第12話

もう生きられない。


生きたい人間、強い人間、できる人間だけ生きればいい。今の時代、自然淘汰ではなく人間淘汰だ。 


家に帰ってすぐ部屋に直行し、私はまた首を吊ろうと金具にロープを括りつけた。


今度こそ失敗しないように何重にもロープをかけて硬くし、頑丈にしてみた。


しかしベッドの上に置いた小さな踏み台に乗ったところで、母が部屋に来て見つかってしまった。


母はドアの前で震えあがった。まさか死のうとしているなんて夢にも思っていなかったのだろう。


「様子がおかしいと思って来たのよ……」


「うん、もともとおかしいよ。もともと壊れてるんだよ。だから止めないで」


お酒が入っているせいか、パキッと鳴った時にさらにどこかが壊れたのか、意識は若干朦朧としていて、母を傷つけることがわかっていても、気にせずに決行しようとしている自分がいる。


私は今、薄笑いでも浮かべているかもしれない。輪の中に首を入れようとすると、母が私に抱きついてきた。


「放して、お願いだから。思うように動けない……」


力の限り振り払おうとしたけど、なぜだかしがみついてくる。私のお腹の辺りで、大きな声が響いた。


さくらと父の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「なにをそんなに必死になっているの」


「必死になるに決まっているでしょう。なんでこんな恐ろしいこと考えるのよ、このバカ娘!」


母は泣いているみたいだった。


さくらと父の足音が聞こえる。二人同時に私の部屋に入ってきたのが見えた。父はなにかを叫び、さくらは驚いた表情で口元に手をあてていた。


「ごめんね。バカな娘でごめんね。働けなくてごめんね、クビになってばかりでごめんね、近所の笑い者で、家族の恥で、怠け者でごめんね……」


とにかく謝っていた。生まれてきたこと自体が間違っていた。もっと聡明で明

るくて、バンバン外に出て社会で大活躍できるような子が生まれてくればよかっ

たのだ。


「お姉ちゃん、私のせい? 私が昨日電話であんなこと言ったから、お姉ちゃんを追い詰めちゃったの」


さくらは泣きそうな顔で私を見ている。


「ううん、違うよ。さくらのせいじゃないよ。全部私のせいだよ。私、もう働くのも生きるのも怖くなっちゃったの。さくらの言う通りだね。社会のクズからプレゼント貰うの嬉しくないよね。さくらは賢いよ」


「さくらはなにを言ったの。ねえ、もしかしてお母さんも若葉を追い詰めていたの?」


母が見上げてくる。


「違うよ……」


正直、話すのも億劫だ。母の目を見て作り笑いをしてみる。抱きついてくる力が緩んだ隙に、私は母を突き飛ばし、踏み台を蹴った。


さくらと母の悲鳴が遠くに聞こえる。


数秒首を吊っていたけれど私の意識のあるうちに、今度は父に体を捕えられ、抱え降ろされてしまった。


耳元で、父は嗚咽を漏らしていた。成人してから父とはほとんど話をしていなかったのに、私は生れて初めて父親を泣かせてしまった。


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