第3話 オレ様王子の恋愛授業(ラブレッスン)
★ ★ ★
この状況で逃がすつもりなんてなかった。
「今さら怖じ気づいたのかい? でも、もう手遅れだよ」
俺は焦燥と困惑の表情を浮かべる少女を壁に追い詰め、退路をふさぐ。濡れた瞳が俺を見つめる。そんな顔をしても駄目だ。
「君が誘ったんでしょ。責任、取ってもらおうか」
少女の顔を上向かせると、強引に唇を奪う。押し付けるだけじゃ済まさない。震える柔らかな唇をしつこく喰むようにすると、彼女の口から甘い吐息が零れた。
「……へぇ。可愛い顔、できるんじゃん」
「か、可愛くなんて……」
ふるふると小さく首を振る。まだ逃げられると信じているらしく、身を捩って必死に抵抗しているのがいじらしい。
「俺をその気にさせるには充分って言ってるんだよ」
壁に少女の細い身体を押し付け、右手をブレザーに忍ばせる。
「や、やめてっ……んんぅっ……」
文句を言う余裕なんてやるものか。手慣れた調子でキスをし、声を封じる。それだけで終わるわけがない。開いていた唇から舌を差し込み、彼女の舌に絡めてやった。逃げ惑う甘くて柔らかいそれを執拗に追い詰めて従わせる。
「んんっ……」
俺は彼女がキスの対応に集中している隙にブレザーを脱がし、ブラウスのボタンを外していく。
いつもしている通りのことだ。この時間の化学準備室に誰かがやってくることはない。それを知っているのは、おそらく俺だけ。ここならば、最終下校時刻を知らせる放送が流れるまでは自由だ。
甘い吐息に、重なるリップ音。湿った音で満たされ――
★ ★ ★
「ひゃあっ⁉︎」
史華の悲鳴が夜の自室に響き渡る。それと同時に、手元にあったはずの文庫本が宙に舞い、ベッドの下に落下した。
「愛由美のやつ、なんつー本を……っ!」
心拍数が上がっている。それは、本の内容にドキドキしたからではない。登場人物の少年が、何故かあの朝の青年の姿と重なったからだ。
何度か深呼吸をして、文庫本を拾い上げる。ちょうど開いていたページには挿絵があって、史華は慌てて閉じた。
今のって……その、アレ、だよね……?
半裸の少女がイケメンの少年に押し倒されているイラストだったように見えた。気のせいだったと思いたいが、この本は明らかに官能小説と呼ばれている類いのものだ。おそらく、そういうことなのだろう。
スマートフォンを握りしめて、史華はショートメッセージアプリを起動する。
『愛由美っ! あの本、どういうことよっ!』
吹き出しに表示される文面。そのあとにはスタンプで怒りを示しておく。
『早速目を通すなんて勉強熱心だなぁ』
起きていたらしい。まだ二十三時を少し過ぎたあたりなんだから、当然かと史華は思う。返信は数秒ほどで表示された。
『そうじゃなくって、どういうつもりよ、あんな本をあたしに勧めるなんて!』
指先は饒舌だ。スイスイと文字が入力され、送信される。
『イマドキの女のコは、そういう小説を読んで女子力を磨くのよ〜。エッチのときの盛り上がり方が違うんだって』
『エッチって、あたし、相手いないし! なんで間すっ飛ばしてるのよ!』
口に出すには抵抗がある言葉でも、文章でなら少しだけ平気だ。史華は気持ちのままに文章を書き込む。
『大丈夫ダイジョウブ。エロ可愛いオンナになれば、自然と男が寄ってくるから!』
そしてサムズアップのスタンプ。
『男だったらなんでもいいわけじゃないんだからね!』
プンプンと怒りを示すキャラもののスタンプを追加。
『とりあえず身近なところで男作っちゃいなよー。なんでも経験だよ?』
『愛由美の不潔! 次に会ったときに返すから!』
『食わず嫌いは良くないと思うけどなー』
愛由美のメッセージの返信に、史華は口の前でバツ印を結んでいるスタンプをつけてアプリを落とした。しばらく口をきかないことを示しているつもりだ。
「まったく……」
史華は小さくため息をつくと、文庫本を手にとってペラペラと捲った。挿絵がたくさん用いられている。だが、全部が背後を気にしないといけないようなイラストではない。史華は挿絵のチェックついでに本文にも目を通してみた。
そういうシーンを外せば、普通の恋愛小説と変わらないっぽいな……。
少女小説や一般小説ではオブラートで包んでしまうような部分を、丁寧にしっかり書いてあるというだけのようだ。描写が細かいだけあって官能シーンは全体の比率を考えるとかなり多い。
あ。
ふと目に留まる一文。それはキスの描写。触れるだけの優しい口づけに対する反応に、史華は自然とあの日の自分を重ねた。
あぁ、あたしだけじゃないんだ。
正常な反応だとわかるだけでも安心できる。物語の主人公と自分は違うけど、このお話の作者さんはキスをこう考えているのだと知れて、どこかほっとすることができた。友達とはこんな詳しい話なんて恥ずかしくてできない。でも、ここには自分が知りたいことが載っていそうだ。
ざっくりと雰囲気を掴むだけのつもりで斜め読みをしていた史華だったが、いつに間にか小説世界にのめり込んでいた。
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