ニートと呼ばないで

明(めい)

第1話

「努力は認めるけど、結果が出ていないわよね。それに、お客様との会話時間が一回五分以上もかかる。普通の商品受注だったら二分から三分で終えるようにと研修の時言ったはずだけど。どうしてできないのかしらね」


「すみません」


「いくら私に謝ったって、ノルマを達成できていなけりゃ意味がないの。一日百二十件のノルマを石原さんは四十件しか取れていない。声は一本調子、小学生レベルの単純な計算も間違える、漢字も時々読めない。あなたがメモしたそのノートだって頭に入っていなきゃ、仕方がないの」


わざとらしく溜息をつかれた。上からぐっと抑えつけられるような激しい緊張感になにを言っていいのかわからず、私は内心パニックを起こしていた。


目の前のスーパーバイザーのねちねちとした説教を、かれこれ三時間近く聞かされている。パワハラだけれど耐えるしかない。


化粧品会社のテレフォンオペレーターのバイトを始めて一ヵ月。本当は仕事内容をまとめた六冊分のノートは頭に全部入っている。ただ咄嗟に出てこない。


ついさっきお客様に「あなたの話しかた、なんだかほっとして好きだわ」と褒められたのも、一言一句の言い間違いも許さない完璧主義のこのスーパーバイザーには意味がなかったようだ。


説教のきっかけはマニュアルに書かれてあった化粧品の成分「海藻エキス」を「ウミモエキス」と読んでしまったことから始まった。怒るのなら、ドカンと一発雷を落としてくれたほうが気が楽だ。


「少し頭が弱いのかしらね……いい年して」


独り言のように、だけどしっかり私に聞き取れる口調で、スーパーバイザーは言う。とても痛い言葉だ。


でも、私が悪い。


なにかの折に、ふと漢字が読めなくなったり計算ができなくなったりすることがある。


理解も人よりかなり遅い。仕事に支障をきたすくらい酷くなることがあり、これまでに十五社ほどクビになった。全部アルバイトだ。


短大の時に就活で百社受けたが、一社も内定が出なかった。就職できないくらい、私にはいけないところがたくさんあったのだろう。


できないなら人より三倍努力しなさいと両親に言われて育った。


計算ドリル、漢字検定。仕事の復習、練習、暗記。三倍でも六倍でも寝る時間を惜しんで努力してきたつもりだ。


しかしそれはみんな人知れず頑張っていることで、私は人並にできず満足に結果を出せない。努力不足もあるのかもしれないけれど、それ以上に私の頭のどこかが壊れているような気がしてならなかった。


病気や障害を疑い、不安になって検査を受けたたこともある。


「もういいわ、あなたは弊社に必要ないし。適性じゃないということで、これで仕事は終わりです」


スーパーバイザーはきっぱりと言って両手を私の前に差し出した。ここもクビ。 

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