでくれたらしい。
予想を超えた状況に美咲は裏でひとりてんてこ舞いをすることになったのだが、給仕をするケモミミーズも、それはそれでぐったりとしている。
「あー、もー、じーさんたちは本当に言うこと聞きやがらねー。しかも話が長い!」
客が帰った店内で突っ伏していた伝八が吠えた。
「ずっとここではお茶しか出してなかったからね……目新しい美味しいものがあるとなれば、それは来るでしょ」
こちらもややしんなりした様子の団三郎がお茶を啜る。
「あー、環もお茶したい。淹れて〜」
「自分でおやんなさいよ。ったく」
文句を言いつつも、団三郎は急須から注いだお茶を環に差し出す。
「めっちゃ濃くなってるじゃん! 渋すぎ! そーたん、みさきち、寒氷もらうね」
「あ、まだ出来かけ……」
文句を言いつつも淹れてもらったお茶を飲み干した環は、寒氷の切れ端を口に入れてほぅっと息を吐いた。
「いくら客に来てもらっても、身内ばかりではな……もっと若い人間にきてもらわないことには先行きがどうにも……」
美咲が時折覗いた店内は、浅草か巣鴨の甘味処を思わせる客層だった。外の通りを歩いている層との乖離が激しい。
「身内フィーバーはすぐ落ち着くかと思うんですけど、ひょっとして信田庵て全然知られてないのでは?」
何しろ食べログにも載ってなかったし、公式サイトどころかインスタやXのアカウントもない。
ブランディングが大事だ、なんて話はすっかり洋平に任せていたので、これといって案はないけれど、SNSのアカウントぐらいはあっても良さそうだ。
「お店の宣伝アカウントか。今どき必要だよね」
「人を呼び込むのもさー、そういうの大事かも」
「悪い、俺全然そっち方面わからない」
伝八と環は乗り気だが、宗はひたすら瞬きを繰り返し、環が見せるスマホの画面を覗き込んでいる。
「まー、やるだけやってみよー!」
勢いに乗った環が戸口を出て、それから間も無く、しおしおと店内に戻ってきた。
「……ダメじゃね?」
「ど、どうしたの、いきなり」
ん、と突き出された画面には、信田庵の全貌を捉えたもの、出入り口を中心にしたものなど、なかなかの構図だ。
「よく撮れてると思うけど……」
「じゃなくて、今まで気にしてなかったけど、ここどう見てもカフェには見えなくない? いいとこ居酒屋だし、営業してなさそう」
「あ」
美咲だって初めて来店した時には、時代劇っぽいと思っていたのに、馴染むにつれ気にならなくなっていた。
これではカフェ客には入店のハードルが高すぎる。
「まずは縄のれんと杉玉は外しましょう。それで……せめて立て看板くらいは置いたらどうですかね。できればお店の前と誘導用の分岐路に置くやつ」
「のれんと杉玉が、人家でなく店舗の証だと教わったんだが」
不思議そうに宗が首を傾げる。
「わたしも詳しくは知らないんですが、杉玉ってお酒があります、ってお知らせだったとか聞いたような……」
うろ覚えの知識を上げると、すかさず環がぺぺっと調べる。
「いいお酒が出来るように願掛け……うちとは関係ないねぇ」
「……そうだな」
とりあえず縄のれんと杉玉は片づけて、戸口に営業中を知らせる看板を立てることに決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます