第19話
その夜マユが眠りについた後、猛はハンのことを考えた。彼は〝神の心臓〟という黒曜石に、一家の永遠の繁栄を願ったのか、あるいは永遠の命を願ったに違いない。それでハンの一族は生き残り、ハンは不死身の肉体を手に入れたのだろう。そのような奇跡が起こせるのなら、〝神の心臓〟は自分の帰国の願いも叶えることができるのではないだろうか? それは〝神の心臓〟などではなく、〝希望の石〟だ!
暗闇の黒板にメモを取るように、猛は問題を整理して記憶に刻む。
第一の問題は、村人が〝希望の石〟を使わせてくれるか、ということだ。盗み出すことも出来るが、それは良くしてくれた長老、クルボ、マユ、そして村人たちを裏切ることだ。それはできない。
そして二つ目の問題は、〝希望の石〟を手にすることが出来たとして、それを使いこなすことが出来るのか、ということだ。
長老の話にある通り、〝希望の石〟は夜だけ本のように開くと分かっている。それは、ハンにできたのだから自分にもできそうな気がする。しかし、それ以降のことは伝承されていない。
ハンは、どうやって黒曜石に望みを聞き届けてもらったのだろう?
この数日で得たわずかな情報をどのように組み立ててみたところで、答えにたどり着くことはできないような気がした。
ハンの望みが叶えられたのは偶然の結果だったのかもしれない。そうだからこそ、ハンはあのような中途半端な形で、自分の身をさらすことになったのではないだろうか?
自分の希望を的確に伝えなければ、思ったような結果が得られない。その仮定は恐怖だった。
「〝希望の石〟……違う。〝希望の書〟だ! 俺は〝希望の書〟で家族を取り戻す」
猛は、黒曜石に〝希望の書〟と名付けて恐怖を振り払い、心底興奮を覚えた。ほんの少しだけ日本に、いや、家族に近づいたような気がした。
「ハンに出来たことが俺にできないわけはない」
それが空元気や
根拠のない自信を胸に燃やすと、猛の中の男が力をみなぎらせた。隣に寝ているマユの寝顔が可愛らしく、たまらず抱き寄せた。
彼女は目覚め、寝ぼけ眼で見返してくる。それがまた意地らしく、欲望のままに抱きしめた。
「タケル……」
彼女のかすれた声は拒んでいない。いや、拒んだところで欲望に満ちた猛が行動を変えることはなかっただろう。言葉もなく、ただ真っすぐに進んだ。
マユは、嫌な顔一つせずに猛を受け入れた。そんなマユを愛おしく思うが、彼女はどうだろう?
彼女は、一族のために新しい外部の血を求めているだけではないのか?
兵隊が国のために鉄砲を撃つのと同じなのではないのか?
彼女の責務による行動を、自分に向けた愛情ととらえてはいけない。……猛は、マユを抱きながら自分に言い聞かせた。その時、猛の瞳は濡れた。
翌朝、目覚めたマユに声をかけてみる。
「好きな人はいるのか?」
マユは首を縦に振った。
「それは、私か?」
自分を好きかと問う猛を、マユが見つめている。どうしてそのような質問をするのだろう、と考えているのが分かる。彼女は、自分を傷つけないために、何と答えるべきか考えているに違いない。
「ごめんなさい」
彼女が背中を向けた。
「男には、二つのタイプがある」
猛はマユの細い足の間に自分の足を入れた。
「女の背中に、諦めてしまう男と、力を得る男だ」
マユの身体を引き寄せ、下腹部を密着させた。
「私は、諦めるタイプの男だった。しかし、戦争とハンが私を変えた」
猛の動きにマユは従順に従った。
「マユは部族と好きな男のために私の子を産め」
猛がマユの耳元でささやくと、彼女はうなずいた。
「それでいい。それがハンの末裔の強い生き方だ。しかし、これからハンの一族も変わるだろう。その時は、自分の気持ちに従って考えるんだ」
マユが振り返る。その顔に〝なぜ〟と書いてある。
「マユは部族の中で選ばれた名誉ある乙女だ。俺を喜ばせ、俺の子供をもうけなければならない」
彼女がうなずく。
「俺は、いずれここから消えるだろう。しかし、それまでは夫婦だ」
猛は彼女を強く抱きしめた。そうして二人は呻くようにのどを鳴らし、互いの肉体を求めながら熱い欲望の淵へ沈んでいった。
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